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運命と過去との対峙②
家の中に通された二人はどうやら第一関門突破と胸を撫で下ろす。ただ、青年の警戒の表情はいよいよあからさまで笑うしかない。それもそうだろう、突然訪ねてきた二人組み、一人はメリア人だが表情も見えない不審人物、更にもう一人はフードを被った大男だ怪しくない訳がない。
二人が訪ねてきたのはスフラウト家、メリアでも古くから名の残る由緒正しい貴族の末裔の家だった。
だが、貴族とは名ばかりで現在はこんな小さな家に暮らす落ちぶれ貴族だ。
何故スフラウト家がここまで落ちぶれてしまったのかと言えば、それには大きな理由がある。二十年前、現当主であるルイス・スフラウトの弟ハンスが王家に逆らった事でスフラウト家は政治の中心から完全に遠ざけられてしまったのだ。
かろうじてお取り潰しにならなかったのは、スフラウト家が本当に由緒正しい家系で、代々王族に仕える者を何人も輩出していたからに他ならない。だが、その栄光も今は失われようとしている。その秘密と共に。
「それで、あなた達何を企んでいるのですか?」
丁寧にも茶を入れてくれた青年は明らかに不審顔だ。
「何ってさっきも言ったろ? 国を潰そうとしてるのさ。現国王は正統な血統じゃない、それはあんたも知ってるんだろ? あんた達がいずれ国を取り戻そうとしている事は知っている、俺達はその手伝いをしようって話だ」
「あなた達はどこでその話を知ったのですか? この話はごく一部の人間しか知らない話だ、あんた達みたいな得体の知れない人間が知っていていい話ではない」
「それもさっき言ったな。俺はこの話をハンス・スフラウトから聞いた」
「そんな馬鹿な、そもそもハンスは王家を裏切った事で二十年も前に死んでいる。そんな話聞けるわけがない。あなただってそんなに歳がいっている訳でもない、その言葉を信じるなら、あなたはそれこそまだ子供の頃にその話を聞いたという事になる」
「あぁ、そうだな。俺はこの話を寝物語に聞いたんだ、当時は意味も分からなかった」
青年の不審は募っていくばかりなのだろう、眉間に皺が寄っている。
「何故そんな話をあなたは聞いているんだ? そもそもこの話は一族の中でも他言無用とされている、父がそんな話を他人の子供にする訳……」
「父?」
今度はグノーの様子が変わる。
「ハンスは結婚していなかったはずだ。子供なんている訳がない、いや、でも居るとしたら、なんでこんな所にいる?」
「あなたは私も知っているのですか?」
「間違いでなければ、あんたサード・メリアか?」
サード・メリア。メリア王の三番目の子供、すなわちグノーの弟だ。
「私をその名で呼ばないでください、そもそも前王は父親じゃない。私の名はレオン、それ以外の名前は私にはない」
「レオン……」
噛み締めるようにグノーは呟く。恐らく弟とは初対面なのだ、彼の動揺が手に取るように分かる。
「そうか、ハンスの子か。確かにハンスによく似てる」
「私は父に会った事はない、そんな事を言われてもよく分からないが、そんなに似ていますか?」
「瞳の色が同じだ、雰囲気もよく似てる。匂いまでそっくりだ」
青年は少し嬉しそうにはにかんだ。彼が生まれた時には既に彼の父親は死んでいたのだから、当然彼は父親に会った事はないのだ。その父の面影が自分にある事が彼は嬉しかったのだろう。
「お二人はあまり匂いがしませんが、やはりαなんですか?」
「私はそうですね、彼は私の伴侶でΩですよ」
ナダールの言葉に驚いたようにレオンは立ち上がり、おもむろにグノーの前髪を払う。突然すぎて動けなかった。
顔を見て確信したのだろうレオンは怒鳴る。
「あんたセカンドか!」
突然ぶわっと広がる怒りのフェロモン。ナダールはとっさにグノーを庇うように抱きこんだ。
「なんでこんな所に来た! 何を企んでいる! 父だけでは飽き足らず伯父まで殺しに来たのか!!」
「何を急に言い出すのですか、言いがかりはやめてください」
「だったら何の為に? 国を潰す? ふざけるな、今この国を牛耳ってるのはお前だろ!」
彼が何を言っているのか分からなかった。確かに現国王はグノーの為に戦争を起こそうとしている、だがそれを指して牛耳るというのも何か違う気がしたのだ。
「レオンさん、落ち着いてください。私達は本気でこの国を変える為にここに来ただけなのです。あなた達に危害を加えるつもりはありません」
「あんたはなんなんだ? こいつの一体何なんだ?! 伴侶? セカンドはファーストの『運命』なんじゃなかったのか!?」
「俺はファーストの『運命』なんかじゃない」
ナダールの腕の中でグノーは言う。
「俺の『運命』はこいつだけだ。俺はファーストを殺す為にここに来た」
「ファーストを……殺す? なんで? お前はファーストの威光を背負ってこの国を操ってるんだろ? なんの為にそんな事をする必要がある?」
「何か事実と相違があるようですね。この人はメリア王を操ってなどいない、そもそも六年も前にメリア王家から出奔しているのですよ、そんな人が何故王を操れるというのですか?」
「六年前? 嘘だ、だって城にはずっとお前がいたはずだ。お前がファーストを唆して先王を退かせた、その後もずっとファーストはお前の言いなりだとそう……」
「事実無根ですね。少なくとも五年間この人はメリアにはいませんでしたし、この一年は私とずっと片時も離れず一緒にいた、メリアにいたなどありえません」
レオンは逡巡するように額に手を当てた。
「だったらアレは誰だ? ファーストと共にいる人間は一体誰なんだ?」
「それは私達にも分かりません。ただ少なくともその人物はこの人ではない、その人物がセカンドと名乗るのなら、それは偽者という事でしょうね」
「そんなの、聞いてない」
「俺たちはメリア王家を潰すために協力者を募ってる、サード、お前がいるならむしろ好都合だ」
「私はサードではない!」
「だったら俺のこともセカンドと呼ぶな、不愉快だ! 俺の名はグノー、それ以外の名で俺を呼ぶな、レオン」
レオンは拳を握る。
「あなたは本当に私の兄なのか?」
「顔を見ただろう? 母親そっくりのこの顔とこの瞳、呪っても変えることができないΩ性、よく見ろ、お前なら分かるはずだ」
改めてグノーは自ら前髪を掻き上げる。その顔を確認してレオンは諦めたように首を振った。
「はじめまして、と言うべきなのかな……」
「今更そんな事を言われても、な……」
複雑な兄弟の邂逅だった。
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