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巣作り
ぼんやりとした意識の中で甘い香りに起床を促された。今は何時だ?暖かいベッドの中でまだまだ眠気の残る目を擦る。そばに腰掛けている香りの発生源は言わずもがな己の番、出勤用のスーツに身を包んだ廉さんだ。微熱のだるさに苦しみながら眠りについた昨日。今日は怠さは幾分か減ったがまた別の熱、……ヒートを予感させる熱が身体の奥で燻っているのを感じた。
「つらかったら電話してこい、すぐ帰ってくるから」
指先で目にかかる髪を避けられる。その左手には俺とお揃いのリングが今日も輝いていた。その手を握りたいのを堪え下唇を噛む。ヒートの辛さを耐えるものだと勘違いしたらしい廉さんは、窘めるように親指で唇をもにもに弄んできた。
「そんな顔すんなよ。あー、行くのやめようかな、一日くらいいいよな」
「……仕事も大事だから行ってください。凛堂さんに叱られますよ」
可愛くないなぁと自分で思った。可愛くなりたい訳では無いがこういう時に素直になれる人は強いだろう。記憶を取り戻してから更に過保護になったような廉さんは、俺が一通 連絡すると出社直後でも帰宅しそうな勢いがある。寂しさを誤魔化すように視線を窓際へ移した。一分一秒でも早く帰ってきて欲しいのがバレバレだが、そんな態度に口もとを緩めた廉さんはベッドから立ち上がる。ベッドのスプリングに揺られながら見上げた廉さんは下から見てもかっこよくてちょっと悔しい。
「18時頃には切り上げて帰ってくる。明日からは一週間休み取ってるから」
はい、と返事をする頃にはお腹の奥がじくじくし始めていた。
休み前倒ししてくださいよ、なんて言えるわけないし言うつもりもないが、心の中で言う分には自由だ。今日の夕方まで耐えたら一週間ずっと一緒。嬉しい。瞬きしたら夕方になってないかななんて馬鹿げた事を考えてしまうくらい離れ難い。
「巣、楽しみにしてる」
「作ろうとして作るものじゃないです」
呆れた顔の俺を見て廉さんの口角が少し下がる。余程巣作りをしたのを覚えていないのが悔しいらしい。廉さんの記憶は数年間すっぽり抜けているので時折こういうことがある。特に蘭さんと仲良くなっていた事は廉さんの中でかなり許せないランキング上位にあるらしく、彼が再び日本から去った今でもネチネチ言われる事が多々ある。そういう時は一回キスすると静かになるのだが、味をしめた廉さんが自ら蘭さんの話を振ってくる事もあり最近は正直俺からのキス目当てでは?と疑っている所だ。そんな自惚れた考えが浮かぶくらい、俺からキスした時の廉さんは嬉しそうな顔をする。
「薬もちゃんと飲めよ、絶対だからな」
「はい、遅れますよ」
寝室のドアが閉まる直前に顔を覗かせて、絶対飲めよ!と念を押してきた廉さんを安心させるように数回頷く。サイドテーブルに置かれた水と錠剤に目をやり、すぐに布団に潜り込んだ。ふん、薬なんか飲まない。前科があるので錠剤はきっちり昼の一回分(二錠)しかこの家にはない。残りは全て廉さんが所持している。廉さんには頷いたけど、前回のヒートで大量の抑制剤を飲もうとして怒鳴られたのは結構効いた。あんなに怒るなんて思わなかったから、あれからなんとなく抑制剤を飲むのが怖い。ヒートが始まってしまえば、発情期の重さ次第で飲んでも飲まなくても変わらないから今回は飲まなくていいだろ。飲んでもしヒートが治まってしまったら、エッチできないし。好きなら触りたいし触られたいのは当たり前じゃん。普段は素直になれない自分に定期的に訪れるまたとないチャンスを逃す訳にはいかない。もし、無いと思うけど俺があまり好意を表に出さないからお前もういいわと別れる事になったら最悪だ。あ、やばい、泣きそう。いとも簡単に滲んだ視界に笑いが出そう。
「ああは言ったけど……よいしょ」
気を取り直して。巣か。作ろうとして作るものではない等と言ったが、やはり番の喜ぶ顔は見たい。見送ってから数分後、ベッドから抜け出し広過ぎるウォークインクローゼットの扉をしっかり閉め、泥棒よろしく忍び足で私物の物色を始める。いつも思うがこんなに広くなくてもいいはずだ。大家族じゃあるまいし。帰宅して一番に向かうのはここ、その時点で衣服が減っているのに気付かれると巣作りしてますよと自己申告しているようなものだ。まだ完全にヒートが始まっていない状態の理性を保っている今は、それが中々に恥ずかしい。なのでバレない程度に何着か拝借しようという作戦だ。バレるか?いや、これくらいなら大丈夫か。ぶつぶつひとりで自問自答。最初に目をつけたのはネクタイ。高頻度で使用する割に洗濯回数は多くない。しかも首周りに着ける物だから香りが強いのだ。アルファもオメガも、フェロモンを一番放出するのは体温の高い首元。手触りの良いシルクのネクタイは、時折使用しているのを見るあたり廉さんお気に入りで、よく分からない柄をしているがきっとお洒落なのだろう。それをそっと両手に乗せながら軽く鼻先に当て匂いを嗅いでみる。ふわりと香るチョコブラウニーのようなフェロモンはいつだって俺をいい気分にさせてくれる。ああ、早く会いたい。じわりと首元が熱くなった気がして恥ずかしい。少し息が上がってきた。意識がはっきりしているうちに素材集めをしておきたい。
「……スーツは怒られるかな、さすがに駄目かな、……」
次に目をつけたのはスーツ。しかし使うと皺になって大変な事になりそうなのは想像に難くない。同じのやデザイン違いを何着も持っているから、きっと大丈夫だって言ってくれるだろうけど遠慮はする。
あと匂いが強いものは肌着や下着……でもそういうの廉さん嫌がるかな?逆だったら絶対に嫌だ。止めておこう。そこでピコンと閃いた。部屋着、部屋着だ。今朝脱いだやつがまだあるはず!てか昨日洗濯したっけ?昨日は熱があったからさっさと寝ろってベッドに転がされて、廉さんもそのまま隣で寝落ちしてたし洗濯はしていないはず。ということは!もしかして昨日一日着ていたワイシャツなどもあるのでは?善は急げ。静まり返る廊下にぺたぺたと足音を響かせ、いそいそと脱衣所のドラム式洗濯機を覗き込む。お目当てのものは洗濯される事なく洗濯機の中で俺の迎えを待っていた。鷲掴みで取り出し遠慮なく鼻にあて匂いを嗅ぐ。
「わ……これ、やばいかも……いいにおい」
地肌に触れるからだろうか、さっきのネクタイより匂いも強くて良い素材になりそうだ。途端に疼きが湧き上がってきて脚の力が抜けた。体臭で興奮するなんて馬鹿みたい。集めた服を抱え、洗濯機にぶつかりながらその場にうずくまる。きゅうきゅう後孔が収縮して下着もあっという間にべたべたになっておしりの辺りが冷たい。前も窮屈で、一旦早く出してしまいたい。左手に持ったワイシャツを顔に当てて、力の入らない右手は自分の下着の中に突っ込む。
自慰なんて滅多にしない。多分自分で触るより廉さんに触られる方が多いんじゃないか?エッチな事をする時にどうしても我慢できなくて自分で前を触ろうとすると、俺でさえそこに触るのは許さないとでも言うように軽く手を叩かれる事もある。でも今は違う。好きなだけ触れるんだ。すでにダラダラ汁を溢す竿を握り、拙く上下に動かすと粘着質な音が脱衣所に響き、頭に靄がかかったようにぼんやりしてくる。廉さん、廉さん、廉さん、廉さん。ああ気持ちいい。仕事なんてどうでもいいじゃん、今日だってどうせ組じゃない方の仕事なのに。いや仕事はどうでもよくないけど、それにしてもこんなに広い家に俺だけ置いて行くなんて酷いだろ。本当は本物が近くにいるのが一番良いけど、衣類も衣類で好き勝手できるから悪くない。誰も居ないのをいい事に脚を大きく広げて自慰に耽る。指を後ろに突っ込むまでそう時間は掛からなかった。
早く帰ってきて、帰ってきたら、いっぱいキスしたいし綺麗な顔に触りたい。廉さんって、シュっとしてるのに頬っぺたは柔らかくて可愛いんだ。一緒にお風呂に入ってセットした髪も俺だけしか見れない状態にして、その後は完成した巣で一週間過ごすんだ。今回はどんな風に抱いてくれるのかな、この間みたいに噛まれたの痛かったけどちょっと気持ち良かったしまた噛まれたい。いつも優しく丁寧にセックスしてくれるけど、乱暴に揺さぶられるの割と好きだった。奥もごりごりってえぐられて、快楽でキツいくらいだったな。あれもう一回されたい……本当はあんなふうにガツガツ突くの好きだったのかな?帰ってきたら訊いてみよう。なんて考えていると一回目の高みが見えた。と、思ったらすぐに絶頂で頭が真っ白になった。全力疾走した後みたいに息が上がる。頬がひんやりした洗濯機に当たり、途端に冷静になった。
「……クソっ、パンツも使ってやる!」
前言撤回。謎の賢者タイムに襲われ、洗濯機の中に残していた廉さんの下着類も鷲掴みで回収。クローゼットと洗濯機から集めた素材を抱えリビングに戻り、これまた無駄に大きい革張りのL字ソファに置いた。
今回はここにしよう。ベッドはさっきまで俺がいたから廉さんの匂いは薄まってるし、こっちの方が明るくて巣も見やすいだろう。……と思ったが廉さんはどっちの方がいいかな?電話して訊いて、いや仕事中だから止めておこう。廉さんが仕事から疲れて帰ってきてベッドに作ってたらそのまま寝て貰えるし、ソファだったらふたりでゆっくりのんびり寛げるし迷うな。うぅんと熟考するが答えは出ない。あーあ、早く会いたい。なんで仕事なんだよ。巣ってふたりで作るもんじゃねーの?ネットで見たよ俺。ふと思い出したのは先日ショート動画で見た内容。世の中の番は協力して巣を作る事もあるらしい。まあ100組の番がいたら100通りの巣作りがあるんだから、俺らはそうじゃないってだけだけど憧れはする。
急にいらいらして地団駄を踏みたくなり、ぎりりと奥歯を噛み締めた所で我に返る。
「……何考えてんだ俺」
情緒不安定にも程があるだろ。今回のヒート重いのかな。今日は外せない仕事があるって前から聞いてたし、普段一人で留守番する事もあるし別に放っておかれてる訳でもない。外出時には琉唯くんが着いてくるし、こっそり出掛けようものなら退勤した廉さんから『映画、面白かった?佐伯は一緒じゃなかったんだな』と訊かれ実は組の人に尾行されていた事が発覚!なんてこともある。なんならそこら辺のオメガよりめちゃくちゃ過保護に囲われている方だ。プライベートを丸裸にされても嫌な気はしないし大切にされてるな〜としか思わない。
だって結婚、してるし。へへ。
ソファの角に収まりラグに座りこむ。
集めてきた素材を自分の周りに丁寧に置き、真ん中は二人が座れるくらいのスペースを開けておく。ああでもない、こうでもないと巣をこねくり回すこと数時間。ようやく納得のいく形になる頃には、かなり身体が怠くなっていた。怠いだけならまだしも、思考の半分以上が繁殖行為に支配されるんだからたまったもんじゃない。眠いし、お腹が空いたし、早く帰ってこないかな。こんな服だけだと匂いが足りないんだよ。温もりも無いし、なにより独りじゃ寂しい。
薬指から指輪を外してしげしげと見る。内側にはベタに『R&H』と刻印してあり、またも口角が上がった。結婚……新婚……良い響きだ。失くしたら困るので再び薬指に着けてぎゅっと握る。そうこうしているとあっという間に眠気が襲ってきたので、抗わずに巣の中で目を閉じる事にした。
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出社直後からノンストップでデスクワークを片付け、17時頃にノートパソコンを閉じる。見事な一時間巻きに自分で拍手を贈りたい気分だ。これなら凛堂も文句ないだろう。お疲れ様です、という声掛けを背に社を後にし自宅まで車を飛ばす。
「ただいま」
ドアを開くと、むせ返る程のフェロモンが身体に纏わりつく感覚に襲われ、思わず口許が緩むのが自分でも分かりすぐに施錠する。これは本格的に始まったな。こんなに良い香りを他人に嗅がせる訳にはいかない。佐伯からも尾行係からも外出したという報告は無いので華が在宅なのは確定だ。無いと思うが万が一、億が一、ヒート中なのに外出していようものなら冗談抜きで二度と外出できないように鎖に繋ぐくらい造作もないが。
玄関に行儀良く並んだスニーカーに異常なし、スーツを掛けるためクローゼットへ向かう。ここも異常な───、いや、減っている。ネクタイが一本無くなっている。職業柄、違和感に気付くのは容易な事だ。使い勝手が良いネクタイだからかなりの頻度で使用しているネクタイはきっと俺の匂いが強いだろうと一応置いておいたのだ。もしかしたら、もしかしたら、巣を作ってくれているかも。期待から呼吸が微かに浅くなる。次にフェロモンを辿るように洗面所に向かった。中途半端に開いたドラム式洗濯機の扉から、これまた中途半端に服が飛び出ている。手に取るとそれは華のシャツだった。何となく、流れで中を覗き込むと残っているのは華の衣類だけだった。期待が膨れ上がり爆発しそうになる。これは確定だ!華は絶対に俺のために巣を作ってくれている。
「勘弁してくれよ……」
もうどうしても落ち着かなくてリアルに頭を抱えセットした髪をぐちゃぐちゃに崩す。可愛い、可愛い、可愛過ぎる。冷静になる為に急いで冷たいシャワーを浴びる。もちろん綺麗好きな華のために身体中洗いまくってしっかりドライヤーまでした。カチっとスイッチを切り大きく息を吐く。
あれだけ呆れた顔をしておいて家中から俺の私物を集めているのだ。俺だけの為に。
早足でリビングに繋がるドアを開けると一層フェロモンの香りが強く首を傾げる。そのまま寝室へとリビングを横切ろうとした所で、壁面収納のテレビにリビングの様子が反射しているのに気付いた。いた、今回はソファに作ったのか。
回り込んでその光景に絶句した。
俺のTシャツやスウェットを身につけた華が、これまた俺の服の山に埋もれてすやすや寝息を立てている。
細く柔い髪を撫でる。髪の間に差し込んだ指に、いつもより高い体温を感じた。華、と上擦った声で名を呼ぶと薄い瞼が持ち上がり、その瞳に俺が映る。
「凄いな、沢山集めてくれたんだな」
すっかり瞳の色を溶けさせた番は、桜のように色付く頬を持ち上げる。はぁ、と悩ましい吐息を零す唇を一旦バードキスで塞ぎ、喉元に鼻を擦り付ける華のために顎を上げた。そよそよ当たる髪とフェロモンを嗅ぎまくっているであろう鼻息が擽ったい。ひとしきり満足するまでそうさせていると、緩慢な動きで辺りを指さす。
「これ、作った」
どうですか?と傾いた頭ごとぎゅうっと抱き締めると、くぐもった笑い声が首元あたりから聞こえてくる。頬擦りしながら遠慮なくフェロモンの香りを嗅ぎ、熱い耳たぶを食む。幸せって、こういうことなんだな。心臓を鷲掴みにされたようで息が苦しい。そこではたと華の腰周りに意識が行く。成人男性にしては細い。前からオメガにしては体格が良い方だった華は俺と離れている間に激痩せというかやつれまくっていた。再び二人で暮らし始め、せっせと色々な物を食べさせ以前とほぼ同じくらいの身体つきになったが、それでもまだ俺が本気を出せば簡単に折れそうなくらい細い。つきんと痛む胸の内を誤魔化しながら、巣の感謝を繰り返し述べる。
「お前にしかできないよ。今まで貰ったものの中で一番嬉しい」
正直、朝の様子から巣は期待していなかった。
ツンデレ、という程ではないが普段からスンとしている華。デレデレし過ぎても華じゃないとは思うがもう少し好意を全面に押し出してくれてもいいんじゃないかと感じる事は度々ある。腕の中に居る華は相変わらず恥ずかしがり小さく頷くだけに留まった。
「俺は幸せ者だな 華さえいれば何も要らないよ」
それでもいい、華が俺の手の届く範囲で不自由なく生きていけるなら。嫌われてはいないし自然な笑顔を見せてくれる回数も増えた。それだけで充分幸せだ。
「何か食べた?」
「ん?んー」
唸るだけで答えない華の腹がきゅるると音を立てる。
決まりが悪そうに視線を彷徨わせる頬を一撫でして冷蔵庫へ向かう。こういう時の為に取り寄せておいた長野県産の大粒シャインマスカットが庫内で宝石のように輝いていた。軽く洗いソファへ戻る。
「ほら、あーって口開けて」
「あー」
ぱかりと開いた口にマスカットを近付けると、ためらいなく口に入れる従順さに心が満たされた。かわいすぎる、毎日三食こうできたらいいのにたった一週間しか許されないなんて悔しい。αの本能による給餌欲を抑えられない。むぐむぐ咀嚼する華の頭をそっと撫でた。再び差し出すとそれも食べてくれる。いつもの華も可愛いのは大前提、重いヒートでこう世話を焼かれてくれる姿もギャップで頭がおかしくなりそうなくらい可愛い。
「にしても身体が熱いな、薬飲んだ?」
「うん、飲んだ」
ノータイムでこくりと頷く華を疑いながら、前髪を上げ額に手のひらを当てる。うん、熱い。じとりと見詰めると視線が明後日の方へ向く。これは飲んでいないな。一日目にしてここまで本格的に世話を焼かれるという事は今回のヒートはかなり重いとみた。ここで飲ませておかないと後で辛いのは華だ。
「……ちゅうして」
そんな心配も他所に華は呑気に唇を軽く突き出す。うるうるした瞳と甘そうな唇に抗える訳もなく、吸い寄せられるようにむにゅっと唇を重ねた。首に周ってきた腕と膝に乗り上げて来た身体を抱き留めた所で油断したように華の身体から力が抜ける。
「はい、ちゅー終わり」
「えっ?えっ、あぁ〜……なんで!!」
そこでバリっと華を剥がし寝室へ向かう。後ろから非難の声が聞こえるが今はそれ所ではない。お目当ての物は予想通りサイドテーブルに鎮座していた。一ミリも減っていない水と錠剤。
寝室から持って来た錠剤のシートを見た華の肩が分かり易く強張る。まさに『ぎくり』といった具合だ。
「なんで?」
「……だ、だって、……とりあえず嫌だ」
とりあえず嫌だってなんだよ。理由も分からず錠剤のシートをソファの向こう側へ放り投げられ取りに行く。まるで犬になった気分だ。飼い主の投げたフリスビーを取りに行く犬。フン、華の犬になるか、悪くないな。すぐに主従逆転してみせる。
「華、あのな、抑制剤は解熱剤の役割も含んでるの知ってるだろ?飲まないと辛いのはお前だからな?」
まだか、まだかとその時を待つ。
いくらヒートとはいえ華が最後の理性を手放すのはセックス中に前後不覚になってから。
本能から始まった俺らの関係。前回のように本能に呑まれ、愛しい存在を傷つけるような事はしたくなかった。願わくば華から求めてもらいたい。常に喉から手が出るほどに焦がれている俺と同じような気持ちを、ぶつけて欲しい。
「あの、あのね、……」
そこで震える手が俺のシャツを掴む。囁く声がそれまでとは違い硬い気がして真正面から瞳を見つめた。
「……前みたいに咬まれるの、あれもっかいしたいです」
咬ま、……。フラッシュバックするのは血の気の引いた顔で転がる華の姿。あれはあまりいい気分ではなかった。
視野が狭まったような感覚に襲われた後、歯茎がむず痒くなり気付けば華の肩に噛み付いていた。舌に感じた血の味で我に返ったが、肩から血を流す姿を認識した瞬間は生きた心地がしなかった。
「色んな所、咬んで、……あと、奥も、あの……」
どんどん小さくなる声に、聴き逃してたまるかと耳を寄せた。
「……俺が止めてって言っても、やめないで、してほしい」
とてつもない殺し文句に息が止まる。
そこまで言うところんと巣の上に背を倒した華。それに覆い被さるように肘を着く。熱い手のひらが俺の右手を掴み、そのまま導かれたのはしとどに濡れている後孔だった。既に愛液で滑りを持っているそこは、縁をなぞると指を簡単に受け入れた。
「なあ、自分で弄った?」
「ぅんっ……」
小さく頷いた華の肌が一層赤みを帯びる。ヒートとはいえ柔らかすぎる内壁をゆるく擦ると、荒い吐息に普段よりワントーン高い喘ぎ声が混ざり始めた。ロングTシャツをたくし上げ、露わになった薄い桃色の控えめな乳首を舌全体を使いべろりと舐め上げる。舌の上でころころ転がしそこに吸い付き中心を避けて周りを軽く噛んだりを繰り返していると、ぷっくりと腫れてくる。もちろんその間ナカの具合を整える事も忘れない。指の本数もあっという間に三本に増えた。内壁の襞をざらざら擦りながらキスの合間で問う。
「そろそろ挿入っていい?」
「っま、まだ駄目、ッあぁん!」
お互い準備万端だってのに首を振る華。遠慮なく指で中を穿つとひと際大きい声が上がる。あん!って、お手本みたいな喘ぎ声だな、かわいい、結婚したい。いや結婚してた。わざとぐちゅぐちゅ音を立てながら指を動かした。いやいやと首を振る華にどうしたものかと動きを止める。
「廉さんの、舐めたい」
暫しの間、爆弾発言を咀嚼し、煌めく瞳に負けゆっくり頷く。
今まで別に舐めてもらう必要性を感じなかったし華に舐めさせるわけにはいかないと思っていた。なんとなく、汚してしまうような気がして。フェラして欲しくないわけでもないが、気が進まないというのが実際のところだ。それにシンプルに下手そうだし。
スウェットを掴む華に腰を浮かせ、怒張が収まっているボクサーパンツは自分で脱ぐ。ぶるりと飛び出したそれは完全に勃起しており動きの鈍い華の頬を打ったが、そんな事にはお構いなく慣れた手つきで鈴口から滲み出る液を竿全体に塗り広げている。これは審議だ。もしかして高校生の俺がさせたか?後で訊いてみよう。そして大きく開いた口から赤い舌が覗き、ついに初フェラ……という所でふと顔を上げる華。くっと寄った眉に心臓が跳ねる。まさか、臭かったか?
「……におい、あんましない」
「ははっ、当たり前だろ。しっかり全身洗ってきた」
不服そうに口をへの字に曲げる華に思わず笑いが出た。
デスクワークとはいえ一日スーツを着込んでいたからそんな状態で目合うなんて考えられない。度々華から匂いが好きだと言われる事もあるがエチケットとしてセックス前はお互いシャワーを浴びる事が殆どだ。しかし今回は不正解だったらしい。そこで傘が温かい腔内に招かれ思考が止まる。さらりと揺れる髪を梳きながら、グロテスクなものが華の口の中に入っていく様子を眺めた。全部は入り切らず根元の部分は緩く抜かれながら華の頭が上下に動き始める。歯こそ当たっていないが、これじゃただのんびり腔内で抜き挿しされているだけだ。
「っん、ン、……おいしくないぃ……」
予想通りの下手さ。下手過ぎて萎えそう。しかも美味しくないって失礼だな、当たり前だろ。拙い動きと吸い付きに、もどかしい気持ちとどこか安心した気持ちが混ざりあって変な気分だ。しかし必死に赤黒い肉棒に吸い付く顔にはそそられる。じわじわと腰が重くなり、髪を掴み喉奥まで突きたい衝動を抑え、現状維持で興奮を高めようと努力する。華はこうでなくては。フェラが上手い華なんて、なんか嫌だろ。そんな俗っぽい事はせずに俺から与えられる快感だけ受け止めていればいい。
「ありがとうな」
「んぇえ、まだ舐めるぅう」
ちゅぽんと唇が先端から離れ唾液が糸を引く。肩を押すついでにTシャツも脱がすとあっという間に全裸になった。倒れる瞬間まで手を伸ばしていた華は諦めた様子で大人しく黙る。
「前からと後ろから、どっちがいい」
「うしろ」
よたよた立ち上がり両手を背もたれに着いて振り返る。
うっすら赤みを帯びた全身。内腿はべたべたに濡れ、臀たぶの間で慎ましくヒクつく穴を後ろに回した片手で拡げる姿に喉がごきゅりと音を立てた。まるで童貞だ。華がこんなに積極的なのは初めてじゃないか?
ヒート万歳。エロ過ぎ。ちんこ痛い、軽くイきそう。
そうと決まれば早速お邪魔しよう。脱ぎ捨てたスウェットのポケットからスキンを取り出しさっと被せる。腰を掴み、臀を揉んで柔らかさを楽しんでいると早く挿れろと言わんばかりに腰が揺らされた。親指で縁をなぞり、マーキングするように先端を割れ目に擦り付ける。
「ねぇ、早く早く、はやくして」
切羽詰まった声に少し焦らし過ぎたと反省しながら腰を進めると、涙声はすぐ恍惚とした声色へグラデーションしていく。
「っあー、やば」
温かく、今までにないくらい柔らかいナカに歯を食いしばる。馴染むまで待つつもりだが、そんな必要も無いくらい襞が内へ中へと誘導してくる。その感触を楽しみながらゆっくり、ゆっくり俺しか挿入る事を許されない場所まで進んでいった。
腰骨と臀がぶつかり、後ろから覆い被さるように汗ばむ身体を抱き締めるとしっとりした肌同士が馴染んで気持ちがいい。顎を掴み顔をこちらに向かせると、待ってましたと開かれる腔内に遠慮なく舌を潜り込ませ、奥で縮こまっている舌を引きずり出す。じゅっ、と音を立てて吸い付き、空気多めに舌を擦り合わせると、分かりやすく内壁が収縮を始める、華は意外と聴覚情報に左右されやすい。
「ふ、んぅぅう、あ〜、きもちぃ、あついい」
ぱたぱたと液体が革張りソファの座面に散る音がして肩越しから覗き込むと、ぷるぷる震える華の前から精液が滴り落ちるのが見えた。早いな。そろそろ動いていいか訊いても聞こえていないだろうから勝手に動くとする。
「んん、……はぁ、あっ、もっとして」
浅い手前の方で軽く抜き挿しを繰り返していると少し余裕を取り戻した華が自ら臀を後ろに突き出し律動の手伝いをしてくれる。
「随分余裕そうだな」
吐き出した声は情けなく震えていた。アルファは一回出してしまうと出し切るまでが長いから華だけ先に何回かイカせて自分はできるだけ一回目は持たせたい。うごうご肉棒を揉みしだく温かい内壁に内心舌打ちをする。こんなの耐えろって無理だろ。
「待っ、激し、あっあっあっ、ぃやあ!!」
うん、無理だ。両手で腰を掴み、大きくグラインドさせる。ずっぷり収まっていた楔が露になり、またすぐ柔らかい胎内に戻っていく。いや、いや、と繰り返す華の唇を塞ぎ、律動を早めるとくぐもった声が互いの唇の間から漏れ出る。
「やめないでって言ったのはお前だろ」
「ぅんっ、やめないで、もっとして、あぁっ、きもちい」
手を前に周し、なおも精液を垂れ流しているブツを遠慮なくちゅこちゅこ抜くと、蠢いた内壁が早く精子を寄越せと自身をキツく締め上げる。濡れた音と肉のぶつかり合う音がぱちゅぱちゅ響き、華の上半身が徐々に崩れていく。お構いなしに揺さぶっていると、遂に力が入らなくなったようでソファの座面にべったりと身体を預ける体勢になった。せっかく巣があるんだ。巣の中でヤればいい。
一旦奥まで埋まっていたものを抜き取り華を巣の上に横たえる。この調子だとラグまでべちゃべちゃになりかねないので巣から選んだシャツを気休め程度に下に敷く。
「ぁ…う……まだ、まだするもん…抜かないで…」
「そうだな、次は前からしような」
膝裏に手を入れ脚を左右に大きく開く。いつもは多少なりとも抵抗を示すのだが、今日ばかりはすんなり開き過ぎて心配になるレベルだ。ラグに散らばった髪と、はらはら涙を流す宝石みたいな茶色の瞳。薄く開いた唇から漏れ出る甘い吐息に、息ごと奪いたい衝動に駆られキスを仕掛ける。同時に挿入すると予想していなかったのか合わさった唇の奥で華の悲鳴が上がる。両手を恋人繋ぎして床に押し付けると、手の甲が痛いのか眉根が寄り新たな涙が流れ落ちた。
「あ、やばいかも、噛んでいい?」
「んっ、イイ、気持ちぃっ、かんでっ」
これが望みだったんだろ。揺さぶりながら問うと、うんうんと上下する頭。
歯茎がむずむずしてきて、あの時のように視界が狭くなってきた。瑞々しく汗を弾く身体が美味そうだ。唾液が溢れてくるのを嚥下して大きく口を開けると、涙で濡れる瞳が期待に輝く。
迷わず鎖骨あたりに歯を立てる。弾力のある肌に歯が食い込む感覚がクセになりそうだ。
「いっっ、痛いぃ……ひっ、ぅんんぁ……あっ……!!」
「っふ……おまえ、……締めすぎ」
今日イチの締めつけに、思わず噛み付く力も強くなる。でもやめてあげない。首の後ろに回された腕で、一層強く頭を抱き寄せられ、俺の身体に巻き付いている両脚が不規則に痙攣しているのに気づく。これ幸いと首元のフェロモンを嗅ぎ、傷を馴染ませるように舌で舐めていると、密着した腹あたりに温かい粘り気を感じた。身体を離すと、華の出した精液で互いの腹はべったり汚れている。ふぅん 意外と痛いのも好きなのかもしれないな。新たな発見。まだ確定した訳では無いが有り得なくもない可能性に自分の口が弧を描いたのが分かった。
「なあ、痛いの好き?」
早速試してみるか。くるりと華を転がしバックの体勢になり、スライムのようにぺったり床に着いた上半身を無視し腰だけ掴み引き上げる。驚き振り向いた華が、振り上げた俺の右手の行先を追う。勘の良い頭が俺が何をしようとしているのか察したようだ。
「いくぞ」
「ぇっ、え?!やっ!」
ヒュっと風を切り臀目掛けて振り下ろした手のひらが当たる前に寸止めする。ぎゅっと目を閉じた華の背がしなる。
「んっ、ッ、ふぁ」
その瞬間、ぎゅぅぅぅっと締め付けを見せる内壁。散々我慢してきたというのに呆気なく負かされゴム越しに大量射精する事になってしまった。抗えずに、断続的に痙攣する内壁を擦り上げる。周囲の服に顔を埋めていた華に胸にモヤりとしたものが広まり意地悪したい気持ちになる。本物がここにいるんだから俺を嗅げばいいだろ。
「叩かれるかと思った?」
「あっ、ぁう……ぁん……いじわる!」
羞恥で赤らむ目元で睨み上げられながら笑う。痛め付けるのは趣味じゃない。噛んだのは本人たっての希望があったからであり、自ら進んで痛い思いをさせるのは違う。意外と痛いのも好きそうだが、そこら辺は話し合いが必要だな。俺はどちらかと言えば痛みより快楽で従わせたいタイプだが、まあこれから何十年も一緒に居る訳だし、新規開拓はいつでもできる。
「あっ、あ!ィっ、いく!好きっ、廉さん、すき!」
胡座をかきそこに抱き上げ、奥にあるしこりを押し潰すように突き上げる。ひしっと抱き着いて必死に上下に跳ねている動きを手伝うため腰に手を添え、目の前で揺れる乳首に吸い付く。仔犬のように声を上げ、もっとと胸を突き出す姿に一層股間が熱く張り詰めた。
「かわいい、……っ……俺も好きだよ」
「んっんっ、うれし、好き、すきぃ」
くそ、嬉しそうに笑いやがって。自分の甘すぎる声にはまだ慣れず恥ずかしいが華はこの声が大層お気に召しているようで、快楽に溺れながらもうっとり笑みを咲かせるのだからたまには良いかも知れない。荒い呼吸の中で互いに必死に好きだと繰り返す。涙に濡れる瞳に映る俺は、自分でも見ることの無いくらいの笑顔だった。笑っているつもりもなかった。
「あー……また出そう、っ……」
「うんっ、いって、俺もいきそっ、あぁっ」
抜き挿しを繰り返す華の性器からは絶えず精液が溢れている。
『廉さんっ、すきっ』と耳元で喘ぎの合間で囁かれるからもう堪らなくなって下から腰を振りたくる。振り落とされないよう一層強く抱き着く華の顎を掴み強引に唇を塞ぐと、差し出した舌先をちゅうちゅう吸われ甘い痺れが背を掛け上る。射精はまだかと待ち構えている精液を我慢せずに最奥にぶつけた。ゴム越しとはいえマーキングするように擦り付けてしまうのはアルファの性か。そんな動きにも感じまくる華は貪欲に快楽を拾おうと腰を前後に揺らめかす。
「ぁっ……あ……」
カクカク腰を痙攣させぴゅっと少量の精液を飛ばしたのを最後に、くたりと崩れた身体を巣に横たえる。抜き取った自身に被せているゴムには引くほど大量の精液が溜まっていて苦笑いした。結んでそこら辺に放り投げ、巣の素材を一枚拝借し華の汗や精液や色々な液体でベタベタな全身をざっと拭いていく。
「身体、きつくない?」
「うん、……大丈夫です……」
ペットボトルの水を口移しで飲ませた後、二人仰向けで転がる。
左腕で腕枕をしていると、華は上機嫌に俺の左手で遊び出した。握ったり開いたり、揃いの指輪を眺めたり。時折くふふと漏れる笑い声を聴きながら温もりを感じていると、段々瞼が下りてくる。おい、セックスした後すぐ寝るなんて男として最低だぞ、と俺の中の天使が囁くが労働後の射精のスッキリ感に勝てるものはこの世にない。
「ねぇ……廉さん、眠い?俺まだ……まだ身体あつくて……」
「……ん……」
「ねえ、ねえー……おきて……」
乗り上げてきた華の重さを感じながら返事をするが、返事として意味を成していなかったのだろう。怠い腕を持ち上げ頭を撫でるがそうじゃないと叩き落とされた。ふすーっと不満げに響く鼻息の後、唇にふかふかの感触があたる。……キス、されたな。幸せだ。あの華が自ら俺にキスするようになるなんて。
「……廉さん〜……もう一回エッチしたい……」
瞼が自然に持ち上がる。クーラーの音で掻き消されるような声量だって、この距離だと聞き落すわけがない。信じられない殺し文句にさっきまでの眠気はどこかに飛んで行き、すり、と撫でられた股間はあっという間に膨らんだ。嬉しそうに笑う華がいつから持っていたのかスキンをくるくると勃起したものに巻き下ろす。ここまでされて断ると男が廃るな。形勢逆転、乗り上げていた身体を再び押し倒すまでそう時間は掛からなかった。誘うように噛み跡のついた身体で微笑みかける姿に我慢の限界を迎える。
俺はオメガについて詳しくなったつもりだったが、まだ知らない華の姿がある。まだ発情期は始まったばかりだ。
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ゴウンゴウンと揺れるドラム式洗濯機の音を聞きながらソファでくつろぐ。洗濯機の中には大量の衣類やシーツが入っており、その殆どは廉さんのものだ。お陰で横にいる廉さんはパンイチ姿で、組の人が見たら卒倒するだろう。惜しげも無く晒されている程よく鍛え上げられた身体が目に毒だ。
「明日から仕事でしたっけ」
「ああ、けど明日はそこまで大事な用はない」
大事な用がなくてもするのが仕事だろ、とは言えない。
ちらりと窺う視線にどうしたものかと内心ため息をついた。
寂しいのは俺だってそうだ、ヒート中まるまる一週間セックスしてくっついて寝て起きたら軽く食べてまたセックスして。そんな堕落した毎日を送っていれば互いから離れがたくなるのは当たり前。
「……明日まで一緒にいたいです」
しかし俺も廉さんに甘いのだ。今回だけ!と決めて言うと、望み通りの言葉を引き出した廉さんは嬉しそうに頬を緩ませ唇にキスしてくる。
「凛堂に連絡する」
「ありがとうございます、うれしいです」
頭を撫でてから早速連絡を入れているその横顔を見詰めながら目を閉じる。まだまだ新婚だし、しばらく浮かれるくらい許してくれるだろう。ゆっくり肩に凭れると強く抱き寄せられ、幸せだと強く感じる。額に触れる唇を感じながら、俺はそのまま本格的に夢の世界へ旅立った。
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