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会長さんは眉を下げて困ったように笑う。 「すまないね。ゴツい男共がスーツで怖いだろう?でも僕は下品なヤクザが嫌いでね」 「やっ、あの、もっとオラオラしてるかと思っ、…たので、スーツで安心?しました…っ」 バクバク鳴る心臓がうるさい。喋ってるだけで口から心臓が飛び出そう。膝の上で握った拳にじんわり汗が滲んだ気がする。 こんなに緊張したのは初めてだ。会長さんの口調は暖かくて優しい。だけど一瞬も気を抜かずに俺を品定めしてるのが分かる。それくらいあからさまな視線で正直良い気はしない。でも黒川さんのお父さんだし、俺は黒川さんの番で恋人だから受けて立たないと、と腹に力を入れて視線を受け止める。 「ここに来るのはとても勇気のいる事だ。正直来たくなかっただろう?」 「…はい、少し」 会長さんはふっと笑いながら小首を傾げ聞いてきた。黒川さんと同じサラサラの黒髪が揺れる。 離れて数時間なのに、あぁ黒川さんに早く会いたいな、と思った。 「なのに来てくれてありがとう。そして申し訳ない。息子が後先考えず君をこっちの世界に引き摺り込んでしまった。許される事ではない。」 「…全然、大丈夫、デス。」 「覚悟は出来てる?」 その問いはずっしり重く俺の心にのしかかってくる。 黒川さんと番になった事。そしてそれで裏社会と繋がってしまった事。つまり、俺はこれから今までのようにのうのうと生きていられない。いつでも命を狙われる危険がある。そして黒川会の最大の弱点になる…って事かな…? だって何かの取引で俺を拉致って人質にすれば黒川さんをおびき出せるしどんな条件でも突きつけられる。 俺は黒川さんの番だから。黒川さんは俺を連れ戻そうとするから。絶対に。なぜかそんな確信があった。 こんな時に頭の回転が速いのが憎い。もし俺が頭が悪くて回転も鈍かったら黒川さんが好きって気持ちだけで日々楽しく生活できたんだろう。 「正直まだ…」 「そうか…。そうだろうね。でももう覚悟しろ。それしか道はない。キミは綺麗な世界に戻れない。」 絞り出した声は酷く掠れていた。手も震えている。淀んだ瞳が再び俺を捉えた。怖い。それだけが頭の中を支配する。黒川さんと同じ黒目なのに、何故こんなにも違うように感じるのか。やっぱりこの人は黒川さんのお父さんだけど、ヤクザの頭でもあるんだ。 自分を落ち着かせる為にちょっと失礼だけど、すーはーと 深呼吸をする。 「…はい。でも黒川さ、あっ、廉さんが僕を選んでくださったので、あの…頑張りますっ…」 「…そうか…」 会長さんは『本物の笑顔』で微笑んでくれた。 これならいけそう…これだけは伝えておかないと…!! 俺はソファから立ち上がる。次に膝に頭がつきそうなくらい礼をする。そして持っている勇気全てを振り絞って半ば叫ぶように言った。 「っあ、あのっ!息子さんを僕にください!!!」 「…は……?」 「お願いします…!!!」 「……っ…………っ……、っ…」 不自然な間に不安になり、そっ…と顔を上げると会長さんは腹を抱えながらぱぁっと笑顔になっていた。 体が小刻みに揺れているしどうやら声も出ないくらい面白かったらしい。襖の向こうからも『ッグ、』っと笑い声を堪えるような音が聞こえる。 「……」 「…ふぅ。久しぶりに大笑いしたよ。ありがとう。」 「…」 「ハハハ、怒らないで、はぁ…うん。」 会長さんはひとしきり笑ったあと深呼吸して真面目な顔に戻って俺を見据えた。

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