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こういうことは、理解しやすい。
俺にとっては。
けれどタツキは説明を受けても理解しがたいのか、薄く開いた唇を閉じ、また開いて、再度閉じた。
開いた瞳孔が揺れる。
何度か瞬きをして蕩揺が落ち着くと、今度は痛ましげに細まった。
「……ぉ、……俺は、さき……咲が、そうしてほしいなら……そう、する」
「はは、イイコ。タツキはいつもイイコ」
「っ……俺は聞き分けがよくて、ノリがよくて、咲のいやなことは言わない……そういうタツキだからな」
「うん」
ちゃんとわかってるよ、と口にする。
元の形が俺にもオマエにもわからなくたって、タツキが本当はこうじゃないことを、俺はちゃんとわかってる。
お前らはみんな、俺の罪の形をして笑うだろ。
だから、ちゃんとお前ともさようなら。
「……っでも、ちょっと急過ぎカモ……」
「そう? 俺は割と前からそう思ってたし、それはちっとも変わらなかった」
「変えたかったのに……なんで咲はそんなこと頼むの……? はは……っ」
潤んだ瞳で無理矢理笑ったタツキは俺の頬に両手を添えて柔らかく挟み、そっと引き寄せて額を合わせる。
コツン、と熱い額が当たった。
普段は俺のやることになんで、なんて聞かないタツキの珍しい質問だ。
──ああ……コイツは……ダメかな。
瞬きを惜しんでタツキの双眸を眺めてから、ちゅ、と唇にキスを贈る。
そのまま首から手を離し、引き留められる前にベッドから立ち上がって床に立った。
タツキは力が強いから、掴まれると抜け出せないかもしれないから。
「っさ、咲、どこいくの、さき」
「散歩」
ドアに向かって歩くと背後から声をかけられ適当に返し、首だけで振り向く。
さて、薄い笑顔を忘れずに。
「タツキ。さっきの全部ジョーダンだかんね? 本気にすんなよ、うぜーから」
片手をひらひらと振ってドアを閉めた。
だってタツキは俺を殺したあと、たぶん死ぬような気がしたんだよ。
それじゃダメだろ?
タツキはなんか、死んじゃダメ。そんでわかんない俺のそばにいちゃダメ。
だって俺がいると、みんな、泣くから。
「死んじゃダメなんだよ。わかんねーけど、泣いちゃダメなんだ。タツキも、ショーゴも、アヤヒサも、キョースケも、……ハルも」
入ってきたばかりの玄関から出て、無駄に豪勢な廊下を歩く。
俺はもう、誰のそばにもいちゃダメ。
なにもわからないがそれだけはわかる。だから一刻も早く消えなければ。アイツらの記憶から。もう惑わせないように。
どうしてその五人だけに〝死んじゃダメ〟だなんて思うのか、理由はわからない。今までそう思ったことがなかったからだ。
けれどもともとそれらは、俺のポッカリ空いた部分によく触れてくるそれらだった。
俺は、たぶん、不安なのだ。
──亡くなってしまうなら、俺も一緒につれて逝って。
そう思わせるから、アイツらの記憶の中にはいられない。
そう、思いたくない。
もしこの衝動の答えがわかったって、普通じゃなければ言葉にできない。
普通で、平均で、一般で。
俺の深い部分はみんな、特別でも特殊でもなんでもないのにそうじゃないから、現実には到底できない。
理解できないものを、異常という。
『この五人でこのバルコニーでさっきのお前みたいに落下しかけてるとして、お前、たった一人選べる助けに俺を選ぶ?』
「なんでかね……俺は選びたいんじゃねーのよ、ハル」
エレベーターの中で内臓が下がる感覚を味わいながら、俺はニコリと笑って、あの日のハルの問いかけの正しい返答を囁いた。
「俺は一緒に、落ちたいの」
この感情の名前は、なんだろうね。
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