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運命の交錯②

「襲われた王子、襲ったのは赤毛の男。これはもうそれだけでメリアを指している。そこにメリアの物を持った少年がひょんな所から現れたら……」 「うちの騎士団員なら間違いなく捕縛しますね」  ランティスとメリアは仲が悪い。騎士団員の中にはメリアを良く思わない者がいくらもいるし、そんな所にそんな人物が潜んでいたら捕まえてくれと言っているようなものだ。 「事は王子暗殺未遂、庇い立てしたら私達も疑われる。それに気が付いていたアジェは私達は無関係だと騎士団員たちに捲し立てた。止める暇もありませんでした」 「そんな……」 「元々私達は今回のランティスへの来訪でアジェを探す事自体王には禁じられていたのです。今回は動くなとそうきつく厳命されていたので、それ以上動く事もできず……」 「ん? なんでそこで王様が出てくるんだ? ファルスの王はアジェにはなんの関係もないだろ? ……いや、そもそもなんでエディはファルスの使者としてランティスに来たんだ? すぐに追いかけて来ると思ってたのに、いつまで経っても来ないから、おかしいとは思ってたけど……」 「俺だって追えるものならすぐに追いたかったさ! でも、あのクソ親父が俺を呼び立てたりするから!」  エディが拳を握って怒り声をあげる。 「親父? ブラックが? どういう事? そういえばブラックの奴どこに引っ越したんだ?」 「イリヤだよ」 「イリヤといえばファルスの首都じゃねぇか、またずいぶん遠くに引っ越したな」 「まぁ、先王が倒れられましたからね……」  クロードの言葉にグノーは首を傾げる。 「なんでそこでまた王が出てくるんだ。ブラックの奴もまさか王族だった……なんて事ないよな?」 「そのまさかですよ、ブラック様はファルスの前国王の弟君に当たり兄王様が倒れられた今、その主権は弟であるブラック様の物です」  思考が止まった。え? そんな事ってあるか? あのブラックだぞ? ブラックがファルスの国王? 「……ありえない」 「その言葉には激しく賛同する」  初めてエドワードと意思の疎通がはかれた瞬間だった。だが、ブラックをよく知っている二人がありえないと頷きあっている横で、ナダールは納得がいったという顔をする。 「あぁ、やはりそんな感じだったんですね。あのフェロモンの強烈さは普通の市井の人ではありえないと私は思っていたのですよ。ですが、王族の人間だと言われたら確かに納得です。ただ、ブラックさんの母親はここムソンの人だとお聞きしました。ファルスとこの村には何か繋がりでもあるんですか?」 「繋がりは陛下自身ですね。私も聞きかじった程度の話ですが、ある時、先々代の王が連れて帰ってきた妾というのが陛下の母親だったそうです。どういった経緯でこの村の娘を妾に娶ったのかまでは分かりませんが、毛色の変わった娘だという事で王宮内ではあまり好意はもたれていなかったようです。ただ、先々代の王の正妃である王妃様と、そのご子息である先代の王は彼女とも彼女の息子であるブラック様とも大変仲が良かったそうで、そのお陰でお二人は王宮でも何不自由なく暮らせたそうですよ」 「でもあいつ、ずっと国中ふらふらしてた上に、生活だって王族らしい所ひとつもなかったじゃねぇか」  そうだ、自分と初めて会った時もそうだった。胡散臭い旅の男。メリアからファルスへと自分を密入国させてくれたのがブラックだった。そういった事を生業にしているバイヤーなのかと初めこそ疑ったが、そういう訳でもなさそうで、謎の多い男だとは思っていたが、まさかの王族…… 「陛下はただ国中をふらふらしていた訳ではありませんよ。先代である兄王様が執務でなかなか各地を見て回れないので、その代わりを務めて国中の町や村を回っていたのです。大きな問題があれば報告を、ご自身で解決できる問題であればその場ですべて片付けて、ファルスという国をよりよくする為に献身的に働いておられました」 「あいつ、そんな事やってたのか……全然知らなかった」 「あなたもそんな恩恵を受けていた一人であるはずなのですが?」  クロードがこちらを見やる。責められている訳ではないと思うのだが、如何せん無表情なのでよく分からない。 「確かにブラックには世話になってたけど、迷惑もかけられてたぞ。会うたびにやれ盗賊退治だ、やれ用心棒だって毎回仕事押し付けられて、ただ働きの時も多かった。というかただ働きの時の方が多かった!」 「私も陛下からあなたの事はいくらか聞き及んでいます。あまり人を寄せ付けない性格で仲間を作ってやろうとしても頑なに拒む、とそうおっしゃっていました。陛下はファルスにあなたの生活の基盤を作ろうとしていたのだと思いますよ。そういう方の支援も陛下が力を入れている政務のひとつですから」  そんな話、知らない。そんな話聞いた事もない。  ブラックはいつも『お前は本当に可愛げがない』と苦笑していた。使って使われて、利用して利用されて、そんな関係だと思っていた。 「俺はあいつに守られてた……?」 「国民全員を守りきるのが理想だがそれはどうしても難しい、だからせめて見える範囲、手の届く範囲の人間はすべて守りたい。それが陛下の理念だそうですよ」 「格好いいこと言っても、全然できてねぇじゃんかよ!」  エディが悪態を吐く。自国民であるアジェがメリアに連れ去られた事が余程腹に据えかねているのだろう。 「一人を守る事と全てを守る事は似ているようで異なります。今の陛下は国民全てを守らなければいけない立場です。アジェ一人を守るためにメリアと揉め事を起こすのは国民全体の不利益になる。それが分かっているから陛下は動けない、という事もあなたは理解しているはずですよ。それともそんな事も理解できないほどあなたの頭はお粗末な物なのですか?」  そこはちゃんと理解しているのだろうエドワードは拳をきつく握った。 「陛下はあなたがメリアのセカンドだった事を知って驚いていましたよ。知っていたらもっと何かしらの対応ができたのに……と、そうおっしゃっていました」 「別にあいつに何かしてもらおうなんて、思ったこと一度もないのにな……」  ブラックに守られていた。その事実は少なからずグノーの心に衝撃を与えた。何もかも、誰も彼もすべて自分の敵だと思っていた。そんな自分をずっと見守っていた人間がいたという事実がどうにもグノーの心をざわつかせるのだ。 「やはりブラックさんはいい人でしたね。あ、こんな軽々しく呼んでは失礼でしょうか」 「陛下は陛下と呼ばれる事に拒否反応を示されます。別に構わないと思いますよ」 「それでもクロードさんは陛下と呼ぶんですね」 「陛下は陛下ですから。いくら兄の友人とはいえ『お兄ちゃん』とは呼べません」  ぶふっとエディが吹出した。 「なに、お前親父にそんな事言われてんの?」 「まぁ、幼い頃は実際そう呼んでいましたし、言われもしますよ。ですがさすがに『それは無い』と言わざるを得ず……」  淡々とそう語るクロードの横でツボに嵌ったのだろうエディが変な顔になっていた。笑っている場合でないのに、想像して笑ってしまう顔を必死で押し殺しているのが分かる。  自分も今目の前にいるこの無表情に綺麗な男に『お兄ちゃん』などと呼ばれるブラックの姿を想像すると顔がにやけてしまう。似合わなさすぎる。 「なんだか私の中のブラックさん像がどんどん迷走していくんですけど、どうすればいいですか?」  まだブラックに一度も会ったことのないナダールだけが困惑気味だ。 「そのままにしとけばいいんじゃねぇか? 実際ブラックはよく分からない男だよ。会って確かめるのが一番だ」 「私に会う機会があるのでしょうかねぇ……」  確かに今となってはブラックはファルスの国王……半信半疑ではあるがそれはどうやら事実らしいので、これからはそうほいほいと会う機会もなくなったのかもしれない。だが、相手はあのブラックだと思うと、いずれそのうち会う機会もあるかもしれないなと思ったりもする。なにせ彼は神出鬼没、どこに現れるか分からない得体の知れない男で、やはりどこか人とは違っていたという事なのだろう。 「話が逸れてしまいましたね、続けさせていただきます」  こういう時に冷静な進行役がいるととても助かる。自分とエディでは途中で喧嘩になってしまう可能性もあったので、クロードの存在はとてもありがたかった。 「ところでグノーさん、あなたこれに見覚えはありますか?」  クロードに差し出されたのはひとつの小さなからくり人形。それはとても古びた人形で、だがそれに見覚えがあったグノーは驚いた。 「これ、昔俺が作ったやつだ……」  それこそまだ兄に監禁され、何もする事のできなかった自分が自分を壊すために作り続けたからくり人形のひとつであったのだが、何故ここにそれがあるのかグノーには分からなかった。 「これ、昔私があなたに貰った物なんですよ」 「え?」  グノーはクロードをまじまじと見るが、こんな男に心当たりなど無かったし、そもそもこれを作っていた頃、自分に声をかける相手すらいなかった。そんな事はありえない……と思った刹那、ふと思い出される記憶がひとつ。 「あの時あなたはグノーシスと呼ばれていた」 「お前『お人形ちゃん(ドーリィ)』か?」 「その呼び名、懐かしいですね。さすがにもう、そう呼ぶ人はいなくなりましたよ」

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