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【あ】れは欲しかった未来じゃない
『幸せ』だと思っていた事が、ふいに『退屈』だと感じてしまう瞬間がある。
ずっと、好きで好きで堪らなくて、溢れる気持ちを抑え切れなくて告白をして。OKを貰えた事で奇跡さえも信じられたのに、だ。
俺は、大志の、何を見ていたのか?大志の、どこが好きだったのかすら、分からなくなっていった。
ただ、好きな人と寄り添うだけの日々を、きっと人は“幸せ”と呼ぶのだろうけど、俺にはそれが、感じられなかった。
否、感じ“られなく”なったのかもしれない。
サラサラの髪も、綺麗な瞳も、柔らかな口唇も、艶やかな肌も、今も変わらず愛している。けど、
そんな外見だけでトキメイていた自分が情けなくすら思えて来る。
もちろん大志に非は無い。こんなに優しくて、従順で、気の付く人間なんてそうは居ないと思う。
そう。全ては俺一人の自分勝手な我が儘で、彼を傷付け、遠ざけた。
ただ『退屈だ』と言うだけの理由で。
出会った頃に思い描いていた未来予想図と、あまりにも駆け離れてしまった現実に、俺達は“別れ”を選択していた。
あれから数年経った今も、大志を振り回して傷付けた償いのつもりで、恋愛を封印している。
もちろん一人で居るのが寂しい時や、人肌が恋しい夜もあったが、他人を傷付けた自分が、安らぎと言う名の幸せの中に、身を置いてはいけない気がしていた。
そんなある日、再び大志と再会した。
昔の愛しかった面影がそのままで、一目で大志だと分かった。
大志もそうだったようで、すぐに声を掛けてくれた。自分を傷付けたこんな俺に、だ。
再会して、あれから15年の月日が流れていた事を知らされた。15年もだ。
15年間。大志の事を忘れた事など無かった。むしろ、大志の事だけを考えて生きて来た気さえする。
「再会を祝して、今夜飲みに行かないか?」
大志の口からそんな言葉が飛び出すと、すごく不釣り合いな気がして、
それでも『酒飲むんだ』なんて事をぼんやりと思いながら、昔の事を許してくれている大志の優しさに懐かしさを感じて、即答した。
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その夜。
酒が入ったせいか、いつもより饒舌な自分が居た。
お陰で、大志の今の仕事や会社の仲間、上司の愚痴もスムーズに聞き出せて助かった。
「あの頃さ‥‥」
その勢いで、昔の話を切り出す。
「うん。若かったね、僕達」
グラスの縁を指でなぞりながら、伏し目がちに優しい表情で微笑む大志を眺める。
「あの頃ね」
そのまま懐かしむように、大志の方が語り始めた。
「克哉に嫌われたくないばっかりに、いつも気を張ってて…しかも緊張しまくってて、素直な自分を出せなくて。
…ふふ。本ッ当、ガキだったなぁ‥‥」
グラスに視線を落としたまま、また少し悲し気に笑った。
「俺も」
つられて口の端で笑いながら、仕舞っていた本音を吐き出す。
「あんだけ好きだったのに、自分自身の“好き”って気持ちに押し潰されて、身動き取れなくなってたのかも、しんないな」
ふ。と大志に視線を移すと、一度もこちらを見なかった彼が、じっとこちらを見詰めていた。
―ドキッ―
と大きく一つ、心臓が脈打つ。
「今は?」
「えっ?」
聞き返してしまった俺に、一瞬躊躇の表情を浮かべたが、意を決したように力強い目線で、体ごとこちらに向き直ると
「今は、もぅ胸を押し潰されるような恋…、
してないの?」
― ドキ ン ―
嗚呼…
今分かった。
―――俺、全然未練を断ち切れてなかったんじゃん―――
激しく脈打ち始めた鼓動に、ようやく自覚し始める。
「…どうかな」
誤魔化すようにそう呟くと、薄暗い店内の片隅だったのを良い事に、口付けしようとそっと顔を近付ける。
が、不意に大志がそれを交わした。
「まだ、答え聞いてないよ」
昔なら、流れに任せて口付けていたハズだのに。
本当に、変わった。
それとも変えられた?
誰に?
言い表せない黒い感情が、腹の中をぐるぐる巡る。
「そういう自分はどうなんだよ、付き合ってる奴とか…
居るのか?」
一瞬ドモったのを、動揺と気付かれませんようにと、誰に向けてか分からないが、願う。
「質問を質問で返すな!…ばか」
「バカって…」
言い返そうと思った言葉は、大志の口唇に呆気なく阻まれた。
自分からキスするなんて、昔の大志なら絶対にしなかった。
昔の大志なら、自分達の部屋以外でキスするなんて絶対無かった。昔の大志なら…
そう。
もう俺も大志も、昔じゃなくて今を生きてる。
いつまでも引きずってちゃいけない。
前に進まなきゃ。
前に…
――進みたい…
そう願いを込めながら、大志を抱き締め、深く深く口付ける。
「…んッ…」
小さく反応を返す大志に新鮮さを覚えながらも、撫でた髪の軟らかさや、昔と変わらぬ口唇の柔らかさに懐かしさを感じ、ゆっくりと眼を閉じる。
そうだ、想い描いていた未来とは駆け離れてしまったあの頃のあれは、俺の欲しかった未来じゃなかった。
でも今なら…
今の俺達ならきっと、同じ未来を見据えて生きて行けるんじゃないのか?
以前とは明らかに違う大志の熱に当てられたのか、そんな事を思いながら、俺の止まったままだった“過去”は、ようやく“未来”へと紡ぎ始めた…
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