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「俺はお前を愛してるよ、昔から」
「ハッ、ファンタジー?」
「間違いなくただの友人に過ぎない安全圏の俺が隣にいて、安心してたんだろ?」
「俺が? 安心? なんで?」
「お前はそれが当たり前すぎて、離れるまで気づかなかったんだよ。シンユウのハル がどれだけハリボテの心を支えてたか。離れたことなかったからな、俺が」
「意味わかんねぇ」
「じゃあ教えてやるよ」
「嫌だ」
「『あの人に望まれないなら終わりにしようってずっと決めてたのに、ハルが頼むから、終わりは我慢してやろうと思った』」
「嫌だって」
「『オネダリを叶えてあげたいと思ったのはなんでだろう?』」
「知らねぇよ」
「『あの選択肢、四人の中にハルがいないのはしっくりこなかったんだよな』」
「そうでもねぇし」
「『だから泣いた四人だけじゃなくて、バイバイを言っても泣かなかったハルも、結局サヨナラの項目に必要だった』」
「そうもならない」
「『でも見たかったな。ハルの涙』」
「見たくないって」
「『涙は愛情の証明らしいから』」
「要らないんだ」
「『……寂しい』」
「寂しくない」
「『会いたい』」
「会いたくない」
「『 、ハル』」
「有り得ない」
「『俺も 』」
「できない」
「『 』」
「絶対にできないんだよ」
息が、苦しい。
思わず耳を塞いだ。すると俺のいる場所が真っ暗闇になり、目の前にいたはずのハルが跡形もなく消える。
ひとりぼっちの暗闇になっても、寂しくなんかなかった。
むしろここは落ち着く。もうこれ以上刺激されるのは耐えられない。砂で作ったかりそめの精神が崩れ落ちそうだ。
その場にしゃがみこんで、膝に顔をうずめながら目を閉じる。
もうなにも見たくなかったのに──くい、と背中あたりの布地を泣きそうな手つきで引かれて、背筋がゾワリと粟立った。
「ショーゴ、うるさい」
「……本当は、今もずっと、咲を愛してるよ」
「だからなんだよ」
「でもお前のことがちっともわからない俺が、一番お前を傷つけてしまった」
「ハッ、現在進行形の解釈違いだね。オマエは俺がわからない」
「そうだ。わからない。お互い様だ。だが異常がわからない俺たちと普通がわからない咲なら、まるで咲が悪いように感じてしまうだろう?」
「真実でしょ」
「咲だけのせいじゃない……俺や、俺たちに対する罪悪感 と自己嫌悪 で、傷つかなくていいんだ」
「そんなもの感じてない。そんなものじゃ感じない。そんなもの知らない」
「『だってさ、初めて自分が人を傷つけた瞬間を理解したんだよ』」
「知らないって言ってんのに」
「『目の前の人間が自分のなにかで傷ついてることを理解した時、傷つけたくない人だったことも理解した』」
「どうしようもねぇんだって」
「『そしたら急に、不安になって』」
「もう手遅れだよ」
「『不安がわかったら、傷つけたくない人みんなから離れなきゃ』」
「もう終わりなんだよ」
「『ショーゴ……上手に あげられなくて、ごめんな』」
「無駄なんだよ」
背中の手を離してほしくて、俺はうつぶせに丸くなって自分を閉じた。
うつぶせになったせいで、胸の穴に詰めていた砂がサラサラと流れ落ちていく。
最低だ。これじゃあバレてしまう。
それでも顔を上げられない。顔の上げ方を知らない。
けれどあいつらはみんな残酷で──今度はやわく温かい手が、俺の頭をトン、と優しくなでた。
「キョースケ、キモイ」
「咲。イブのあの日……お前は俺と出会った時には、もう壊れてんだな」
「気持ち悪い」
「俺はずっと、咲は審美眼がおかしくなっているんだと思っていた。でも違うんだ。咲には、他の人間みんなが理解できないバケモノに見えているんだろ?」
「なんで」
「それって、怖いよな」
「怖くない」
「咲、本当はずっと、怖がってたんだな」
「怖くないよ」
「誰か助けてって、震えてたろ」
「怖くないんだ。だって俺、恐怖ってどれ? どの感覚?」
「わかんなくてもいいんだよ。感じてるだけでいいんだ。怖くてたまんなくても伝え方がわからない……そんなお前を、俺は掛け値なしに愛してるんだぜ。咲」
「なに、なんで? 金か、わかった」
「ずっと守るよ。もう怖くない」
「全部やるから、どっか、行って」
「『一番きれいな心だったからキョースケの真似をした』」
「お願い」
「『優しい人になれば、俺も普通に誰かを あげられる人だって証明できるんじゃないかって思って、だから、俺も、俺もみんなと同じ、いっしょになれるようか気がした』」
「ダメだって」
「『だけど』」
「ほら」
「『こんなにじょうずに、やれなくて』」
「ほらね」
「『だからもう、優しくしないで』」
「ダメになるんだ」
「『優しくできないから、優しくしないで』」
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