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 キョースケと抱き合いキスをして、ハルやアヤヒサと同じように「ちゃんと戻るから待っててな」と声をかけてバスルームを出る。  それなりに大きな物音がたっていたと思うけれど、無反応だったところを見るに、ハルとアヤヒサはこの部屋に他の人間がいることを知っていたようだ。  悪い子だよな、アイツら。  でもかわいい悪い子。  普通は恋人を足で問い詰めたりしないから、俺は我慢して家探しをする。  どこにいるのか。どちら、もしくはどちらもいるのかいないのか。  情報はないけれど、探す足を止められない。あぁ、馬鹿らしい。困ったね。  ガチャ、とノブを捻って寝室に入る。 「あちゃ」  入って、すぐに理解した。  ベッドの上に丸い膨らみがいたからだ。  トス、トス、とカーペットを鳴らしてベッドサイドに歩み寄るが、その上掛けをひっぺがすようなヤボはしない。  だって無礼だって文句言われたらやじゃん。死んじゃう。死んじゃったら叱られる。  キョースケを得て三人分は胸が塞がったけど、完全にならない限り、俺は俺じゃいられねーからさ。一人だと脆いんだよね、いろいろ。あはは。ごめんね。  静かにベッドへ腰掛ける。  ギシ、と軋むスプリング。  膨らみに触れないように気をつけて、言葉を選んで、声をかける。 「おいで。──タツキ」 「っ……」  中身を見なくてもわかる呼ぶべき名前をつぶやくと、その膨らみは微動だにしたが、中身が出てくることはなかった。  それがなぜか、なぜ出てこないのか、検討はつかない。  フツーなら助走つけて殴りたくなるはずだし、まあ、顔も見たくねんだな。  ただ名前は合っていたのだろう。  否定はされない。  そうだろうと思った。  だってタツキが本気で泣きたい時は、たいてい布団の中で丸くなってべそべそと、全身で〝こっち見ないで〟って閉じこもるから。   昔っから変わらない。  甘ったれなタツキによく似合う、子どもらしい泣き方だよ。愛護しねーと。 「タツキ。な、おいで」 「…………」 「イヤ? ってことは、お前も俺の内側を盗み聞きしたわけな。だとしてもそんくらいじゃ怒んないよ。嘘はねーし、聞かれなくてもどの道言うつもりだったし、生き恥は晒したけど手間が省けていい。だから、ほら」 「…………」 「それとも……知っちゃったら、俺の顔も見たくなくなっちまったの?」 「っそんなことっ、ねぇ……っ!」  たらたらと思いつく言葉をかけると、タツキが思わずといったふうにガバッ! と布団を跳ね除けて起き上がる。 「タツキ」 「あっみ、見ないで、咲」  しかし俺と目が合った途端、タツキは両腕で顔を覆い隠し、どうしてか、手足を縮めてビクビクと怯えた。  あれ、なんで?  見るなって言うなら目ぇ閉じてあげたいけど、できれば閉じたくねーよ。  瞬きを惜しんでまぶたの隙間から眺めると、タツキの姿がよく見える。  顔色、悪いな。クマが酷い。  最後に会った時のタツキよりやつれてる。白い肌がもっと白くなっちゃって、ずっと引きこもってなにしてたの? タツキ。  見ないでって、あぁ、そっか。 「……オソロイだね」  頭を隠して小さくなって震えるだけのタツキの気持ちが、俺にしては珍しく、スルリとかんたんに理解できた。  共感するには、同じような経験をして、同じような感情を味わう必要性がある。  タツキの感情──〝酷い姿を見られて嫌われたくない〟という恐怖には、直近でリアルに覚えがあった。  間違いないだろう。  人に見られたくない理由なんか、俺はそれしか知らねーよ。 「見せて? タツキの顔」 「いっや、だァっ……! 見ないで、っオレ、ぶさいく……っ」  手を伸ばしてタツキの腕を掴み、強引に引きはがして顔を覗き込んだ。  アルコールの香りもしないのに嫌だ嫌だと泣きじゃくってワガママを言う珍しいタツキの抵抗を、簡単にねじ伏せる。  ごめんね。俺、多少痩せたってもともと力強いんだわ。  躊躇とか容赦とかしてないからかも。お前を見たくて、必死なんだよ。 「ごめんなさい……」  コツン、と額をぶつけると、タツキは掠れた死にそうな声で、微かに鳴いた。  変なの。  お前も、〝ごめん〟なんだ。

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