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いくらか震えが治まり薄く目を開くと、やっぱり先生はまだ俺を見ていて蛇のような視線に身動きが取れなくなる。
なんで、なんで俺なんだ。
なんでなんでなんでなんで、なんで俺?
行き場のない疑問は俺の中で渦巻く。
みんなと一緒に体育の授業を受けていただけなのに。
いつから『そういう目』で見られていたんだろう。
俺の顔、体、声、そして《第二の性》。
これの『おかげ』で黒川さんと出会えて、恋をした。
これの『せい』で一生忘れられない傷を負う。
色んな理由を考えても結局行き着くのは『俺が悪い』、それだけ。
考え出したら止まらなくて俯いた視界がぐるぐる回る。
「おい」
低く冷たい声が倉庫に響いた。
初めて会う人がこの声を聞いたらきっと怖すぎて震え上がるだろう。でも俺は大好き。どんな声でも。
この声も好きだけど、もっと好きな声はちょっと低めで優しくて、きっと俺にしか聞くことができない甘い声。
その声を脳内再生してやっと震えが治まった。
夏だっていうの今日もスーツをばっちり着こなした黒川さんが長い脚を使い、先生に向かってゆっくり歩いていく。
一歩、また一歩。
歩いているだけなのに俺まで命の危険を感じるくらい謎の迫力がある。
「誰が喋っていいって言った」
たっぷり時間をかけて先生の前まで歩いた黒川さんが立ち止まる。
少し体を折って先生の顔を覗き込んだ黒川さんは鼻で笑った。
そんな黒川さんを見て先生は眉をつり上げる。
「へぇ、顔は悪くねぇな」
「お前っ、誰だ!ここはどこだよ!学校に返せ!」
「煩い」
黒川さんがおもむろに振りかぶった右腕。
拳はヒュッと空を切って先生の左頬にめり込む。
「ッ・・・ッ」
声にならない呻き声を漏らしながらバランスを崩した先生。
その腹に続けざまに膝蹴りを食らわせた黒川さんの瞳はやっぱり真っ黒で、俺の知ってる黒川さんがどこかに行ってしまいそうで怖かった。
「ゲホッ、…」
「大丈夫ですか!!」
身体を折りたたんで床に転がる先生とそれを仁王立ちして見下ろす黒川さんを見て、考えるより先に体が動く。
「華」
黒川さんの咎める声が聞こえるけど、俺には怪我をした箇所しか目に入らない。
「大丈夫ですか黒川さん絶対痛いですよね」
「は?」
あんなに力いっぱい殴って痛くないわけが無い。
俺は人を殴ったことはないけどきっと骨が砕けそうなほど痛いはずだ。
急いで駆け寄って、傷に触れないように右手をそっと握る。
すると俺の突然の行動に黒川さんはニヤニヤ、白林さんと早野さんは驚き、琉唯くんは白けた目をしている。
三者三様の反応をする人が一室にいるんだから中々カオスだ。
・・・あれ、なんかヤバかったかな?
勢いで飛び出してきたのに後悔して少し後ずさりすると思いっきり二の腕を掴まれて動きが止まる。
「そいつは下に流しとけ」
「了解」
「手当ては金条くんのそれで十分ですね、では!」
黒川さんの一声で白林さんは伸びている先生を引き摺って倉庫を出ていき、早野さんは良かった良かった〜と言いながらその後ろをついて行った。
「月曜は学校来いよ。若、失礼します」
「助かった」
琉唯くんはそう言い頭を下げて出ていく。
月曜は学校来いよってどういう事だろう。
俺は昨日まで無遅刻無欠席だったから簡単に休むなんてことはしないのに。
この時、首を傾げた俺を眺める黒川さんが俺の二度目の欠席の原因になるとは微塵も思っていなかった。
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