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16(side蛇月)
ずいぶん酷いことを言うものだと当時は恐ろしくすら思ったが、今ならわかる。
きまぐれで無軌道な咲は、面倒な遠回りなんてせずにいずれ直面する現実を眼前に叩きつけた。
俺の大事な音楽を引き合いに、なぜそんなことを言われなければならないのか、と怒らせて負けん気を煽ったつもりだったのだろう。
子守唄を歌うお礼だった。優しさのつもりだったのかも。
勉強ができなくて困っていると言ったから、咲なりの俺に合った勉強法を教えたわけだ。
当時の俺は知らないことだが、スカスカの胸で人の心を学ぼうとしていた咲は嫌々学んでいたわけでなく、父親に愛され続けるために必要だから求めていた。
そういう経験からくる言葉。
好きなものとは、そういうもの。
「ら、楽……じゃ、ない」
ゴク、と唾を飲む。
逸らしていた視線をおそるおそる咲に向けると、逸らされていなかったまっすぐな視線と簡単に絡み合い、灰色の双眸が細まった。
「俺、音楽、好き……だ」
「うん」
「大好き……だから、音楽で生きてけるように、勉強もちゃんとする」
「そ。好きにしてちょーだい」
「うん。好きにする。……大好き」
「眠いね、タツキ」
「歌うぜ、咲」
大好きな、咲。
最後の大好きは音楽じゃなくて咲に言ったもので、それに気づかずにまぶたを閉じる咲に少し笑って胸がほこほことあったかくなる。
「そうそう……」
息を吸って、歌を歌った。
まどろむ咲が眠る前に、うとうとと後付けのように呟いた。
「テストの点数は、どうでもいいけど……作った歌は、全部俺に、聞かせろな」
──どんな歌でも、俺は好き。
俺の神様は、にわかに笑って子どものように丸くなって眠る、残酷でありながら柔らかく離れがたい体温を持つ人だった。
それから、俺は来る日も来る日も屋上で咲のうたた寝に付き合い続けた。
不眠症ではないが眠りが浅いのでどれだけ眠っても意味がないとぼやく咲のために、俺はおやすみの子守唄を歌う。
その代わりと言ってはなんだが、咲は俺にいろいろなことを教えてくれた。
バカな俺の頭を上手い手を使って人並みに勉強ができる頭にしてくれたのは咲だ。でなきゃ高校受験すら危うかったかもしれない。
お悩み相談だってたくさんした。
なにかに躓くたび咲にアドバイスを求めて、俺は忠実に実行した。俺には咲がいるから失敗なんか怖くなかったのだ。
咲は放っておけば部屋にこもって曲か歌詞ばかり考えている俺をあちこち誘ってくれたので、中学、高校と俺の青春は咲と出会って以降キラめく充実っぷりだったと言える。
音楽教室の仲間で自分の気の合う人を探し、一緒にやろうと声をかけるやり方も、咲が教えてくれた。
どうしてか咲のやり方は人と違うのに、俺と、ピタリと合うやり方だ。
お陰様で益々崇めて、盲信に至る。
元々の性格がマイペースで深く考えず自分本位な俺は、きっかけさえ与えられれば性に合っていたのか誰とでもバカ騒ぎできた。
好き勝手やっていいのか、と気づかせてくれたのももちろん咲である。
咲は俺がオレになるまでのほぼ全ての指針を与えてくれたのだ。
今思うと、あまりセクシャリティにこだわるタイプじゃなかったのだろう。
音楽に夢中だったせいでそれ以外への頓着がなく、予感には気づかず恋のなんたるかも知らず自覚もないまま。
そう思うと……この恋心は、初めて会ったあの瞬間に芽吹いていたのかもしれない。
俺は自主的に咲についてまわった。
もっさりと垢抜けない俺だと咲の周りの派手な人に合わない。派手で強そうな容姿に変えようと安直に紫のメッシュを入れてピアスをいくつも開けてみた。
服装だって崩す。アクセサリーも揺らす。咲に見合うため。
でも本当は違った。自分がド派手に目立って隣にいる咲に他の人が気づかないようにしたかっただけだ。
絡まれやすい咲を守ろうと鍛えた。
そうするとガラの悪いやつらにたくさん絡まれたけれど、おかげで喧嘩が強くなった。
咲は俺の姿や中身が変わっていっても特に動じることなく、あくまで音待蛇月として扱ってくれた。
それがどれほど嬉しかったか。
面の皮一枚のデザインなんて、咲は気にしないんだ。咲はいつでもその下の生々しい肉だけを見ている。
世間知らずの甘ちゃんで音楽好きの変わり者なタツキと喧嘩三昧でド派手は問題児のタツキは、咲にとってどっちもただのタツキでしかない。そういうところが狂おしいほど好きだ。最高だ。咲のタツキは俺一人。
……まぁ、そんな咲のそばにいた人は俺だけじゃなかったから、殺意湧くケド。
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