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運命の交錯⑤
「奥さんって言うな」
「この期に及んでまだ、私との関係を否定するんですか?」
「違う、子供は産んでも俺は男だ、女になる気はない。奥さんは女の呼称だろ、言うなら旦那って言え」
「本当にあなたは男前過ぎです……そんな所、大好きですよ」
「人前でそういうこと言うな」
照れ隠しでそっぽを向けば、それを分かっている彼は抱きついてきた。
「目のやり場に困るから、人前でいちゃつくのは控えてくれ」
なんていうか、あんたはアジェに聞いてたイメージと全然違う……とエディはぶつぶつ零しつつ眉間に皺を寄せ髪を掻きあげる。
「アジェ君はどんな風に私の事を言っていたんですか?」
「いつも笑ってにこにこしてて、絶対怒らなそうな人畜無害な人」
「そのまんまじゃん?」
首を傾げてそう言うとエディは溜息を吐く。
「どこがだ! 普通に怒るし、笑ってもないだろ。しかも人目も憚らず常時いちゃいちゃと……俺にとっては公害だ!」
「それで言うなら私もあなたのイメージずっと壊れっぱなしですよ。もっと大人びた冷静な男性だとアジェ君から伺っていたのに、切れやすいし手は早いし、全然違うじゃないですか、騙されました」
「アジェの前ではこいつ大きな猫を被ってるからな。いっそ笑えるくらい別人演じてるから、一度見てみるといい」
背後から巻き付けられているその腕を撫でながら、くすくす笑い声でそう言うとまたエディが切れた。
「アジェ以外になんて、どう思われようとどうでもいいんだよ俺は。っていうかホントそのさりげなくいちゃつくスタイルやめろ! マジ腹立つ!!」
「何を言っているんですか? ようやく手に入った人ですよ、今抱きしめておかなくて、いつ抱きしめるんですか? 悔しかったらあなたも早くアジェ君を助けだす算段を立てることですね」
「そんな事は分かってる!」
「エディを煽るのはやめてください。この人切れるとどこまで暴走するか分かりませんので手に負えなくなります」
無表情だ無表情だと思っていたクロードの顔に少しの疲れが見える。苦労しているのだろうか。
「そういえば、エディ君はクロードさんの部下だとお聞きしていたのですけど、二人を見ているとそんな風には見えませんが一体どういう関係なんですか?」
「友人です。私にとっては初めての友人なんですよ」
クロードの言葉にグノーとナダールは怪訝な顔をしてしまう。
「上司と部下にも見えないけど、友達って言われてもなんか違和感。友達の一人もいない俺に言われたかないだろうけど、本当に友達?」
「変ですか?」
「変というわけではありませんが、グノー同様、違和感は拭えませんね。どちらかと言うとお世話係……的な?」
「言っておくが、こいつの世話をしてるのは俺の方だからな」
エディは怒ったように言う。
「え? そうなんですか?」
「何を言ってるんですか、今まで私がどれだけあなたの尻拭いをしてきたと思っているんですか」
「勝手に付いて来て、勝手にやってるだけだろう。生活能力皆無のお前の尻拭いは俺だってしてる!」
「喧嘩するほど仲がいい?」
「あ?!」とエディは声を荒げ、クロードは「それです!」と少し嬉しそうに手を打った。なんだかよく分からないが、これはこれで上手く噛み合っているようで笑ってしまう。
「とりあえず、メリアの情報が揃い次第作戦を考える。あんた達はそれぞれ何が出来る?」
「何って、なんだよ?」
「俺は腕に覚えがある、喧嘩ならほぼ負けなしだ。この村の連中は諜報に長けてるし、こいつは俺の為ならなんでもする男だ。あんた達には何がある? エディは腕に覚えはありそうだけど」
ナダールの首に腕を回してそう言うと、ナダールは少し困ったような顔をする。
「さりげなく私も数に入れましたね? 私、戦闘は得意ではありませんよ」
「お前は俺を守るって言っただろ? その言葉に嘘偽りは?」
「ありませんよ、ありませんけどね!」
「だったらずっと傍に居て、お前はそれだけでいい。俺がお前を守るから」
「グノー、色気が駄々漏れてますよ、少し控えてください。ここにはαしかいないんですから気を付けないと」
「なんだ、この腕は牽制じゃなかったのか?」
「私程度の男の牽制では引けないほどにあなたのフェロモンは強いんです。自覚してください」
「そうなのか?」
そういえばもうずいぶん長い事、抑制剤を飲んでいない。
制御をしてるつもりでもナダールが近くに居るとどうしても抑えが効かないのだから仕方ない。
「大丈夫ですよ、私達にはもう番がいますから、あてられる事はありません」
「え? お前いつ番契約なんてしたんだよ? 俺、聞いてないぞ、相手誰だよ?!」
驚いたようにエディがクロードに詰め寄る。
「ナイショです、今はまだ言えません。正式に話せる時がきたらお話しします。ちなみに私はエディよりも強いですよ。これでも一応ファルスの騎士団長の一翼を勤めさせていただいていますので」
「一翼?」
「ファルスには騎士団長が五人いるんですよ。私はその内の一人です」
国が変われば体制も変わる、ランティスはナダールの父を筆頭にその下に複数の副団長が付きピラミッド型の体制だったが、どうやらファルスは少し体制が違うようだ。
「そんな人がこんな所に居ていいんですか?」
「我が部隊は優秀な人材が多いので私など居なくてもちゃんと仕事が出来るんですよ。というよりむしろ私が居ない方が動きやすいんじゃないでしょうか……」
クロードが何故か遠くを見詰める。なにか彼の琴線に触れてしまったのだろうか。何はともあれエディが自分と同程度に動ける剣士である事はルーンの町で確認済みだ、それより強いと豪語するのであれば、クロードもそれなりに使える手だれなのだろう。しかも二人とも番持ちで自分のフェロモンにあてられる事もないとなればまさに好都合だ。
「分かった、とりあえず今居るこの四人は実動部隊として動けるって事だな。上等」
「分かりました。死なばもろとも、その覚悟はとうについています」
「ルイを残して死ねるかよ」
「それはそうなんですけどね」
すりすりとナダールの胸に頬を寄せていくと彼も頭を撫でてくれる。
「だから! さりげなくいちゃつくなと何度……!」
「落ち着くんだよ、放っとけよ。男の嫉妬は醜いぞ」
「番のフェロモンは精神安定剤みたいなものですからね。ですが、私もさすがにそれはないと思います」
クロードにまで言われてしまい、さすがにこれは常識範囲内ではないのだと気付く。だが、そもそも常識ってなんだ? 誰もそんな事俺に教えてくれなかったのだから多少おかしな行動をとっても許してもらうしかない。
仕方がないのでナダールから身を離す。あぁ、やっぱり少し落ち着かない。
「まずは情報収集。クロードさん、村を壊滅させたっていうそのからくり人形、ブラックのとこにあるの?」
「あると思いますよ。恐らく現在仕組みを解析中かと思われます」
「俺もそれ見たいんだけど、本物じゃなくてもいい、分解図とかそんなんでも手に入らない?」
「イリヤに帰れば恐らく手に入りますけど、どうするんですか?」
「同じ物、作る。どのみちカイル先生だってこっち側なんだろ?作って試してみればどこに弱点があるかも分かるはずだ」
「作れるんですか?」
「どうだろう? その為に見たいって言ってる。俺にはからくり人形の知識がある、だから見れば分かる事もあるかもしれない。その劇物? 毒薬? もカイル先生に解析させれば成分も分かるだろうし、上手くすれば解毒剤も作れるんじゃないか? そういう話はしてねぇの?」
「そういえばそういう話はしていないですね。それはファルスの話なので、ランティスに持っていく問題でもないかと……」
「あんた達、間に立ってるんだからもっと上手く連携とらないと、使える者は親でも使えって言うだろ?」
「さっきから、なんであんたがそんなに仕切ってんだか分かんないんだけど?」
「お前がやる事やってないからだろ~ 俺さえ捕まえて連れてけば万事解決なんて考えてるから一歩も二歩も出遅れるんだよ、もっと頭と体使えよな」
「っな!」
「エディはやれる範囲で頑張っていましたよ、そちらこそ何も知らなかった人間が偉そうに言わないでください」
「う……確かに。すまん」
謝ると、クロードは少し驚いた顔を見せる。
「意外と素直に謝るのですね」
「俺そんなにひねくれ者に見えるか?」
「そういう訳ではないのですけど、取っ付き難いというのはアジェも陛下もおっしゃっていたので、もっと気難しい人なのかと思っていました」
「あぁ、まぁ今までならそうだったかもな。変われたのはこいつのおかげ、ナダールがいたから今の俺がある」
「だから、さりげなくいちゃつくスタイルはやめろと何度も……」
「今は触ってないだろう! なんなんだよ、もう!」
「惚気もいちゃついてるのと同じだ!」
どうにも何が気に入らないのかエディとはことごとく口論になってしまう。相性悪いのかな、俺たち。
「エディはアジェとあなたの仲が良かったのが気に入らないのですよ。気に入らない人間が幸せそうで、いらいらしているだけなので許してあげてください」
なんだかどうにも複雑だが、それならそれで仕方ない。実際、自分は今幸せの絶頂期で、エディは不幸の絶頂期だろう。
エディの前ではナダールといちゃつくのは控えよう、とグノーは思った
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