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a pair of fate 最終話
微かな物音と、射し込む陽の光で意識が覚醒していく。
寝起きでぼやけた視界に映るのは、寝室のドア近くに佇む、なぜかスーツ姿の廉さん。ぼやけててもかっこいい。
瞬きを繰り返し、なんとかピントを合わせる。
「…ん、……ん?お仕事…?」
しばらく一緒に居られると思ったのに。
嫌だなぁと思いながら、むくりと半身を起こし右手を伸ばすと、当たり前の様に絡まる手。
しかし、微かに震え、いつもより少し冷たい指先を違和感を覚える。
「廉さん?」
「おはよう、仕事じゃないよ」
心做しか表情も固い気がする。
そんな些細な違和感を確かめる暇もなく、廉さんが口を開いた。
「華、今から俺が言う事に一回頷いてくれるだけでいい」
「えっ…、…」
なになに、まさか、もしかして。
休みなのに、こんな昼間からしっかりスーツを着込んで綺麗にセットした髪は、何のためか。
薄ら予想がつくが、まだ確信が持てない。
緊張と期待、自然と鼓動が速くなり、息苦しい。
「それだけで俺は世界一幸せになれる、だから お願いだ」
スっと片膝を折った廉さん。
待たせてごめん、と言い、ジャケットのポケットから出てくる小さな黒い箱。
パカリと開いたそこには、クッションに埋もれた、控えめで上品に光り輝くリングがある。
「俺と、結婚してください」
少し緊張した声色で発せられた台詞は、空白の四年間が無かった事にしても良いと思うくらいに温かかった。
「───っ 」
ぎゅっと喉奥が締まり、涙が溢れる。
返事をしなければならないのに、嗚咽が止まらず声も出せない。
俯き、うんうんと何度も上下に頭を振る。
ぼたぼた落ちる温かい涙は、シーツの色を次々と濃くしていく。
両手で拭っても拭っても溢れてきて止まらない。
目を擦る合間に見えた廉さんの顔は、それはそれは綺麗に微笑んでいて。
「っ廉さん!」
思わずベッドから身を乗り出し、その腕に飛び込む。
難なく受け止められ、俺の両頬を大きな手が包んだ。
「幸せにしてくれて、ありがとう」
「っこちらこそ…っ、ありがとうございます…」
廉さんの膝の上、込み上げる涙をそのままに思いを吐露する。
「……お、俺、…」
ひっく、としゃくり上げる俺の言葉を急かさずに待ってくれる廉さん。深呼吸をして、口を開く。
「俺もプロポーズしたかった!俺が、廉さんを幸せに、っ……俺ばかりいつも貰ってばかりで、」
人を好きになるということ、他人を愛すということ、人との繋がりの大切さ、かけがえの無い毎日。数え切れないその他諸々、全て廉さんから教えて貰った。
対して俺は?俺は、廉さんに何か与える事はできた?
緩く首を横に振る廉さんに、口を閉じる。
「気持ちは分かるけど、俺もちゃんと華から色々貰ってるよ」
ほら、と廉さんがかざす左手の薬指には、先程見た指輪と同じデザインの物が嵌っている。
「左手、貸して」
震える俺の左手を握るのは、同じく震える廉さんの手。
ぶるぶるしている指先で摘まれている指輪が、ゆっくりと俺の左手薬指に通された。
「格好つかないな」
照れたように、へなっと下がる眉尻が愛しい。
こんな顔、きっと俺以外には見せないだろう。
「一生傍にいる、愛してるよ」
繋がれた左手に光るシルバーの指輪と、陽の光を受けて煌めく少し潤んだ黒い瞳。
あぁ、いつか走馬灯を見る時が来るなら、この光景が最後がいい。
「糸、見えます?ちゃんと俺と繋がってる?」
「あぁ、しっかり」
「良かった。これからも、ずっとよろしくお願いします」
慈しむように触れた唇。
二人きりの部屋で、俺と廉さんはやっと本当の意味で永遠を誓い合う事ができたのであった。
a pair of fate ― おしまい
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