1 / 8

【あ】れは欲しかった未来じゃない

『幸せ』だと思っていた事が、ふいに『退屈』だと感じてしまう瞬間がある。 ずっと、好きで好きで堪らなくて、溢れる気持ちを抑え切れなくて告白をして。OKを貰えた事で奇跡さえも信じられたのに、だ。 俺は、大志の、何を見ていたのか?大志の、どこが好きだったのかすら、分からなくなっていった。 ただ、好きな人と寄り添うだけの日々を、きっと人は“幸せ”と呼ぶのだろうけど、俺にはそれが、感じられなかった。 否、感じ“られなく”なったのかもしれない。 サラサラの髪も、綺麗な瞳も、柔らかな口唇も、艶やかな肌も、今も変わらず愛している。けど、 そんな外見だけでトキメイていた自分が情けなくすら思えて来る。 もちろん大志に非は無い。こんなに優しくて、従順で、気の付く人間なんてそうは居ないと思う。 そう。全ては俺一人の自分勝手な我が儘で、彼を傷付け、遠ざけた。 ただ『退屈だ』と言うだけの理由で。 出会った頃に思い描いていた未来予想図と、あまりにも駆け離れてしまった現実に、俺達は“別れ”を選択していた。 あれから数年経った今も、大志を振り回して傷付けた償いのつもりで、恋愛を封印している。 もちろん一人で居るのが寂しい時や、人肌が恋しい夜もあったが、他人を傷付けた自分が、安らぎと言う名の幸せの中に、身を置いてはいけない気がしていた。 そんなある日、再び大志と再会した。 昔の愛しかった面影がそのままで、一目で大志だと分かった。 大志もそうだったようで、すぐに声を掛けてくれた。自分を傷付けたこんな俺に、だ。 再会して、あれから15年の月日が流れていた事を知らされた。15年もだ。 15年間。大志の事を忘れた事など無かった。むしろ、大志の事だけを考えて生きて来た気さえする。 「再会を祝して、今夜飲みに行かないか?」 大志の口からそんな言葉が飛び出すと、すごく不釣り合いな気がして、 それでも『酒飲むんだ』なんて事をぼんやりと思いながら、昔の事を許してくれている大志の優しさに懐かしさを感じて、即答した。 ------------------ その夜。 酒が入ったせいか、いつもより饒舌な自分が居た。 お陰で、大志の今の仕事や会社の仲間、上司の愚痴もスムーズに聞き出せて助かった。 「あの頃さ‥‥」 その勢いで、昔の話を切り出す。 「うん。若かったね、僕達」 グラスの縁を指でなぞりながら、伏し目がちに優しい表情で微笑む大志を眺める。 「あの頃ね」 そのまま懐かしむように、大志の方が語り始めた。 「克哉に嫌われたくないばっかりに、いつも気を張ってて…しかも緊張しまくってて、素直な自分を出せなくて。 …ふふ。本ッ当、ガキだったなぁ‥‥」 グラスに視線を落としたまま、また少し悲し気に笑った。 「俺も」 つられて口の端で笑いながら、仕舞っていた本音を吐き出す。 「あんだけ好きだったのに、自分自身の“好き”って気持ちに押し潰されて、身動き取れなくなってたのかも、しんないな」 ふ。と大志に視線を移すと、一度もこちらを見なかった彼が、じっとこちらを見詰めていた。 ―ドキッ― と大きく一つ、心臓が脈打つ。 「今は?」 「えっ?」 聞き返してしまった俺に、一瞬躊躇の表情を浮かべたが、意を決したように力強い目線で、体ごとこちらに向き直ると 「今は、もぅ胸を押し潰されるような恋…、 してないの?」 ― ドキ ン ― 嗚呼… 今分かった。 ―――俺、全然未練を断ち切れてなかったんじゃん――― 激しく脈打ち始めた鼓動に、ようやく自覚し始める。 「…どうかな」 誤魔化すようにそう呟くと、薄暗い店内の片隅だったのを良い事に、口付けしようとそっと顔を近付ける。 が、不意に大志がそれを交わした。 「まだ、答え聞いてないよ」 昔なら、流れに任せて口付けていたハズだのに。 本当に、変わった。 それとも変えられた? 誰に? 言い表せない黒い感情が、腹の中をぐるぐる巡る。 「そういう自分はどうなんだよ、付き合ってる奴とか… 居るのか?」 一瞬ドモったのを、動揺と気付かれませんようにと、誰に向けてか分からないが、願う。 「質問を質問で返すな!…ばか」 「バカって…」 言い返そうと思った言葉は、大志の口唇に呆気なく阻まれた。 自分からキスするなんて、昔の大志なら絶対にしなかった。 昔の大志なら、自分達の部屋以外でキスするなんて絶対無かった。昔の大志なら… そう。 もう俺も大志も、昔じゃなくて今を生きてる。 いつまでも引きずってちゃいけない。 前に進まなきゃ。 前に…    ――進みたい… そう願いを込めながら、大志を抱き締め、深く深く口付ける。 「…んッ…」 小さく反応を返す大志に新鮮さを覚えながらも、撫でた髪の軟らかさや、昔と変わらぬ口唇の柔らかさに懐かしさを感じ、ゆっくりと眼を閉じる。 そうだ、想い描いていた未来とは駆け離れてしまったあの頃のあれは、俺の欲しかった未来じゃなかった。 でも今なら… 今の俺達ならきっと、同じ未来を見据えて生きて行けるんじゃないのか? 以前とは明らかに違う大志の熱に当てられたのか、そんな事を思いながら、俺の止まったままだった“過去”は、ようやく“未来”へと紡ぎ始めた…

ともだちにシェアしよう!