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運命の前哨戦②

 レオンを先頭に静かな廊下を歩いて行くと案内された先は謁見室。あぁ、ここには何度か来た事がある。 『兄さま、ここはなんのお部屋?』 『父さまが仕事をされている部屋だから静かにしておいで』  思い出される記憶、手を引かれる子供、手を引いているのはまだ少年の姿の兄だ。思えばその頃はまだなんだかんだで平和だったと思う。母は出て行った後で構ってくれる人間は少なかったが、兄は時間を見つけては自分の元を訪れて、こうしてよく城の中を散歩していた。 『兄さま、兄さまはいずれ父さまの跡を継がれるのですよね、凄いですね。兄さまは王様です』 『お前は私が王になれると思うのかい?』 『兄さまはたくさん勉強もして頑張っているので、きっと格好いい王様になれると思います』  無邪気に笑っていたあの頃、兄は静かに微笑んだ。  何故今そんな事を思い出すのかとグノーは首を振った。あの頃の兄と自分を蹂躙して閉じ込めた彼は全くの別人なのではないかというくらい違っている。姿形は同じなのに、どうにもイメージが重ならない。 『グノーシスお前はいつもいい匂いがするね。これは何の匂いなんだろう。またお菓子でも食べた?』 『僕つまみ食いなんてしてないよ。それより兄さまだっていい匂いがしてる、これはなんの匂い?』  自分の言葉に彼は曖昧な笑みを浮かべ、さぁ何かなとグノーの頭を撫でた。  次から次へと思い出される記憶。見覚えのある風景だからこそ、それは実感を伴って思い出されてグノーの心を鬱々とさせた。  部屋に入ろうとした時、何かが足元へぶつかり、視線を向けたら小さな子供がこちらを睨んでいた。 「え? なに?」 「父さまに会いたいの、父さまに会わせて!」 「え? 父さま……?」 「姫さま! ここは駄目ですと言ったでしょう!」  慌てたように駆けてくる何人かの女達、幼女はその手を避けるように逃げ回る。その幼女は自分達の周りをぐるぐる回るように逃げるので、身動きが取れない。 「ファルスの姫が来てから、うちの姫さままで言う事を聞かなくなって……すみません、私も加勢してきます」  案内役はほとほと困ったという顔で幼女を追いかけるのだが、すばしこい子供はなかなか捕まらない。  うちの姫……考えて思い当たる、この幼い姫はレリックの娘か。 それ以外に考えられない、あの時の赤ん坊がもうこんなに大きくなっている。  それは城を飛び出した時の記憶。偶然見かけてしまった兄とその妻、そしてその腕の中でむずがる乳飲み子。まるで絵画から抜け出したような幸せそうな家族の風景だった。  それを傍から見ている自分が滑稽で悲しくて、なんで自分はこんな所にいるのかと、あそこで笑っている男は自分のなんなのかと思ったら、泣けて泣けて気付いたら闇雲に駆け出していた。 「い~や! 父さまに会うまで帰らない!!」 「王は姫にお会いになりません、お戻りください」 「なんで? なんで駄目なの? 姫はもうずいぶん父さまに会ってない! 姫は父さまに会いたいの!!」 「駄目なものは駄目なのです!」 「なんで? 姫は父さまに会いたいだけなのに!」  廊下の隅に追い詰められた幼女はついには捕まり泣き出してしまう。 「やっぱりあの人のせいなの?! セカンドが父さまを独り占めしてるんでしょ! 姫はあの人大嫌い!!」  元気な泣き声を響かせて幼い姫は連行されていく。 「元気なお姫さまですね」 「少し前まではそうでもなかったのですよ。大人しい控えめな姫だったのですが、ファルスの姫が現れてから変に影響を受けてしまって……」  「こちらです」と改めて案内役は部屋の扉を叩いた。部屋の中の家臣が顔を覗かせ、なにやら騒がしかったようだが、と首を傾げると案内係は事情を説明する。 「まったく困った姫だ。今の王に会ってもご自分が傷付くだけだろうに……」  うっかり口が滑ったようなその言葉、家臣は自分達三人の存在に気付くと姿勢を正した。 「サード・メリア様、王がお待ちです、こちらへ……」  案内係から家臣の者へと導き手が変わり室内へ通される。  室内はシンプルで広い大広間、幾人かの警備兵が脇を固めた部屋の奥は一段高くなっており、その奥の玉座に座った王は物憂げにこちらを眺めていた。  王はグノーやレオンと同じ赤毛の男だった。顔立ちは整っているが肉付きが悪く、物憂げな表情に瞳ばかりがぎらぎらしていて、なんとも近寄りがたいオーラを纏っていた。  三人は王の前に跪く。 「よく来たなサード。まさか来るとは思っておらなんだわ」 「お久しゅうございます、ファーストいえ、今はメリア王ですね兄上」 「そなたに兄と呼ばれたのはいつぶりだろうな、まぁ、そなたを弟だなどと思ったことは一度もないが」 「そうでしょうね……」  レオンは言葉を濁す。そもそも生まれる前に母と共に別宅へ移っている。時折式典などで呼び出されたりもした事はあるが、それも母がおかしくなってしまえば、用もないと捨て置かれた。 「そなた何やら妙な活動をしているそうだな」 「妙……という事もないと思うのですが。今この国は国王が全てを牛耳る政を行っています、それを少し人民に振り分けようという提案ですよ」 「それは私が決める事で、そなたが決める事ではないだろう」 「確かにその通りです。ですが、人民の不満の声があなたには聞こえませんか? あなたはその玉座に座ってメリア王国を眺めていますが、果たして人民の行く末まで見据えて行動をしているのでしょうか?」 「そなたはそれが見えているとでも?」 「少なくとも、同じような生活をして寄り添える程度には人民の事を理解しています」  王はレオンを見据える。 「ふん、戯言だな」 「国民は疲弊しております、王にはもっとやる事があるのではないのですか?」 「例えば?」 「食うに困る者に食事を与え、家の無い者には雨風をしのげる住居を、職の無い者には職を与え、親の無い子を保護し守る、やれる事はいくらでもあるはずです」 「興味はないな」  メリア王は一刀両断で切り捨てる。 「興味がある、ないの問題ではありません! それは王が王としてすべき職務なのではないのですか!」 「私は王になどなりたくはなかった。私の『運命』がそれを望みさえしなければ、私はこんな場所に座ってなどいなかった」  言葉に手が震えるのが分かる。グノーはそんな事を望んだ事など一度も無かった。勝手に暴走して父を追いやり玉座を奪ったのはファースト自身の意思であったのだろうに、彼はそんな物はいらないと吐き捨てる。 「あなたの運命というのはセカンドの事ですか? セカンドは本当にそれを望んでいるのですか?」 「当たり前だ、私はいつでもあの子の言いなり。あの子が望むのならこの世界だとてとってみせる」  背筋に悪寒が走った。一体この男は何を言っているのだ。自分はそんな事を一度だって言ったことはない、なのに何故…… 「ではセカンドがそれを望まないのであれば……」 「何を馬鹿なことを、そなたにあの子の何が分かる? あの子は私に言ったのだ、格好いい王様になって欲しいと。私はそれだけをずっと……あぁ、それなのに何故お前は今ここにいない!」  王は肘掛を拳で叩く。 「セカンドはそんな事を望んでなどいない」 「お前に何が分かる! 分かるはずがない! あの子は私の『運命』なのだから、他の誰にも分かるはずがない! 私だけがあの子を理解できる、私だけがあの子を幸せにできる。『運命』というのはそういうものだ!」 「では何故、セカンドはあなたから逃げ出したのですか?!」  メリア王は目を見開く。 「あの子は私から逃げたのではない、私にランティスをとらせる為にわざと彼の地に赴いたのだ。私には分かる、あの子は世界を望んでいる。ならば私はこの地すべてを統べてみせる」 「間違っている、そんな馬鹿なことある訳がない!」  王の瞳はらんらんと輝いて背筋が凍る。もう何を言っても無駄なのか……とレオンは息を吐いた。 「彼はそんな事を望んではいませんでしたよ」  静かな声が響く。王とレオンの視線がその声の主に注がれる。 それはただ淡々と語るクロードの声。

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