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28【完】

 眠気眼を何度か瞬かせた。  そろそろ目が覚めてきたようだ。  遮光カーテンのせいで、隙間から差し込む朝日以外は黒く染まった部屋。  これまでの咲野なら、このカーテンを自主的に開けることなんてなかった。  けれど今は、そっと手を伸ばして厚手のカーテンをシャッ、と引く。  昨日夜を共にした翔瑚と今日助が目覚めた時、部屋が暗いと気分が悪くなるかもしれない。そうなったら、良くないと思った。それだけが動機。 「──……あ」  だけど。  振り返るとともに、吐息が漏れた。  大きな窓からめいいっぱい取り込まれた朝日に照らされたのは、翔瑚と今日助の二人だけではなかったからだ。 「ふ。いつきたのかしら」  軽く噴き出した。窓際で寝る癖のある咲野をあのドアから守るように、いつの間にやら──蛇月、理久、春木の三人が、睡眠のお供をしているとは。  窓に背を向けた咲野は、膝を抱えて薄く笑いながらその様子を眺めた。  今日は土曜日。休みの日。  誰の担当日でもない休日は、彼らの誰がいつ会いに来ようが、いつ帰ろうが、全て自由な日である。  まあ、だからと言ってまさか夜が明ける前に集まらなくてもいいと思うが。  自分の価値に未だ確固たるものを感じられない咲野からすると理解が及ばない行動だが、それも仕方がないと思った。  いわゆる常識的な翔瑚と今日助ならそうしないかもしれないのに、その二人はもともとここにいて、いわゆる常識外れな春木と理久と蛇月は、ここにいなかったわけだ。  なら、彼らがここへ来てもいいだろう。  あどけない寝顔を晒している五人の恋人がまるで巣にこもる子ネズミのように団子になっていたって、構わない。  むしろ、嬉しい。  だって──……愛おしい。 「……ん……」  コテ、と抱えた膝に頬をあてがい、瞬きを三度。すると目元からくすぐったい細動を感じて、ずいぶん野暮なものだなぁ、と口に出さずごちた。  心臓のあたりが絞られる。  まつ毛が濡れて、まぶたが上げにくい。  ──あぁ、また知らないものが生まれた。  なんでもない瞬きを惜しむなんて、この感情がなんなのか、わからない。ずっとこの時間が続けばいいと、祈る心の名が、わからない。  クズにはわからない。  人の心が、わからない。  けれど、悪くはなかった。  ずっとずっと、ずっとこの五つの寝顔を眺めていたいと感じる衝動の赴くまま、一心に見つめ続ける。  するとそのうちモゾリ、と一つが身じろいで、気だるげな体をどうにかこうにか起こした。朝日のおかげで、目が覚めたらしい。 「オハヨウ」  朝の挨拶をすると、咲野の声を聞いた彼が、すぐに咲野を探して視線をうろつかせる。間もなく澄んだ双眸が咲野を見つけ、視線が交わった。  ビー玉のような瞳に映る咲野は、笑ったまま、キョトンと首を傾げる。 「あれ?〝オハヨウ〟って〝アイシテル〟だったっけ」  人が告げる〝愛してる〟と同じものを、ただの挨拶にすら込めてしまうほど愛し方が下手くそなクズ。  そんな咲野だから、胸に生まれた感情の名前を、知ることはないだろう。  愛する人を、愛する幸せ。  人を愛する、幸福の涙。  知らないからこそ欲しがって、愛することが幸福であるクズは、今日も明日も、四苦八苦しながら手を尽くして愛し続けて生きていくのだ。  ──人の心、クズ知らず。  了 (あとがき→)

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