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 どうしてだろう。サヨナラを告げる時──彼らはあまりにきれいに泣く。 「アヤヒサも、ショーゴも」  置き去り現場を振り返ることなく歩きながら、ポツリと吐いた。  寒々しく舞う粉雪と眩いイルミネーションのコントラストに目をやられて、脳が麻痺していく感覚。  だって、麻痺しなければ、生きることがむつかしい。俺にとっては。  今でも結構あちこち痛いのにこれ以上理解不能な痛みに襲われるなんてやってらんねーよ。ホント、意味不明。  俺、五感だいたい鈍いのに。  痛いとか、あんま思わねーのに。  不思議に思いながら粛々と進み続ける。  息が苦しい。五臓六腑が縮む。頭がクラクラとめまいを起こした。 「疲れた」  踏み出そうとした足がついに動かなくなって、俺は人がごったがえす駅前の円形花壇に腰を下ろし、そのまま横倒しに絶える。  ゴッ、と硬い感触。  頭蓋骨とレンガがハイタッチ。これは全然痛くない。  痛いのは内側だ。  震えが止まらない体の理由が、俺には皆目検討もつかなかった。  道行く人がコートを着ていて、俺がそれを着ていないからかもしれない。  もしくは最近あまり食事をしていないからかもしれない。  母親の言いつけから解放されて、トレーニングをサボったからかも。  真偽は不明だ。  やたら浮かれた横向き人間の群れを垂直に眺めながら、青白い自分の指先がなにとも繋がっていないことを理解する。  本当ならこの指の先には、ショーゴの手がある予定だった。普通の恋人同士のイブはそう決まっている。  なのに俺は、ショーゴがあれほどはしゃいでこだわって夢を描いたクリスマス・イブの光景に、価値を感じていないのだ。  三百六十五日の内の一日。  それ以上でもそれ以下でもない。  ショーゴの夢は、俺の日常でしかない。  ぼんやりと思考するが、ぼやけていく意識は身勝手に混濁していく。  寝不足、栄養不足、体温低下、あとはなんだろう。  ま、どうでもいいけど。  だって、だって、寒いことも空腹であることも、よくわからないんだもん。  俺は本気でやったのにさ。  本気で正解だと思ったのにさ。  ショーゴの気持ちも、本当に、本当に、よくわからないんだよ。  わからないんだ。俺は。 「──咲っ」  泥のように沈む記憶の中で、聞き覚えのある声に呼ばれた気がした。  だが返事をせず、俺はただ酷く疲れていたから、まぶたを閉じることにしたのだ。   ◇ ◇ ◇  次に目を覚ました時、俺は俺を呼んだ声の持ち主──キョースケの煎餅布団の上で横たわっていた。  夜中なのか月明かりが照らす部屋。  ボロのファンヒーターが稼働している。指先が動くようになっていた。  磨りガラスの戸越しにキッチンに立つキョースケの後ろ姿が見えて、上体を起こす。眠りが浅いので目覚めるのも早かったらしい。 「……ん、起きたか?」  起き上がった気配を感じてか、ガラリと戸を開けたキョースケが盆を片手に俺のそばへとやってきた。  膝をつき、反応の鈍い俺にほほ笑みかける。  タレ目がちな笑い方に、浅黒い肌。  イブだってのに平時と変わらない男だ。 「咲は駅前で眠ったんだぜ。放っておけないから連れて帰ったんだ」  そう言うキョースケに勝手に連れ帰ったことを謝られたが、俺は薄らぼんやりとしたままキョースケを見つめ返すだけで、これと言って責める気も肯定する気もない。

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