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運命と我が愛し子③
春になり村に花が咲き乱れる頃、ナダールはグノーを毛布にくるんで抱き上げると外へと連れ出した。
すっかり引き籠もりになっていたので、外の穏やかな春風はとても気持ちが良い。周りには冬の間にすっかり仲良くなった子供達が駆け回っていて、グノーは微笑ましく子供たちを眺めやる。
「ほら、グノー見てください。アレが鳥人の正体です」
彼の指差す先、空の上には翼を背負った村人が何人も飛び交っていた。割と近くに切り立った断崖があり、そんな断崖の中腹にあるさほど広くもない足場を幾つか回って彼らは作物を育てているのだと説明された。
「あの翼、飛翼というらしいですよ」
「飛翼……凄い、なぁ凄い! なにこれ!! 俺も飛びたい!」
周りを駆け回っていた子供達も各々自分の翼を持っているようで、自分達も飛べるよと得意げに自慢してきた。
彼らの足腰は強い。子供の頃から遊び場は森であり崖であり空の上なのだ、それは例え子供でも常人を越える身体能力を要している事も頷けた。
「きっとあなたも飛べますよ。でもまずは歩く所からですね」
ナダールはグノーを地面に下ろす。
まだ杖を使って室内で歩く練習しかしていなかったグノーは久しぶりの土の感触に足が震えた。痛みはもうそれ程ないのだがどうにも力が上手く入らない。立って歩こうとしても、生まれ立ての子馬のようによろけてしまう。
もちろん転んだりしないようにナダールが常に寄り添っているのだが、彼は自分のその様子を見守るように優しく見つめていた。
いつしか子供達も周りに集まってきて「がんばれ!」と声援を送ってくれる。グノーが一歩また一歩とその足を進めると子供達が杖代わりに自分の身体を支えてくれた。
地に足をつけて自分は歩いている、なんだかそれが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
「ありがとな、お前ら。なぁ、俺にお前達が飛ぶ所見せてくれよ」
俺の言葉に子供達は嬉しそうに笑って、弾かれたように駆け出した。
「見てて! グノーがびっくりするくらい上手に飛んでみせるから!!」
子供達の笑い声が心に響いた。
「ナダール、俺こんなに幸せでいいのかな? 俺生まれてからこんなに幸せだって思ったこと一度もない……本当に、本当に幸せなんだ」
「幸せになるのはまだこれからですよ。こんなのはまだまだ序の口です」
「これ以上幸せになったら罰が当たりそうだ……」
春風を胸いっぱいに吸い込んでグノーは笑った。そして宙を舞う子供達に大きく手をふるのだ、ナダールはそんな彼の姿を笑顔でずっと見守っていた。
春の嵐が近付いていた。それはなんの予告も前触れもなく、それでも確実に少しずつ時は静かに動いていた。
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