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息子さんを僕にください
──拝啓、家族のみんな。最近暑くなってきたけどみんな元気?俺はヤクザに拉致られてるよ。
水族館から小一時間、そしてそれからどこかの山を登って数十分。叫ぶのも疲れた俺は大人しく窓からの景色を眺めていた。と言っても延々と木々が続くだけ。
それを見るのにも疲れてきた所で不自然な程どデカい日本風の門が見えてきた。門のすぐ後ろはやっぱり森でどんな建物があるかは全く見えない。まぁ奥には寝殿造みたいでこれまたどデカい建物があって和室には掛け軸をバックに迫力が凄いおじい様が鎮座しているんだろうけど…。
車が門の近くまで進むと門はひとりでに開き、車を迎え入れる。そのまま5分ほど道を進むと建物が見えてきた。やっぱり予想通りの大きい和風のTheヤクザって感じの建物。ここまで来たらもう逃げられない。もうなるようになるさ、と自分に言い聞かせるしかない。
「着きましたね」
「降りなきゃダメですか…?」
「降りる一択です」
デスヨネ〜。車が建物横の駐車場に止まると運転手さんがすぐ降りて後部座席を開けてくれる。凛堂さんが先に降りて少し礼をしながら俺に手を差し出す。車高そんな高くないけどなぁ、と思いながら一応その手を取りながら車から降りるとどこからか『お帰りなさいませ』と聞こえる。
声が聞こえたのは玄関の方。そして玄関の前には数十人のスーツの集団が両脇にズラっと並んでいた。こ、これは、ヤクザのお出迎えver.黒川会的なやつ????俺のイメージでは柄シャツの強面お兄さん達が『お帰りなさいませェ!!!!』って叫びながら礼をするって感じだったのに。
柄シャツのお兄さんじゃなくて良かったけどスーツがここまで並んでいると少し不気味で思わず足が止まる。
「……」
「下がっていい」
凛堂さんが静かに言うとスーツの集団はさっきより横に捌けてくれた。その真ん中の道を早足で凛堂さんの後ろをついて行く。玄関に入るとそこにも二人スーツの人が立っていて凛堂さんを見た後、俺を見て一礼した。
「会長は」
「東の間です」
東の間…?なら西の間もあるのかな?
その東の間って所に掛け軸と日本刀をバックに着物の迫力あるおじい様がいるんだ…。両手をグーにして長い長い廊下を歩く。何回角を曲がったか分からなくなってきた所で凛堂さんはピタリと止まった。そして襖に向かって頭を下げる。俺もそれに習って頭を下げた。
「会長、凛堂です。失礼します」
そう言うと襖を開けた凛堂さん。えっ、中から『どうぞ』とか言われなくて開けていいの?と思ったが後の祭り。
中には着物のおじい様…じゃなくて…着物風の洋服?を着た若い男の人が畳に置かれたソファに座り、足を組みながら本を読んでいた。ド迫力のおじい様が頭の中からひゅーんと飛んでいく。
「ん?凛堂だったんだ。久しぶりだね」
その人は本を閉じてゆっくり顔を上げた。
その顔は黒川さんに良く似ていて思わずガン見してしまう。
「っえ…、」
「君が金条 華くんかぁ…これはまた廉も良くやるねぇ」
そう言って俺を上から下まで眺める会長さんは黒川さんにしか見えない。黒川さんが少し歳をとった感じ。黒川DNA強い…!!黒川さんと同じ黒髪には白髪が少し混じってるけど、しわはない。若いなぁ何歳なんだろう。でも纏うオーラが重い。さすが会長って感じの貫禄がある。
「きっ、き金条 華と申します!!」
「こんばんは。そんなに緊張しないで。少しむさ苦しいね、下がれ。華くん、そこにお座り。」
会長さんは部屋にいた数人のスーツさんを部屋から追い出して俺を対に置かれたソファに座るように促す。
ぺこりと小さくお辞儀をして腰を下ろす。革製のそれはふわっふわで俺の重さでどこまでも沈んでいきそうだった。
凛堂さんは?と思ったが凛堂さんはソファの後ろに立ったまま背筋を伸ばしているだけ。
「凛堂、お前もだ。話が済んだら呼ぶ。」
「っぇ、凛堂さん、」
凛堂さんは何も言わずに、スっとお辞儀をすると静かに襖を閉めて出て行った。室内に会長さんと俺の二人きりになり、途端に心臓が激しく鳴り出す。
うそうそ無理無理無理〜凛堂さん〜!唯一信用できる人だったのに…と凛堂さんが出て行った襖をじっと見つめると会長さんはフフっと笑いながら俺に言う。
「華くん、出会って数時間の他人をすぐ信用しない。これからは廉以外の男は信用しないんだよ?わかったね?」
「…はい」
親や教師に言われるのとはまた違う緊張感と重みに背筋が今までに無いくらい伸びた。
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