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右手で頭をなでて、左手で背中をなでて、否定する。それでもショーゴは、自分を悪者にすることをやめない。
「ずっとずっと何度も何度も、考えて、学んで、試して、それでも消えていく愛情はとても怖かっただろうって……どうして俺は、気がつかなかったんだ……っ」
「バカだなぁ、ショーゴ」
「っ……」
あんまり酷くくさすものだから、宝物をけなされ続けた俺はいい加減聞いてられなくなり、ついショーゴをバカにしてしまった。
ショーゴははたと、口を噤む。
取り立てて珍しい言葉じゃないのに。口癖のように責める時の決まり文句だったから、怖がらせたのかもしれない。
「自分だって傷だらけで教えてくれただろ、お前は」
すぐに言葉の続きを付け足す。
そうだよ。ショーゴがそうしたから、俺は間違いに気づいて、泣かせたくない人の在処に気がつき、自分で考えて、足掻くことができた。
お前が始めたんだよ。
お前たちが始めたんだ。
「よく聞きな? ショーゴ」
「お前が気にしてる俺のなにかしらって、俺にはよくわかんないね。過去とか生い立ちとか、それはスペックじゃなくてただの土台。免罪符じゃない」
「だって、同情できる過去があるからなんだってんの? 死にかけだからって他人を殺しても許されんの? そんなら法律なんかいらねーじゃん。第三者とかいう世論が許したところで、当事者が許せなきゃ人間一人気ィ狂うんだぜ?」
「外野に茶々入れられて泣くな。よそ者目線の一般論なんかに囚われて自分を殺すのはやめろ」
「俺が仮に傷ついていたとしても、お前を泣かせていい理由にはならない」
「昔の俺も生まれた俺もあの日の俺も全員前世、どうでもいい」
「今のショーゴが泣いていることより重要なものなんてある?」
「ないんだよ」
──好きな人が泣いている。
それ以上に胸が締めつけられることなんかねんだぜ。
なによりも同情に値する現在で、どんな悲劇のヒロインより感情移入できて、どんな号泣必至のストーリーより切ない、この世で最も短い物語。
わかるでしょ、と小首を傾げる。
俯きっぱなしのショーゴの頭をトンと叩いて、顔を上げるよう言外に指示する。
おそるおそると、震える黒い頭が上げられ、濡れそぼった愛しい双眸が上目遣いに俺を見つめた。
あぁ、へへ、カワイイ目玉。
そこに俺が映っている。ショーゴ、ショーゴ。俺を認識してくれてんの? 嬉しい。カワイイショーゴ。
濡れた目玉に薄ら笑いを浮かべる俺が映っていて、無意識にペロリと舌を這わせる。
「んっ……」
「あ、ごめん。美味しそうで、思わず。ごめん。気持ち悪いか。ごめんね。ショーゴの目玉、すげぇ愛しいんだ」
「っ……今度は、フリじゃない……?」
「フリ……うん。借り物じゃない。でもさ、ショーゴ。俺はそもそも付き合ってた時だって、嘘なんか吐いてねーよ?」
「あ……」
「ショーゴ、好きだよ。あの日、別れ際に名前を呼んだのは──……サヨウナラを言いたくなかったから、だからね」
まだ終わりたくなかった、だけ。
俺がそう言うと、ショーゴは泣きながら、知らず知らずのうちに気持ちが同じ目線にあったのかと、意味のわからないことを言って、笑った。
──心の欠片の五番目。
最後のピース、初瀬翔瑚。
俺は全員を泣かせて、普通じゃないとなじられる愛の矛先を定めて、その上マトモな愛の表し方ができないまま、砂の詰まった胸の風穴で彼らを抱きしめる稀代のクズだ。
たった一人を愛せない。
許されない行為で彼らの心を踏みにじり続けた、無価値なガラクタ。
なのにキラキラと眩い宝物たちは、ゴミ箱の底で横たわる俺を、迷わずに〝愛してるよ〟と救いあげる。
それが信じ難いくらい奇跡的な美しい響きを持っていたから、俺は目がやられて、なにも見えないと両目をおおってくしゃくしゃに煤けたのだ。
なのに彼らは、捨てなかった。
それでも彼らは、必要だと言った。
ボロのゴミになった俺をそっと手に取って、汚れを拭き取り、裂け目を縫いつけ、取れかけたものを縫合し、亀裂を埋めて、丁寧に丁寧に磨いた。
──咲、咲野、愛してる。
──ずっと君を、愛しているよ。
──だから、もう大丈夫。
──ちゃんと繋いで、一生懸命。
──そのままの咲がいいんだ。
あはは、うふふ。ずっとだって。ずっと一緒に、いてくれるって。ずっと俺を愛してるって。ずっと俺を繋いでくれるって。俺のクズなところも、俺なんだって。それでも大丈夫なんだって。
「俺のずっと欲しかったものが、この胸に入って──……夢みたいだ」
──廃棄品だった息吹咲野は、この日、透明な五つの心を手に入れて、歪な人間に生まれ変わった。
それは花が咲くような笑顔の映える、よく晴れた春の日のことだった。
第九話 了
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