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運命と過去の話③
「? メリアの国王が、あなたの……兄?」
確かにメリアの現国王は先代の王を追い落としその玉座を奪ったと聞いている。そして、その争いの時期はグノーの言った時期とも合致している。
「メリアの王子に名はないんだ。あいつがファースト・メリア、俺がセカンド・メリア、弟はサード・メリア、番号しかないって笑えるだろ? まぁ、それでも弟には名前があるんじゃないかな、知らねぇけど。ファーストは俺をグノーシスって呼んだ、それはあいつしか呼ばない俺の名だ。俺はあいつをレリックって呼んだ。これも俺しか知らないあの人の名前」
「あなたは兄に与えられた名を使い続けているのですか?」
「聞かれて答えられる名前が分からなかったんだよ。ブラックが聞き間違えてグノーって呼んだから、もうそれでいいやって……なんにも考えてなかったんだよ。別に誰に呼ばれるわけでもなかったから」
王家に生まれて名前すら与えられない……そんな事があるものなのだろうか。確かにグノーは王家を嫌っていた、その根底にあるのが自分の家族だとしたらそれにも納得がいった。
「もし見付かったら、メリア王はあなたを取り戻そうとするのでしょうか?」
「どうだろうな、さすがにもう諦めてくれてたらいいとは思うけど、ファルスにいてもランティスに来てからも追っ手は来たからな。まぁ、ランティスで追いかけて来たのはアジェの方の追っ手かもしれないし、実際の所は分からない。怖いか?」
「怖いというか、まだ実感が湧きません。あなたと共にいる事がメリア王家を敵に回す、とそういう理解でいいのでしょうか?」
「簡潔に言えばそうだな。いざとなったらあいつは手段を選ばない、レリックはそういう男だ」
先代の王を追い落としてから、メリアの現国王は内乱の多かった国自体を立て直した。なのでメリア国内では現国王の支持者は多いと聞いている。
ランティス国王とも何度か使者を通しての話し合いが設けられ、和睦への道を模索しているといわれており、今回は善良な王だと思っていたのだ。
次々と国王の変わるメリア王国において安定した政治を行う王は稀で、その中で今の国王は群を抜いて才覚があるともっぱらの噂だったのに……
「今ならまだ、手を離せるぞ……帰って元の生活に戻れるかもしれない」
メルクードで何も知らずに笑っていたのはまだ数ヶ月前の事だ、自分は平和が好きで争いごとは極力避けて生きてきた、なのに今聞いた彼の生活は衝撃の連続だった。物語を聞いているようでまるで実感が湧かない、だがすでに自分はその生活に片足を突っ込んでしまっている状態だ。
弟リクは父が捕まっているとそう言った。それは恐らく自分のせいだ。私がグノーと共に姿を消したせいで父は王子暗殺を疑われたのだろう。
ランティスに追われ、メリアに追われ、この先自分達はまともに生きていく事はできるのだろうか? 彼と別れメルクードに帰れば、少なくとも父の容疑は晴れるかもしれない。でもだからと言って、このまま彼を一人残して自分はメルクードに帰って幸せな生活が送れるのか?
答えは……否だ。
「私、この手を離すつもりはないと言ったはずですよ」
「絶対後悔する時がくるぞ」
「その時はその時です。でも私、後悔ってした事ないんですよ、どんな結果が待っていたとしても、それは全部自分が選んで引き起こされた結果です。良い事も悪い事も全部自分が選んだ事で、それに対して後悔するような事はありません。すべて己の行いの結果として受け止めます」
ナダールの言葉に「……やっぱり、お前は強いな」とグノーはぽつりと呟く。
「俺にはお前が眩しいよ」
そう言って、彼はまた少し口ごもった。
「まだ、何か話す事がありますか? この際なので全部話してください。私、全部受け止めますよ」
邪魔な前髪を払ってその瞳を覗き込むと、そのルビーの瞳は濡れていた。幾度か逡巡して、言おうとしながら彼は何度も躊躇う様子を見せる。
首を傾げて頬を撫でたら、ようやく彼の瞳がこちらを見据えた。
「……子供、出来たかもしれない」
その一言は今まで語られてきた話の中で一番衝撃が大きかった。子供? 誰と誰の? いやいやいや、そんな無粋な事は口が裂けても言いませんけど……え? 本当に?
「この間、ヒートきてましたよね?!」
ヒートがきたのはついこの間で、妊娠中に発情期がこないなんて事は一般常識だ。そんな、まさかとつい声を荒げてしまう。
「あれはヒートじゃない、緊急事態に身体が勝手にお前を呼んだんだ。熱はすぐに治まった。だから、おかしい……って」
「なんで黙ってたんですか!」
「まだ、怖かった。いらないって言われるかもってそう思って、それに自分に子供ができるなんて思ってなかったから……」
戸惑ったような様子の彼の声は震えている。
「そんなこと言うわけないでしょう! 子供ができたなら今大事な時期じゃないですか! 何やってんですか!! あんな崖からダイブなんてしてる場合じゃないですよ! 子供に何かあったらどうする気だったんですか!!」
「どうするもこうするも、あの時は何も考えてなかったよ」
「もう、馬鹿はあなたですよ! 無事で良かった、本当に。っていうか、今大丈夫なんですか!? あなたあっちもこっちも骨が折れてて、絶対おなかも打ってるでしょう! お医者、すぐに診てもらわないと!!」
慌てたように立ち上がり、グノーを抱き上げるとベッドに戻して念入りに布団をかけてからナダールは医者を呼ぶべく部屋を飛び出して行った。
窓の外を見れば粉雪が舞っている。自分はどのくらい寝ていたのだろう? 外はとても寒そうだったが、部屋の中はとても温かくて眠気がきた。すべてを話してしまった事でなんだか心の中が軽くなっていた。
まだなんの膨らみもない腹を撫でて過去を思う。兄との間に子が出来なかったのは『運命』ではなかったからなのだろうか?
ナダールと自分はまだ番契約もしていないのに子供ができたのも、これもまた『運命』の成せるわざだなのだろうか?
そもそも兄は何故自分を『運命』と呼んだのだろう。ナダールに会った今なら分かる、彼は『運命』ではありえない。
兄に抱いていたのは恐怖、緊張、畏れと諦め。彼にもそんな拒絶の気持ちは伝わっていたであろうに、それでも兄は最後まで自分を『運命』だと言い続けた。
そういえば兄のフェロモンは感情に左右される事がなかったなと思い出す。自分はブラックに会うまでフェロモンの制御の仕方が分からず、常に辺り一面にフェロモンを撒き散らしている状態だった。
自分以外のΩに会ったのは母と兄嫁だけで、どちらも番になっていたのであまり匂いを感じられなかった。
自分のフェロモンが人より少し過剰なのだと気がついたのはアジェに会ってからだ。ブラックも制御しなければ似たようなものだったので気がつかなかったのだ。
アジェは薬を飲まなくてもさしてフェロモンを発しなかった。もちろん制御の術も知らず、だがエディといる時だけは微かなフェロモンを流し続けていた。
元々アジェのフェロモン自体が少ないのかもしれなかったが、それでも明らかに自分と違う事に驚いたのだ。自分はどこかおかしい。そう思っても誰に問う事もできず、ひたすら薬に頼っている。
ナダールと出会ってから、更にフェロモン量は増大しているようで薬が手離せない。番になってしまえば楽になれるのに……思ってもせんない事だが、自分を戒める首輪がそれを邪魔する。
今まではそれでも良かった、だがナダールといるとどんどん薬の効きが悪くなる事も分かっていた。
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