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「…ん?」 微かに聞こえる物音から、ゆっくりと意識が覚醒していく。 目を開けて一番に目に入ったクリーム色の天井は知らない天井だった。 カタカタと子気味よく響くタイピングの音がする方を見ると、部屋の一角にある机で誰かがパソコン操作をしている。こちらに背中を向けているから誰かわからない。 「ん?…起きた?おはよう」 そう言って振り向いた男の人は、大好きな人じゃなかった。 そうだ。廉さんは派手な柄シャツなんか着ないじゃないか。 「…蘭さん」 「気分はどう?四日くらい寝たり起きたりしてたよ」 知らないベッドでアホ面のまま固まる俺。 いつもより数倍ラフな雰囲気の蘭さん。ゆっくり近付いてきて、水の入ったコップを渡してくれる左手からは今日も赤い糸が伸びていた。 室内でもキラキラ輝いているそれから目を逸らす。 「…そうですか。四日も…」 布が肌に擦れるだけで快感を拾っていた体も、四日寝たお陰か大分楽になっている。ただ熱っぽいだけ。 寝ている間、幸せな夢を見た。 イベント事に興味のない俺がバレンタインに手作りチョコを作って廉さんにプレゼントしたら喜んでくれた、そんな幸せな夢。でも現実は甘くない。 「あの…な、なんで…?」 それだけで俺が聞きたい事は伝わったようだ。 なんで俺はここにいるの?黒川さんは? 蘭さんは神妙な顔つきでベッドに腰掛け話し始める。 「…廉は総会…。ごめん、全部俺のせいなんだよ」 俺に頭を下げて、そのままどんどん項垂れていく姿は、いつもの自信満々な蘭さんじゃない。叱られた後の大型犬みたい。 「話は遡るんだけど、俺と廉さ、双子だけど一応俺が兄だから結婚するはずだったの俺なんだ」 確かにそうだ…。 黒川さんに婚約者がいたショックで深く考えた事は無かったけど、大体家を継ぐ?のは長男が一般的だよな。 「親父も、周りの組織も…怖くて、逃げた。全部、廉に押し付けて。 だから、せめてもの罪滅ぼしで中国のヤツらとこっちの有利になるような取引して戻ってこようと思ったんだ」 そうですか、大変ですね、なんて言えないくらい現実味が無くスケールの大きい話だ。まるでアウトロー映画のよう。俺は中途半端に相槌を打ちながら頷く事しかできない。 「…そしたら、廉が…しかも原因が強いストレスも関係があるって。俺が重圧を廉に丸投げした。今までの俺の行いのせいなんだよ。それに親父がさ…」 俺を気遣うように向けられた視線。 それと同時に俺を憐れむ様な意味も込められた視線に嫌な予感がした。 次の瞬間、息が止まりそうになる。 「優斗から聞いたんだけど…絶対子供は作るなって廉に言ってたみたいでさ。それが一番ストレスだったみたい。」 衝撃を受けた時、頭を鈍器で殴られた様な感覚ってよく比喩するけど冗談抜きでそう感じた。 「……な、…」 ぐわんと頭の中が揺れて心臓も不規則なリズムを刻む。 「廉はちゃんと抗議してたみたいだから、変に勘違いすんなよ?」 蘭さんが俺の顔を覗き込みながら何か言うが、混乱した頭では何を言われても理解できない。寝起きなのに一気に指先が冷たくなっていく。 正臣さん、そんなに俺が邪魔だったんだ。 プレゼントいっぱいくれるから少しは気に入られてると思ってたのに。全部嘘だったんだ。本当は今も同じマンションに住むストーカーみたいな真似してるのもやめて欲しいと思ってるのかな。 黒川さんとの子供が欲しいとか本人に言った事はないけど、できる事なら欲しいと頭の片隅で思っていた。誰だってそう思うだろう。 俺が成人したら、本格的に結婚したら、自分で稼げるようになったら、仕事に慣れて落ち着いたら、とかタイミングはいくらでもある。 そのうちのどれかで相談してみようかな、なんて密かに考えていたのが、正臣さんの一言で夢のまた夢になってしまった。 俺たちは子供をつくる事すら許されない。

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