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思い出の行場
『思い出の行場』
――寝ている親友にキスをした。
暑い夏の日。
エアコンが効いていないのか部屋は蒸し暑く、ベッドで寝ていたアイツの額にも汗が滲んでいたのを覚えてる。
薄く開いた唇は想像よりも柔らかくその刹那は幸せすぎて、堪らない高揚感に包まれた。
瞼の微かな動きを見て、慌てて距離を取る。
目を覚ますことはなかったけど、今度は押し潰されそうな罪悪感が胸を締め付けた。
馬鹿なことをした。
これはきっと墓場まで持っていかなければならない苦しみ。
先生に届けてくれと頼まれたプリントを部屋に散らばして、俺は走るように逃げ去った。
あれから、十年………。
「………てことで、ファーストキスは高二でした」
「………勝手に人のファーストキス奪うとは、いい度胸だなぁ?」
「ご、ごめん……。だって、その……我慢出来なかったんだって」
俺の下で仰向けに寝転びながら見上げてくる視線は恐ろしいほどに冷たい。
「やっぱあの頃から色気あったんだな、お前」
「そんな事言って誤魔化せると思ってるのか?」
「違うって!本音!」
「ふん……」
十年の月日は俺達の関係を大きく変えた。
墓場まで持っていくはずの苦しみは、いつしか口を滑らせて、親友の懐へと包まれた。
そうして友人から恋人へ昇格して二年が経とうとしている今、あの時の罪悪感を吐露させられている。
「怒った?もうシない?」
多忙を極める俺達は同居しているにも関わらず、こうして顔を会わせるのは一ヶ月振り。
溜まった欲を吐き出すべく、一緒にベッドへと雪崩れ込み劣情に励もうとした矢先、唐突に始まった「初めてのキス」についての話。
突然何だ?と一瞬考えて、大体コイツはいつも突然だからと思い直した。
「するに決まってる。溜まってんだ」
「ですよねー。俺も」
「………けどキスは無しだ」
「え⁉何で!?」
「怒ってるからな」
「謝ったのに……。てか何、そんなに嫌だったわけ?」
「………うるさい。良いからさっさと手を動かせ」
文句を言いながら、それでもコイツは俺に抱かれる。
素直な言葉はなかなか聞けないけれど、愛されてる自覚はちゃんとある。
「なあ、キスしたい……」
「……っるさい、ダメだっつってん……だろ……いい、から動けって……」
「もう……何そんな怒ってんだよ?」
「…………ぃだろ」
「え?」
「………お前だけ、覚えてるのは……っ………ズルい、だろ……だから、怒ってるんだ……」
『持っていきたい。
君とのどんな思い出も、最後に眠る墓場まで』
【END】
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