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運命の交錯③

 それはまだ兄の束縛が始まったばかりの頃だった。その日は近しい親戚の結婚式で、それでも王の息子として数の中に入っていた自分はその式に出席することを余儀なくされていた。  その中に『お人形ちゃん(ドーリィ)』はいたのだ。  結婚式とは名ばかりの立食パーティ、しょせんは政略結婚のお披露目会だ、知り合いすら一人もいない自分には何も楽しい事などなかった。 『私の可愛いお人形ちゃん(ドーリィ)、あなたに会えなくなるのは悲しいわ』  そう言って花嫁は泣いていた。恐らく彼は花嫁の近親者だったのだろう。だが、その時も彼は今と同じく何も感情を持たないような無表情だった。  花嫁から解放された彼は完全に壁の花になっていた自分の方にやってきてその横に並んだ。そもそも歳の近い人間がほとんどいなかったのだ。だが、彼は隣に来ても何を言うわけでもなく、ただ自分の横に立っていた。  兄に他人と話すことを禁じられていた自分から声を掛けることもできず、二人はただぼんやりとそのパーティを眺めていた。  それでも彼が気になった自分は彼を盗み見る、彼は本当に整った人形のような顔で少し怖くなった。自分が作っているからくり人形を精巧にしたらこうなるのだろうか、と思うほどに彼には感情というものが読み取れなかった。  もしかしたら自分もこんななのかな、彼も自分と同じような人間なのかな、となんとなくその時俺はそう思ったのだ。 「あの……」 「グノーシス!」  意を決したように声を掛けようとした所を兄に見咎められた。 兄はこちらに来いと自分を手招く。それは絶対命令で自分に拒否権などない事は周知の事実だ。 「これ、あげる」  ポケットに潜ませ持っていた小さなからくり人形を彼に有無を言わさず押し付けた。それは自分にもよく似た彼が少しでも喜んでくれたら、そんな思いだったのかもしれない。  そのまま兄の元へ駆けて行き、そんな事はすぐに忘れてしまった。それだけの記憶。 「あの時はお礼も言えず申し訳ございませんでした」 「礼も何も、ただ押し付けただけだ。あの後何かされたりしなかったか?」 「何もなかったですよ。私は他国の人間でしたしね。この人形にはあの後ずいぶん救われたのですよ、長いこと私の友人はこの子だけでしたので」  あぁ、この男もやはり自分と同じどこか壊れた人間なのだなとそう思った。彼はαであるのに、何が彼をそうさせているのかは分からなかったが、それでも寂しい子供であったのは間違いないのだろう。  彼は大事そうにその人形を自分の鞄にしまいこんだ。 「グノーシス、それはあなたのもうひとつの名前ですか?」 「あぁ、レリックが……兄が俺にそう名付けた」 「そうでしたか」  クロードはひとつ頷く。 「メリア人である赤毛、更には数の少ない男性Ωという存在、加えて名は自分の名付けた名前に酷似したグノーだという。からくり人形を作り、剣の腕の立つ人間、メリア王があなたをあなただと確信させる為には充分すぎるほどの材料は揃ってしまいました」 「あ……」 「メリアで赤毛は珍しくないですが、紅眼は珍しいのだそうですね。アジェはそれも知っていた。最終的にはそれが決め手になりました」 「なんで、でもこの事件はランティスで起こった事件じゃないか、メリアに、しかもレリックの耳に入ったのはなんでなんだ?」  クロードは息を吐き、続ける。 「ランティスに間者がいたのですよ。カイルさんを操り王子暗殺を企てていた黒幕。それが大臣のウィリアムです」 「ウィリアム・メイス様……そんな馬鹿な。彼は古くから現国王に仕える盟友とも呼べる存在、そんな事……」 「信じられなくても、それが事実です。彼は裏でメリアと通じランティス王家を潰そうと企てていたのですよ。そしてデルクマン騎士団長はそれに気付き、逆に嵌められ投獄されてしまった。あなたとアジェがデルクマン家に客人として匿われていたのは近所の方からも証言は取れていましたからね」  ナダールの弟は父親が投獄されたのは俺のせいだと言った。  確かに話を聞けばどう考えてもそれは自分のせいでグノーは頭を抱える。 「それで今、父はどうなっているのでしょう?」 「疑いは解けました。大臣がすべて吐きましたからね。ただ投獄されていた間に体調を崩され今は寝込んでおられます」 「大臣、捕まったんだ?」 「えぇ、そちらの事件はつつがなく解決しました。この辺はもう終わった事件なので割愛させていただきます。ただ、その後にメリアの王から急な使いが来まして、あなたを差し出せとそう言うわけですよ。ランティス王家としては困りますよね、なにせあなたは何処の誰とも分からない上に行方知れずなのですから。一部ではカサバラ渓谷を落ちて死んだのではないかとの報告もあり、その旨伝えてみた所で死体を引き渡すまで信じないと言って寄越したそうです。仕舞いには返さぬのならば戦争も辞さない、とそう言い始めたのでどうにも八方塞で困っていたようですね」 「なんだか子供が駄々をこねているようですね」  呆れたようにナダールが言うのに頷いてクロードはまさにその通りなのです、と続けた。 「誰もが同じことを思っているはずですが、メリア王にはそれができてしまう権力も武力も金もあるのです」  クロードの言葉を受けてエディも「あんたの兄貴、頭おかしいだろ」と零す。 「メリア王家の人間は俺を含めて、まともな奴なんて一人もいないよ」 「それでどうやって国が纏まっているのか、私には不思議でなりません」  クロードの言う事はもっともだ。  実際国は纏まってなどいない、ただ王家の権力に逆らえない、そのような政治を今まで強いられてきたし、国民もそれに疑問を投げれば自分の命が危うい。そのため誰もそれを口に出す事も行動に移すような事もしなかっただけだ。だが一旦口火を切られればすぐに崩壊する、その程度にメリアは危うい国だった。  それでも現国王はそんなメリアを立て直した功労者として讃えられているのだから不思議なものだ。 「ランティス王がほとほと困り果てていた時に、声を上げたのはアジェでした」 「え?」 「アジェは兄である王子とも和解して、王家に家族として迎え入れられていたのです。凄い人です、自分に酷い言葉を投げかけた兄を許し、自分を捨てた両親を許し、あまつさえ自分を殺そうとしたカイルさんさえも許したのですよ。そんなに皆が困っているのなら、あなたを知っている自分がメリア王のもとへ行って事情を説明してくると彼はそう言ったのです」 「アジェはお人好しなんだよ。それはもう馬鹿が付くくらい! 自分を捨てた奴等なんか放っておけばいいのに、アジェはそれができない」 「なんで止めなかった?!」 「止めたさ! その場に自分が居たならな! だけどその時俺はそこに居なかった、居なかったんだよ……」  拳を机に叩きつけてエディは言う。 「自分達はファルスの人間です。ランティスのましてや王家でのごたごたなど知りようもありません。知ったのはすべて事が進んだ後でした。ランティスのエリオット王子はそれでも彼を止めたそうですよ、でも彼は止まらなかった。責任を感じているのでしょうね、王子は私達には包み隠さず全て教えてくれました」  しばしの沈黙、自分達がこのムソンでのんびりとした生活を送っていた裏でアジェは色々な事件に巻き込まれていたらしい。  まさか、そんな事になっているなど夢にも思っていなかった。 「ファルスはメリアに手を出せません。第三国であるのも勿論なのですが、メリア王は先手を打って我が国に警告をしてきました。もし戦争になった場合、ランティスに加担するような事があればメリアはファルスをも攻撃する準備がある、と」 「メリアに二国を相手取って戦争を仕掛ける余裕なんて……」  だがグノーはメリアの内情をそこまで詳しく知っている訳ではなかった。国を飛び出してからは特に、メリアなど早く滅びてしまえばいいと思いこそすれ、詳しく知ろうなどと思ったこともない。 「それがどうやらあるようなのですよ。メリアの産物である『からくり』に加え、カイルさんが扱っていた薬……というよりは劇物ですね、そのふたつが合わさったらどうなるでしょう」 「まさか……」 「そのまさかです。どうやらメリアは国境近くのファルスの村でわざわざそれの実験を行ったようで、一晩で村がひとつ消えました」

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