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10(side蛇月)

 咲に恋人ができて、それが男で、しかも翔瑚で、どうもいつもと違う成り立ちだと知っても、俺は諦めの悪い男だった。  もう要らないと捨てられたわけじゃないなら関係ないと、知らんぷりして蛇月であり続けたのだ。  だって、当然じゃねぇか。常日頃咲に愛されたいって願って死にそうだけど、愛されるから愛したわけじゃねぇんだよ。  きっと咲に近しい他の連中だって、そのくらいじゃ諦めない。  例えば咲に恋人ができて、結婚して、子どもができて、もうどうしたって崩せない世界ができてしまったとしても、俺は咲を、咲という人を諦められない。  そのくらいで諦められるなら、俺はどこかで、とっくに諦めていたから。  呪いに近い依存と執着による崇拝。  俺の愛し方は、そう生まれたらしい。  けれどいつもなら彼女がいようが関係なく相手をする咲が、翔瑚と付き合ってからは、一度も俺を抱いてくれなかった。  濁った瞳を細めて「フツー恋人以外は抱いちゃダメなんだろ? 俺はショーゴが好きだから」と笑う咲。  咲が笑っていたから、俺は翔瑚が羨ましい。それでも、翔瑚が咲を捕まえたことには納得できた。  翔瑚は一番、果敢だったからだ。  ただの臆病者じゃない。怖くてたまらないしいつだって傷つくけれど、それでも繰り返し咲に好きだと言った。  俺は……咲の嫌がることはできない。  咲の都合のいい男以外にはなれない。  勇気を出すことは、翔瑚が一番うまかった。  俺にも、咲と一番対等に在る怖い大人にも、咲と一番近いところにいる真っ赤な髪の友人にも、咲に一番甘えられている知らない男娼にも、できなかったこと。  だからこそ、俺は翔瑚を同じ穴のムジナとしてなにも言わずにいた──のに。  クリスマス・イブ。  この日の夜は帰ってこないと知っていたから、俺は咲の部屋に上がりこんで、せめて残り香に包まれていた。 『咲と別れた』  そんな時だ。  翔瑚から、メッセージが届いたのは。 『嘘つき』 『嘘じゃない。俺じゃあ咲に愛されることはできなかった。蛇月は俺を認めてくれたから、蛇月には伝えておきたかった』  間違いない真実だと裏づける返事を見て、反射的にコールした。  一度目は取られなかった。  続けた二度目は、やっとの五コールめにプツンと繋がった。 「諦めんのか」 『……なかったことに、した』 「誰よりも先をいったくせに」 『っ先なもんか……っ!』  鼻をすする音とザラついた涙声。  翔瑚の慟哭が、鼓膜を引き裂く。 『〝こうすべき〟という一般論になぞらえて意思感情なく俺の言うことをなんでも聞いて望み通り演じ、あやつり人形のように思うがまま従う咲の愛は、まやかしの毒だ!』  だろうな、と思った。  ちゃんと、わかっているぜ。  翔瑚の悲鳴の重さを、俺はちゃんとわかっている。  十年以上一途に想い続けても、なお薄れることのない透き通った愛。  その愛を持つ翔瑚が恋人の咲との時間を〝なかったことにする〟と言ったのは、ダメになったから簡単に捨てたわけじゃない。  わかっている。  わかっているから──腹が立った。 「まやかしがなんだよッ!」 『っ!』 「俺は咲が本物の愛をくれなくたって構わねぇッ! 毒に犯されて死んでやるッ! 咲がそれを本物だと思ってんなら、俺は咲にピタリと合う顔でフェイクを極めて全部全部本物にしてやるよッ!」  カッ! と頭に血が上った。  ベッドの枠組みを蹴り飛ばして破壊したい衝動が襲い咲の物を壊せないから空を殴ると、余計に腸が沸騰する。 「咲のわからない現実ならなくしてやればいいじゃねぇか……ッ!」 『蛇月……』 「俺なら人生を捧げてでも幸せな夢を見せる……咲の見る夢が幸せなら、俺だって幸福な夢を見れるだろ……っ」

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