283 / 306

16(side蛇月)

 俺が拗ねたって気づいたまではいつもの目ざとい咲だけど、その後のセリフが完全に咲の素のセリフじゃない。  まぶたをパチパチと瞬かせ、微妙な顔で困惑する。  咲はいつ出会おうがどんな人にも変わらない態度を示す。  ただ付き合いが長くなると、とりあえず謝るだとかとりあえず肯定する頻度が多少減るんだよ。  そんでセリフのチョイス。  一番おかしい。  咲が人に優しいセリフを使う時は、世間一般的な優しいセリフを模倣してるだけなんだゼ。  要するに思ってもない。  だから場合によっては相手の地雷踏むし、感情派はヒスる。  さっきのだと、咲を知らない人が聞いたら〝恋人が拗ねてる意味もわかんないのにとりあえずナンデモスルヨーゴメンネーって雑に諌める腹立つ男〟って感じにしか聞こえないだろう。  咲の思考以外のノイズだ。  咲という人をよく知っている俺にとっては、違和感しかねぇ。  わかっていてもなんで今それを俺(という彼ピ)にしたのかわからない。 「エット、さ、咲……?」  答えを求めて引き攣った笑みで笑いかけると、咲はきょとんとして、それからややあってゆっくりと首をかしげる。 「『恋人の機嫌を損ねたら、まず謝ってモノ貢いでとりあ全肯定してもうしない愛してるって丸め込む』」 「ンン……ッ?」 「今日もしかしたらタツキが拗ねるかもしんねぇなって思って調べてみた。で、自己解釈。……なんかしっくりきてねー顔するってことは、間違ってんの?」 「アッ、ア~……!」  急激にわかりみを得た俺は、あーね! なるほど! と一人頷いた。  んーと、さっきのセリフ。 『もし月曜日と火曜日の話になれば蛇月が不機嫌になるかもしれないと思い前もって調べておいた対策を実践してみましたが、なにか間違ってますか?』  ってこと。  五人の中で咲の意図の理解力が真ん中の俺は五割くらいしかわかんねェから、ちっとミスってるカモだけど、これは七割こんなカンジ……と思う。  十割翻訳者の野山が聞けば「は? 理由違ぇ。『二人相手にしたから持久力なくて不満足だった時キゲン取るため』に決まってんだろバァカ」と言うだろうが、ここにいないアホの声なんて俺には聞こえないしだいたい合ってる。  なんにせよ、咲は拗ねた俺のアフターケアを視野にいれてくれていた。  ──うふぅっ、なンだそれェ……システム的に気遣われるだけはちょっと寂しィケド……それを考えた原因がオレってわかるとゾクゾクするゥ……! 「ンーン。ンヘ。大正解。あ〜……咲ィ……好きだァ〜……」 「あぁ、そう。たぶんちょっと違うのね。むつかしいネー……」 「さァきィ~……」 「ありゃ」  スリスリと眉尻のピアスをなぞられながら、俺はぐぐっと身を乗り出して起き上がり咲の腰骨の上へ跨る。  なにやら考えごとをしていたらしい普通勉強中の咲はされるがままだ。  咲の頬に両手を添えて首を上げ、唇をちゅ、ちゅ、と啄む。んあー、テンアゲ。ハオ。ラブ。ティアモ。チュキ。 「な……勃たなくてイイから、顔面騎乗シよォゼ……? オレの顔に押しつけてくれよ、したらゼッテェ楽しいから」  デレ~っと表情を蕩けさせてオネダリをした。だって嬉しかった。  理由はなんであれ、咲はへそを曲げられて離れられると困るから俺の機嫌を取るためにモノマネをした。  別に優しさや愛情から気遣ったじゃない。本音はたぶんどうでもいい。  でも咲が確実に叶えるオネダリ権をプレゼントされたわけだから、俺としては棚からボタ餅。これ以上ないくらいプレミアムなご褒美である。  そういう心境で咲の唇を舐めてちゅぱちゅぱべろべろと粘っこいキスをしていると、考え事を終えた咲は、俺を押しのけて立ち上がった。 「あぇ? 咲ィ?」  油断していたニャンコの俺は簡単にコロンとベッドに転がる。  その足先を適当にくすぐって、気まぐれで壊れ気味なおクズ様は俺に背を向けてキャビネットに近づいた。  見るに、なにやらアクセサリー入れを物色しているらしい。  なんで今アクセ? 咲は全裸でもカンペキイケてるゼ?

ともだちにシェアしよう!