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運命に花束を④
数年の歳月が流れたある日、グノーはナダールの腕の中で暴れていた。
「もうホントこれなんなんだよ! 離せ! 降~ろ~せ~!!」
「嫌です、降ろしたらあなた逃げるでしょ!」
「分かってんなら、こういう事すんな! 馬鹿!!」
じたばたと暴れるグノーの衣装はどこか華やいでいる。
更紗の布を巻きつけたような服に、腰にはやはり更紗の帯で可愛らしい華の形に飾られていた。頭に被っている帽子のような物もやはり同じ更紗の共布で出来ていて、そこから長く垂れたベールの先には小さな鈴が幾つも付いて、軽やかな音を響かせていた。ナダールも似たような格好をしているのだが、その布はシンプルな物でグノー程の華やかさはない。
「お祭り衣装だって言うから着たのに、これ絶対なんか違うだろ!しかもこれ絶対女物だろ!!」
「コレはね、花嫁衣裳です」
ナダールはグノーを担いだまましれっとそう言った。
「は? 花嫁? え? ちょ……え?」
「私を花嫁に逃げられた間抜けな花婿にしたくなければ、大人しくしててください」
「なっ、なっ……そんなの知るかぁぁぁ!」
叫ぶグノーに、笑うナダール。いつしか傍近くで小さな子供が二人手を繋いでこちらを見上げていた。一人はグノーに似た赤毛の女の子、もう一人は金色の髪の男の子だ。
「ママ、凄い! 綺麗! ルイにもっとよく見せて」
「そうでしょう、ママは世界一綺麗ですからね」
キラキラした瞳に見詰められてグノーは暴れるのをやめた、なんかもう八方塞がりだ。
今日は村のお祭りで、祭りの衣装があるから着てみないかと近所の友人に誘われたのは今朝の事だった。そしてあれよあれよと衣装を着せられ、何かおかしいと思った時にはナダールに担ぎ上げられており、今に到る。
「今日はパパとママの結婚披露宴です。ルイとユリも出席するのですよ」
「けっこん? ひろーえん?」
小さな男の子はよく分からないのだろう首を傾げるが、そのうちへにゃりと笑って「ひろーえん、ひろーえん」と飛び回り始めた。
「ママ綺麗だから、ルイお花摘んでくる。ユリも行こ」
「ユリ、行く~」
子供二人は楽しそうにその辺の花を摘み始め花束を作り始める。
そんな二人を目を細めて見やるナダールは本当に幸せそうだ。
「なぁ、もう逃げないから、降ろして」
「本当に?」
向けられる笑顔は楽しそうで、仕方がないと観念した。
「逃げないから、これ、凄く恥ずかしい」
担ぎ上げられる花嫁は村人達の注目の的だ。どうにもこうにも恥ずかしすぎる。グノーは両足で地面の上に立つ。
グノーの片足は義足だったが、自身のからくりの知識を総動員して自作したその義足は思いのほか出来が良くて、隠してしまえば何の違和感もなく過す事ができた。
もう逃げないと言っているのに、ナダールはグノーの手を離そうとはせず、にこにこと子供二人を見守っている。
長女がルイ、二番目にできた子は男の子でユリウスと言う。
「二人ともそろそろ行きますよぉ」
声をかけると二人の小さな子供は駆けてくる。両腕にたくさんの花を抱えて。
「ママ、あげる」
「ユリも、ユリも」
子供の笑顔は眩しくて笑みが零れた。
「あはは、こんなにたくさん持ちきれるかなぁ……」
ただ摘んだだけの、その辺に咲く名も知らないような花々だ。
それでもそれが嬉しくて二人の頭を撫でると、子供は嬉しそうに微笑んだ。
「早く行こう、ママ凄くいい匂いするし、この音、綺麗ね」
ベールに付いた鈴の音がしゃらしゃらと軽やかな音を奏でる。
「いいな、いいな」と子供達は二人の周りを駆け回り、両腕には抱えきれないほどの花束を抱えて、グノーは笑う。
「約束、絶対叶えますからね」
一生一緒に二人で幸せになる、それは何度も繰り返し交わされ続けている破られる事のない約束。ナダールがグノーの頬に口付けると、彼は真っ赤になりながらも小さく頷いた。
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