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11(side蛇月)
主のいない部屋中に虚しく響く八つ当たりじみた理想主義の悲鳴。
こんなもの、ただのワガママだ。
わかってる。
一瞬でも咲の一番になれた翔瑚が羨ましくて妬ましいから、俺なら、とがなりたてる嫌がらせに等しい無駄吠えだろう。
「はっ……、……っ……」
シン……と静まり返った室内に俺の荒れた呼吸が滲む。
沈黙が支配し、ややあって、額に手を当て髪をかき混ぜた。
「……ごめん。八つ当たり」
『わかっている。俺は、泣き言だ』
「わかってる」
『あぁ。蛇月が一番、諦めが悪いからな』
「バカ。お前が一番、果敢だぜ」
『はは……』
二人揃って、泣きたくなる。
確かに泣きたくなったのに笑う、愚か者の傷の舐め合い。
仕方がない。俺たちは笑うしかねぇんだ。咲が泣けないぶんは泣いて、自分が泣きたい時は笑うんだ。
『クリスマスを過ぎたプレゼントに価値はないと思うか? 今夜はもう、ノブにかけておく勇気すら出なさそうだ』
「咲はイベントなんか気にしねェぜ」
『そうだ、な』
いつ贈っても変わんねぇから大丈夫という慰めのつもりだったが、事実なのに、翔瑚は掠れた声で重ねて笑った。
泣き虫翔瑚は、泣きすぎて疲れてしまったのだろう。
小さめの空き部屋一つをまるごとプレゼント倉庫にしている咲は、そこから気が向けば包装を剥がして中身を弄ぶ。
今夜義理や下心の群雄割拠から送られてきたクリスマスプレゼントは、俺が適当にそこへ押し込んだ。咲に片付けを褒めてもらうためだ。
「メリークリスマス、翔瑚」
『うん。メリークリスマス、蛇月』
通話を終わらせて、ベッドに横になり丸く潜り込む。
ずいぶん悲劇的なことに思えた。
クリスマスの挨拶をした俺も翔瑚も、恋しい人が隣にいない。
〝咲が俺の枕元へ届きますように〟
そう毎年サンタクロースに祈っているのに、来たためしはただの一度もなかった。
だから俺はサンタクロースの存在に否定的だ。子どもの頃は信じていたかもしれないけれど、今は憎らしくすら思う。
『イイコにしな、タツキ。じゃなきゃサンタクロースのお眼鏡に叶わねーよ?』
でも──……咲はなぜか、サンタクロースの存在を心底から信じていた。
なんでだろう。
咲。咲は誰よりもそういうのを信じないと思ってたんだぜ。
不思議に思ってサンタクロースの元ネタを聞くと、スラスラと定説を答えた。親兄弟が届ける期間限定のまやかしの名前だということも、きちんと知っていた。
それでも咲は、サンタクロースは存在していると笑う。
俺は腑に落ちなくて、だけど咲がいると言うから〝サンタクロースが存在する〟という説を真実と認定した。
「でもな……咲……お前はここにいねーんだ……」
真っ暗な部屋の中、咲に思いを馳せてまぶたを閉じる。
──なぁ、咲。咲野。息吹咲野。
ずっと異常な初恋に操をたてていたお前にやっとマトモに愛してくれる翔瑚という恋人ができたのに……咲はなんだか、安らかに霧散していたような気がするんだぜ。
美しく降り注ぐ粉雪が積もることなく影ごと消えてなくなるように、散ってしまいそうな不安があった。
それでも錯覚の愛を抱いて、翔瑚の恋人としての役目を全うしようとしていたなら。
何者でもなくなった今。
お前はやっと、泣いているのだろうか。
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