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お隣さん

次の日の朝、俺は気遣いの欠片もないインターホンの音で目覚めた。 「、っあ゛ぁぁ何?!うるさ!!」 時刻は8時前、寝起きの体を起こし、眠たい目を擦りながらモニター画面を見る。 そこに映っていたのは早朝だというのにやたら元気そうな蘭さん。 手まで振っちゃって…なんでそんな元気なんだよ…。 ヤクザを待たせる訳にはいかないので、当たり前だけど寝癖を直す暇もなく玄関ドアを開ける。 「おはようございます何ですかこんな朝早くに」 「いやー、俺お隣さんになったから挨拶に来た」 …お隣さん。お隣さんって、席が隣とか家が隣とかそういうお隣さん? 言葉の意味を頭の中で改めて考えていると、マンションの廊下から『蘭さん!次はベッド行きますよ!』と岩下さんの威勢の良い声が聞こえる。 また岩下さん引越しの手伝いしてるんだ…まぁ昨日は俺のだけど。 「っていうのは建前で、引越し手伝って。因みに強制ね」 「え゛」 ニっと笑った蘭さんは靴を脱ぎ、『まず寝癖なおそ〜』と言いながら俺の背を洗面所へぐいぐい押して歩く。 それより蘭さんが何故急にお隣さんになるのか気になる。 「ちょっと髪の毛遊ばせてみれば?」 「俺ストレートでどうしてもうまくいかなくて」 「ふーん…ちょっと失礼」 後ろから俺の髪をちょいちょいと触り、買うだけ買って使っていなかったワックスをつけていく。 みるみるうちに変わっていく髪型。何でお隣さんになるのか聞きたかったのに驚きで疑問を忘れた俺は思わずぱちぱち瞬きを繰り返した。 「うわぁ…すごいです蘭さん!」 「無理に形作ろうとしないで元を活かしてみな」 くすっと笑った蘭さんはあっという間に俺の髪をアレンジしていった。 わざわざアイロンしなくてもこんなに変わるなんて…。 「俺天才かも〜可愛くなったじゃ〜ん」 「ありがとうございます…って何ですかこの手」 不意に後ろから俺の腰に回された両腕を叩き落とす。 蘭さんは不服そうな顔をしているけど許す訳にはいかない。黒川さんにいじわるしてるみたいで心臓がチクチクした。 蘭さんは蘭さん。黒川さんは黒川さん。そうだ、今話しているのは蘭さんなんだから、しっかりしないと。 「ふぅ…」 冷や汗をかきながら一足先に玄関へ向かう。危なかった、顔が黒川さんだからさ〜!しかも鏡越しの顔なんて本当にソックリで…。 「ちょっとちょっと塩対応やめて」 「二度と触んな、いでください」 「おい今『触んな』って言おうとしただろ!てか二度と?!」 喚き凝りもせず次は肩を組もうとしてくる蘭さんを交わしながら、岩下さんが出入りしている隣の蘭さん宅に入る。 「今日は引越し手伝いなのでスキンシップは必要無いです、はい引越し始めますよ」 「可愛くねぇな〜」 「黒川さんには可愛いので」 「ウッッワ可愛くねぇ〜!一応俺も黒川さんだからな!」 初めて出会った時の優しさは何処へやら、まるで俺より年下のような態度で接してくる蘭さん。俺もついつい対応が雑になってしまう。 でもヤクザオーラ全開で来られると怖いからこっちの方がいいかも…と思った俺だった。

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