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運命と共に堕ちる①
ナダールは戸惑っていた。彼、グノーの前ではにこにこと殊更笑顔を見せていたが、内心ではどうしよう、と焦りまくっていた。
グノーと共にメルクードを飛び出し一昼夜。荒れに荒れていた彼に声も掛けられず黙々とついてきた自分に、彼は呆れたように「帰れ」と言った。
口をきいてくれた事が嬉しくて、絶対帰らないと言い張ったが、その選択が果たして正しいものなのかどうか自分には既に分からなくなっていた。
仕事を途中で放棄してきてしまった、グノーが言ったように自分にも何かしらの疑いをかけられているかもしれない。
家族、特に父には多大な迷惑をかけている可能性も高い。それでも、あの時彼を一人にしては駄目だと、本能が告げたのだ。そして、その本能の叫びを自分は無視できなかった。
一緒にいるならルールが必要だと彼は言った。Ωである彼にとってαである自分はあまり歓迎できない旅の供である事は間違いない。
無闇に触らないこと、αのフェロモンで支配しようとしないこと、その2つが私に提示されたルールだった。自分はこのルールを飲むしかない、飲まなければ彼とは一緒にいられないのだから。
宿を取ろうと言ったら鼻で笑われ、だったら何処で寝るのかと問えば野宿だと言われた。
さも当たり前のように言われてしまい、彼はずっとそういう生活だったのだなと理解した。
「寝るには相応な安全確認が必要だと思いますよ」
「あぁ、俺あんま寝ないから平気。何かあればすぐ目が覚めるし、どこでもいい」
そういえば前にアジェがグノーはあまり寝ていないと言っていた。実際デルクマン家にいる間も深夜まで剣を振るっていた割には、朝も早くから動き回っていたのだ。ちゃんと寝ているのか? と思ってはいたのだが、事実あまり寝ていなかったとみえる。
「睡眠は大事ですよ」
「身体が動けばどうでもいいよ。動かなくなったら死ぬだけだし」
「あなたは生きることにもっと貪欲になった方がいい」
「生きてるのが嫌な人間だっている……」
食に興味がなく、睡眠もとらない、ここで既に人間の三大欲求のうち二つが否定されてしまった。残る性欲はバース性に振り回されて制御もできない……なんとなく、彼の生き方が垣間見えるようだ。生きたくない、本当は消えてなくなりたい、そんな心の声が聞こえるようだった。
「分かりました、とりあえず食べましょう」
「あ?」
「食材見繕ってくるので、火をおこしておいて下さい」
「え? おい!」
野宿はした事がなくてもサバイバルは得意だ。食べることに関して自分は貪欲な人間なので魚を捕ることも、小動物を狩ることも苦ではない。
あぁ、でも野菜も必要だな、この辺の木の実は食べられそうだと道すがら摘み取って、近くに小さな村があったので着ていた服と生活用品を交換した。
どのみち騎士団員の制服などもう用はないのでちょうど良かった、思いのほか高級品に見えたのか、村人は色々とおまけも付けてくれてとても助かったのだが、グノーの元へ戻ると彼は少し驚いたようだった。
「お前、服どうしたよ」
「売ってきました、当面生活は安泰です」
「馬鹿か、ちゃんとした所で売ればもっと金になるのに」
「そうなんですか?」
「そうだよ! 制服なんて好事家の良いコレクションアイテムじゃねぇか、それに騎士団に忍び込むには騎士団員の制服が必要だろ、お前等は配給されるし、たいした物じゃないと思ってるかもしれないけど、犯罪者で狙ってる奴も多いんだからな」
「そんなものなんですか? 初耳です」
「お前、裏の世界のこと知らなさすぎ」
グノーは大きく溜息を吐いた。
「今後何か物を売る時は俺を通せ、よそより高値で売り付けるから」
「頼もしいですね」
そう言って笑うと、彼は照れたのか、そっぽを向いた。
「それにしてもお前、この短時間によくそれだけ手に入れたな」
「まぁ、ほとんどは村人さんからですけど、この辺動物はたくさんいるみたいですね、肉には困らなさそうです」
捕まえたウサギをグノーの目の前で捌いて見せると、彼は少しばかり驚いたような表情だ。
「そういうの得意なのか?」
「そうですね、動物の命は大事ですので、残さず全部食べますよ」
「食べたいから狩るんだな」
「その通りです! なので食べられる分しか狩りません。狩猟を趣味のように楽しむ人もいますけど、そういうのは賛同できません」
「どこまでも食べるのが好きなんだな……」
「グノーも食べたらいい、美味しいですよ」
はい、と捌いて火を通したウサギ肉を差し出せば、彼はしぶしぶながら受け取った。
「俺、肉は得意じゃないんだよ……食べるけどな」
「そうなんですか? 何が好きですか? 私、料理は得意ですよ」
なにせ六人兄弟の長男だ、母の身重な期間が長かったナダールにとって母の手伝いは生活の一部である、料理どころか家事もそれなりに仕込まれ済だ。
小さな鍋に水を入れて米と残った肉、更には手に入れた木の実や野菜を加えて火にかけた。最後に味を整え差し出すと、お前凄いなと改めて感心されてしまったが、何も料理らしいことはしていない、ただ煮ただけでこんなに感心されてしまうと逆にこっちが恐縮してしまう。
食事を終え日は沈み、腹も膨れてしまえば沈黙ばかりが辺りを支配する。ナダールは会話の少ないグノーと二人で何をして過ごしていいのか分からず「少し早いですが寝ますか?」と声をかけると「寝るなら寝てろ」と突き放された。
「それならまだ寝ません、話し相手になって下さい」
「火の番してるし、別に俺のことは気にしなくていい」
「私もまだ眠い訳ではないですし、あなたともっと話がしたい、駄目ですか?」
「駄目ではないけど、話す事なんてなにも……」
言いよどむ彼に前から向き直り、その手を取る。
「私はあなたの事がもっと知りたい」
「無闇に触るなって、俺言ったよな」
「この程度でも駄目ですか?」
「……慣れてないんだよ、やめてくれ」
言って彼は腕を引いて自分の身体を抱きしめるように抱え込んだ。しばしの沈黙、口火を切ったのはグノーだった。
「お前、鳥人って知ってるか?」
「鳥人?」
「そう、鳥人。昔本で読んだんだ、空を自由に飛びまわる鳥の翼を持った人」
「お伽噺ですよね?」
「まぁな。でも俺はそれを探してる」
小さな声だがはっきりと彼はそう言った。
「いるんですか?」
「どうだろうな」
「いないかもしれないのに、探しているんですか?」
「その方が夢があるだろ?」
夢、確かに夢はある。だが、そんな話信じられる訳もない。
「渓谷の方にさ、その手の話って集中してるんだ。だから俺はファルスの方からずっとぐるりと渓谷を回ってる。アジェと一緒の間は行けなかったけど、俺はそっちに行くつもり」
「鳥人に会いたいんですか?」
「そうだな、できれば自分が飛んでみたいんだ。上から見たらきっとこんな世界小さく見えるんだろうなって、そんな事ばっかり考えてた」
「子供の頃ですか?」
「そうだな。今も、そう思ってるけど」
抱えた膝に顔をうずめて彼は呟くようにそう言った。
「渓谷は盗賊の隠れ家なんかも多くて危ないと聞きますけど……」
「あぁ、それはな。でも、そういう奴ばっかりじゃねぇよ、行き場を無くした俺みたいなのもいくらでもいる」
「一人で怖くはないんですか?」
「もう慣れたよ」
とりとめもなく彼の旅の思い出話を聞いている内に、いつの間にかナダールはうつらうつらと眠りの淵に落ちていた。けれど誰かの声にはっ、と目を覚まし周りを見回すと、薪の炎は小さく燻り、その向こう側でグ
ノーが激しくうなされていた。
「い、やだ……やめっ……」
「グノー、大丈夫ですか!? グノー!!」
彼の身体を揺り起こすと、物凄い勢いで手を振り払われ、起き上がったと同時に剣を突きつけられた。
「っは、あ……」
「危ないですよ、大丈夫ですか?」
その剣を避けて、顔を覗き込んだら驚いたように彼はその剣を取り落とした。カランと金属の転げる音がして、その音に我に返ったのか彼は一言「ごめん」と呟いた。
「怖い夢でも見ましたか?」
「あ……あぁ、なんでもない」
「なんでもない、って感じではありませんでしたけどね」
「お前には関係ない」
彼はまたふいっとそっぽを向いてしまう。
「まぁ、そう言われるのは分かってましたよ」
言って彼の手を引いた。油断していたのか彼の身体はすっぽりナダールの腕の中に納まってしまう。
「なっ! なに!?」
「悪い夢は忘れてしまうに限ります。嫌かもしれませんけど、人肌の体温は意外と落ち着くものですよ。寝られるまでこうしてますから寝てください」
「こんな状態で寝られるか!」
「では、子守唄でも歌いましょうかね」
言って彼の頭を撫でながら母直伝の子守唄を披露する。意外と弟妹には好評ですんなり寝てくれるのだが、どんなものだろうか。
「なんか、ずるい。コレめっちゃ落ち着く……」
「それは良かった、悪い夢はもうあなたの所にはきませんよ。安心してお休みなさい」
「ホント、お前のそういう所……」
「嫌いですか?」
先回りをしたら、言葉に詰まってグノーは黙り込んだ。気にせずに子守唄を歌いながらぽんぽんと指でリズムを刻んでいたら、いつしか胸元で小さな寝息が聞こえてきて、ナダールはにっこり笑みを零した。
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