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運命と過去との対峙①
「これは酷いものですね……」
その町は寂れていた。町を行きかう町人にも生気はなくどこかくたびれた表情をしている。大体どこの国に行こうと変わらないのは元気な子供の姿だが、その国の子供達はどこか怯えたような顔をしていて、その表情に顔を曇らせた。
「俺が家を出た時よりは多少マシになってる。あの頃はその辺に喰うに困った浮浪者みたいなのが何人も転がってた。先王はそんな事気にかける人間じゃなかったからな」
これでマシになっているなんてこの国は一体どうなっているのかと思わざるを得ない。
ナダールが自身の金色の髪を隠すようにフードを目深に被り、辺りを見回すと小さな子供がぶつかって来た。頭を下げて擦れ違おうとしたら、その襟首をグノーが掴む。
「小僧、盗ったもの返しな。返せば今回は大目に見てやる」
その子供は怯えたようにこちらを見やった。気が付けば自分の荷物がひとつ減っている、たいした物が入っていた訳ではなかったがその子供がスリを働いていたのだとすぐに分かった。
子供は盗った荷物を投げ捨てて、グノーの手を振りほどき駆けて行く。グノーがその荷物を拾ってこちらに投げて寄越した。
「行こう、ここはあまり良くない」
出会った当初、グノーも平気で盗みを働いていた。先程の子供も楽しんでやっている訳ではない、食べるに困るからやっているのだ。メリアという国はそういう国なのだと改めて実感させられた。
「あちらで何かやっているみたいですね、人だかりが出来てます」
そちらに足を向けてみれば、どうやら炊き出しをしていたようで、やせ細った人々が我先にと並んでいる。配っているのは教会の人間だろうか、白い衣服を身に纏った小綺麗な幾人かの男女。小綺麗ななりはしているが、彼らも決して健康的とまではいかずナダールは眉を顰めた。
「本当にありがたいことだ、先王様に比べ現国王様は我らに生きる糧を与えてくださる、こんな嬉しい事はない」
やせ細った老人はそう言ってありがたいありがたいと手を合わせるように食事を受け取っていたが、それはどうにも偽善的でナダールの心を曇らせた。
食事を与える事はもちろん必要だ、食べるに困っているのならそれをするのが当たり前で、この国を統べるのならばやって当然の事だ。だが、やるべき事はそれだけではない、彼等に職を与え、生活に困らない住居を与え、自活できる道を示さなければいけない。けれど、現在国王がやろうとしているのは戦争だ、どうにも矛盾が頭を過ぎる。
メリア国王にはそれが分かっているようにも思える、実際こうやって炊き出しを行っているのも彼の指示なのであろう。だが、同じ目線の先に戦争がある。
国民と弟、秤にかけたら比重が大きいのはもちろん国民であるだろうに、その行動原理の比重は弟であるグノーに傾いていて彼の中の矛盾に戸惑うばかりだ。
ふいに甘い薫りが鼻を掠めた。バース性ばかりのムソンの村ではΩの薫りに惑わされないように、抑制剤の服用は必須条件で、更に言えばバース性ばかりの村では薬も簡単に手に入る上にランティスで売られていた物より質も効力も良いものばかりだったのでナダールはその匂いに惑わされる事はない。だが、こんな所でこんな風にフェロモンをばら撒いてしまえばどんな事になってしまうかは分かってしまう。
「お兄さんα?」
服を引っ張られて下を向けば小さな女の子だ。
「お兄さんαならお金持ってるでしょ? 私を買ってよ」
むせ返るような甘い薫りを浴びせられる。だが、その薫りはどこか毒々しくてナダールは眉を顰めた。
「君みたいな子供がそんな事をするものじゃない」
「あら、お兄さんは正気でいられるのね。あぁ、番持ちなのね、残念」
グノーの方をちらりと見やって、少女はがっかりしたような表情を見せた。
「君はいつもこんな事をしているのかい?」
「だってこうでもしないと食べられないじゃない。私は特別だからまだこうやって食べていかれるけど、何もない子は死んでいくだけ。上手い具合にお金持ちのαの番になれたら人生安泰なんだけど、なかなかね。お兄さん、お友達にいい人いない?」
少女は妖艶に微笑む。姿形は幼い少女だがその表情は一端の『女』の顔でぞっとした。
「ナダール、構うな行くぞ」
腕を引かれて慌てて歩き出す。グノーの纏う空気が荒れている。神経をぴりぴり尖らせているのはメリアに入ってからずっとなので分かっていたが、ここに来て更に気持ちが荒れているのが手に取るように分かる。
「お前、薬ちゃんと飲んどけよ」
「分かってますよ。それにしても、メリアという国がここまで荒れた国だとは思っていませんでした、一時は学術の都としても栄えたはずなのにどうしてこんなに……」
「先代は自分の事しか考えない王だった。自分は豪奢な暮らしをする一方で、国民には目も向けなかったからな」
先代というのはグノーの父親の事だ。グノーに首輪を着けた張本人、城を追い出されたと聞いているが今はどこで何をしているのだろう。
「あぁ、ここだな」
グノーは地図を片手に一軒の家の前に立った。そこは質素な造りながら、荒れた様子も見られない小さな家だった。
「こんな所に本当にいるんですか?」
「ムソンの奴等は優秀だから、あいつらが居ると言うなら居るんだろ」
グノーは家の扉を叩く。返事はなく留守かと思い、どうしようかと扉を離れようとした時、遠慮がちに扉が開いて一人の青年が顔を覗かせた。
「えっと、どちらさま?」
青年は年の頃二十歳そこそこといった所か、メリア特有の赤髪に翠の瞳の美丈夫だ。町で見かけた荒れた様子の町人達とは違い、どこか落ち着いた様子のその男は真っ直ぐこちらを見てそう言った。
「ご在宅でしたか、こちらスフラウトさん宅でお間違いありませんか?」
「……そうですけど、何ですか?」
「ルイス・スフラウトさんはご在宅ですか?」
その言葉に青年の顔色が変わる。
「あなた達、誰ですか?」
「怪しい者じゃない、少し話しがしたくて来ただけだ」
「伯父は今出掛けています。どんな話しか知りませんが、話なら私が聞きます」
警戒した様子の青年に、まぁそうですよねと苦笑する。怪しくないと言われても、明らかに怪しい二人組みだ、警戒するなと言う方が間違ってる。
「立ち話では少し話しにくい、中に入れて貰えないか?」
「内容によります、あいにく私はただの留守番で客人をもてなす準備も出来ませんので」
「話は……ハンス・スフラウトの事だ」
青年の表情が更に険しい物に変わる。
「帰ってください。お話する事は何もありません」
「そういう訳にはいかない、ルイスさんに会わせてくれ。俺達はあんた達の協力者だ」
「協力者?」
「メリア王家正統後継者第一位、ルイス・スフラウト。私達は彼に会いに来たのです」
「あなた達、何者ですか?」
「今のメリア王家を潰そうとしている……テロリストさ」
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