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運命との旅立ち④

 気まずいままに日数だけ重ねてナダールは遠くから彼をぼんやり見つめていた。  アジェは同い年のマルクと気が合ったようでちょこちょこと彼と一緒に出掛けてしまう。できればアジェとグノー、二人一緒にいて欲しいとお願いするのだが、どうにもマルクが言う事を聞いてはくれずアジェを連れ出してしまうのだ。  マルクもまだ成り立てとはいえ騎士団員の端くれだ、何かあったとして対処はできると信じ任せてはいるが、どうにも不安は隠せない。  一方グノーの方もあれからどうにも元気がなく、それはそれで心配で仕方がない。近付くなと怒られるのであまり近付かないようにしているのだが、元気がないとどうにもこちらまで不安になってしまう。  ここ数日、グノーは陽のあるうちは小刀片手になにやらせっせと作っている。そして陽が落ちると今度は飽きもせずにひたすら剣を振るっていた。それは皆が寝静まる深夜まで続いていて、彼はちゃんと寝ているのかと首を傾げたくなるほどだった。 「何を作っているんですか?」 「あ? なんでもいいだろ」  返答は相変わらずにべもない。 「私と話すのも嫌ですか?」 「別に……」  そう言う彼は全くこちらを見ようとはせず、ただひたすらに何か部品を彫り続けている。それはとても小さな物で、一体何を作ろうとしているのかもまるで分からずナダールはまたその様子をぼんやりと眺めていた。 「……からくり人形」  唐突に彼がぼそりと言う。え? と眺めていた彼の手元から彼の顔へと視線を移せば、彼はやはりそっぽを向いているのだが、久しぶりなまともな会話に嬉しくなった。 「からくり人形、作れるんですか?」 「趣味だから、簡単なヤツだけだけどな」  そういえばメリアはそういったからくり細工が有名だったなと思い出す。人形であったり、動力であったり、それは様々な場所で利用されていると聞いたことがある。 「どんな物を作ろうとしているんです?」 「自動人形(オートマタ)って知ってるか?」 「いえ、それはどういった?」 「普通人形は人の手で操って動かすものだけど、それを自動でやる人形」 「それは凄いですね」  素直に感心してその手元をまた覗き込む。 「興味ある?」 「それはそうですね、見た事ないですから」 「そうか……」  言って彼はまた黙り込んだ。 「あなたはなんでそれに興味を持ったんですか?」  その言葉に彼は少し手を止め「自分にそっくりだと思ったから」と、そう言った。  自分に似ている? それがどういう意味なのかよく分からず首を傾げる。 「何も考えない、ただ動くだけの人形。その仕組みが知りたくて作り方を覚えた。自分の中身もきっと同じだと思ってる」 「そんな事、ある訳ないじゃないですか」 「切ってみたら部品が壊れて動かなくなるかと思ったのに、思いの外痛かった。ついでに血が大量に出てきて、自分の動力どうなってんだろうな……ってそんな事ばっかり考えてた」  彼の言葉に戸惑った。これは彼の心の闇か? 「人形は操者の手の中だ、それが嫌で壊し方を研究してる」 「壊すために作ってるんですか?」 「これは違う。アジェが見たいって言ったから作ってるだけ」  彼はそう言って、またその小さな部品と格闘を始める。彼の心はどこか壊れている、それはずっと感じていたことだ。今の言葉は自身への自傷行為の告白だ。  自動人形、何の意思も持たずただ操者に操られる。彼を操っているのは一体誰なのか……彼の頑なな心の鍵はきっとその人物が握っている。だがそれは彼の一番の心の禁忌だ、迂闊に触れればまた彼を怒らせかねない。 「完成したら、私にも見せてくださいね」  今はその過去に触れる時ではないと、言葉を選んでそう言ったら彼は黙って頷いた。  今はまだこれだけでいい、時間はまだある。  彼の心の鍵を必ず見つけ出してみせる、そうナダールは心に誓った。  王子の誕生日、そういえば王子が誕生日だということはアジェも今日が誕生日なのだと唐突に思い出した。  今日で王子は十六になる。当然アジェも十六だ。  アジェにはまだヒートはきていない、この年齢になればいつそれがきてもおかしくはない、用心しないとなとグノーは思った。  自分に初めてヒートがきたのは十三の時だった、自分は少し早熟だったが、それでもアジェのヒートは遅すぎる。元々βに近いと本人も言っていたが、それが現実味を帯びてきた。もしかしたらアジェにヒートはこないのかもしれない。  自分も欠陥品のΩだが、アジェもその点では自分とあまり変わらないのかもなとそう思う。  今日はナダールは城で要人警護があるからと朝も早くから出掛けていった。そして自分達は家から出ずに留守番……のはずだったのだが、今現在二人がいるのはリングス薬局だ。 「いらっしゃい、待ってたわよ」  マルクの彼女、ナディアはにっこり笑う。カイルと同じ金色の髪をなびかせて彼女は楽しそうに笑っていた。  彼女の兄カイルとは違いその笑みに邪気は見えないが、グノーはどうにも気が乗らずアジェの顔色を伺った。 「アジェ、本当に行くのか?」 「行くよ。いつまでもうじうじしてるの嫌なんだ、今日で自分の心に決着つける。それでこの街を出る。グノーもそうしたいんだろ?」  確かにそうなのだ。メルクードは都会で自分たちΩには居心地が悪すぎる、こんな所はさっさと見切りをつけて出て行ってしまうのが一番だ。  けれどアジェがやろうとしているのはナダールが絶対やるなと釘を刺した「不法侵入」だ。散々自分を諌めてきたアジェがそれをやろうと言うことに彼の焦りが垣間見えて、グノーは少し不安になるのだ。  自分とナダールが『運命』について口論をしていた時、アジェはこの不法侵入をすでに決めてしまっていた。カイルの妹ナディアもアジェの顔を見てあまりのそっくりさに驚き、その後はノリノリで兄の口車に乗ってしまった。  ナディアは王子付きの侍女なのだ。 「私の格好で城内に入ったら、後はマルクが兄さんの所まで案内してくれるわ、頑張って」  侍女の制服を着せられて、ナディアそっくりの鬘を被せられたアジェはお世辞抜きで可愛かった。  うっすら化粧まで施され、少々恥ずかしそうにしてはいるものの、今更こんな格好までしたのだ、アジェの決意が変わる事はない。 「呼んでくれたらすぐ行くから、何かあったら絶対俺を呼べよ」  一緒に行くと言ったのに、カイルはグノーが侵入する方法を用意してはくれなかった。だったら自力で忍び込むしかない。言ってはなんだが、不法な事は得意なのだ、見付からずに城に侵入する事など自分一人なら朝飯前だ。  マルクと共にアジェは正面から城へと向かう。それとは逆に自分は裏から周って忍び込む、侵入経路はすでに目星を付けていた。 「ナダールに見付かったらどやされるだろうな……」  それでも、今日アジェが自分自身に決着をつければ晴れてこの街を出て行ける。これで彼ともお別れだ。  お別れ……望んでいた事なのに何故か心がざわついた。これでいいのだ、彼との関係に生産性などないとそう思っても心は揺れる。 「今は忘れろ」  呟いて首を振った。こういう時、余計な事を考えていると失敗する。それはここまで生き抜いてきた自分の経験則から導き出された答えだ。  アジェも自分も見付かってしまったら大事になる。  王子、それとできれば国王陛下夫妻を見られさえすればそれでいい。自分を捨てた家族を見てみたい、その思いは酔狂であると思わざるを得ないが、それが『運命』から逃げてきたアジェの次へと進める道なのならば、グノーはそれに全面的に協力するしかないのだ。 「よっこいせ」  グノーは壁を乗り越える、その後ろを彼に気付かれることなく付いて行く人影。彼は知らない。その人影がカルネ領から離れる事無くずっと二人を見つめていた事を……

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