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 残された俺は、転がったままポカーンと拍子抜けした。  おいて行くなんて寂しい。徐々にシュンとしょげ返り、子猫のように丸くなっていじけてしまう。 「ニャァーン……」 「なにしてんの? タツキ」 「! 咲っ、お帰りィ~」  言葉足らずな咲を理解してはいるがそれとこれとは別問題。  そう思っていると、件の咲がベッドの上に戻り俺を呼んだので、オモチャのように弾んで起き上がった。  気分だって上々だ。  簡単な俺の気分は、たいてい歌と咲でフワフワ上下する。  けれど咲はいつも通りの意味のない薄ら笑いを浮かべ、手に持ったものをほれほれと見せつける。 「見てて」 「ン?」  言われるがまま見つめると、俺によく見えるよう、それを自分の舌のセンタータンにあてがう咲。  ほんの一瞬の後だ。  なまめかしい赤い舌に銀色のそれ──ピアスニードルが埋め込まれ、咲はグニッ、と串焼きを作る作業のように自分の舌を突き刺した。 「へァ……ッ!?」 「あふぇ。ン、れ。これをこう、ひゅへう」  待て待て待て。待ってくれ。  着ける、と言ってニードルを抜いた穴に装着されるのは、俺が買ったまま放置していた舌用ピアスじゃねーか。かわいらしい猫の肉球型のピアスだ。なんで?  それが数秒前まで滑らかで綺麗なカタチをしていた咲の舌に、しっかりとはめ込まれている。だからなんで?  隙間から滲んだ血が唾液と混ざり、唇を舐めるとそれが付着して、妙な艶があった。  その色っぽい男の顔がぐっと近づけられ、反射的にのけ反る。  魔性の生き物は舌なめずりし、俺の下着のゴムを指先で引っ掻いた。 「ひっ……!」 「いやね、タツキにしゃぶられたらいつか勃つかもしんねーじゃん? けど半端にヤっても満足させらんねーかもだから、顔面騎乗はまた今度」 「あっ…っ咲、あ、ぇ……っ」 「だから今日は、お前が俺の顔に乗りな」  ──ンなことシたら……オレ、し、死ぬぅ……っ!  ただでさえ弱点の見極めが大得意の咲のおしゃぶりは、視覚的にも感覚的にも我慢できる気がしない。俺が。  だってのに、武器まで手に入れてニンマリ笑う色男。  その美しい顔を跨ぐ? いやムリ。刺激アリすぎ。全力で足腰にリキ入れちまう。でもいつかは乗っちまう。  だって咲はガチでフェラうめぇから。そんで咲は、真剣加減しねぇから。 「不能になっても老いさらばえてもトコトン付き合うぜ。アブノーマル好きのタツキが満足できるまで。……さ、いっぱい感じてね?」  結果──俺は死ぬのだ。  もともとアブノーマルな咲が意図的にそうしようとすると、舌だけで精魂尽き果てるまで搾り取られ、もう満足したから許してお願いと、泣いて懇願するハメになる。  わかりきった未来を予感して震える水曜日の男は、それでも甘い毒の滲んだ問いかけに、笑顔で頷いた。

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