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【い】らないのなら冷たくすればいい
克哉が必死に勉強していたのは、もちろん知っていた。
何より、誰よりも克哉の傍でその姿を見て来たのは僕だ。
だから『合格した!!』って聞いた時は「良かったね!!おめでとう!!」って
心の底から素直にそう思えたし、言えた。
なのに…
なのに今更になって、心が拒絶し始める。
『東京の大学に行きたい』って言われた時すでにじっくり話し合い、納得したはずだったのに。
【もっとちゃんと勉強しとけば良かった】なんて後悔した時にはもう手遅れで。
僕は一人、地元の三流大学に通うしか選択肢がなかった。
『毎週、逢いに来るよ』
そう言ってくれた時、深く考えずに「待ってる」なんて、簡単に答えてしまった事も、今になればなんてまぬけだったんだと、冷静に思えるのに。
その時は、それが実現出来ると信じていたし、それだけの体力も想いも、絆も強かったと、思い込んでいたんだ。
あれからほんの数か月。
あっという間に卒業を迎え、その数日後。克哉の旅立ちの日が翌日に迫っていた。
「明日は、夜行バスで行くんだっけ」
克哉との最後の日を一緒に過ごそうと、僕は克哉の家に泊まりに来ていた。
「うん。色々と出費がかさんじゃって。せめてもの節約、かな」
どこか楽しげに話す克哉に、なんだか違和感?みたいな物を感じる。
今日でお別れなのに。そう頻繁に逢えなくなるのに。こうして、顔を見合わせたり、触れられたり、体温を感じる距離に、居られなくなるのに…
寂しいと感じてるのは、僕だけなのだろうか?と言う不安さえ湧き上がる。
「とりあえず準備は全部終わらせたから、残りの時間はずっと、お前のためだけに使えるよ?」
そう言って肩を抱き寄せて、そっと頬に触れてくれる。
「…“今日”って言ったって、今もう0時になる所だから、睡眠時間を抜けばほとんど時間無いじゃないか。明日は22時の便なんだろ」
触れられて嬉しいくせに。この手を放したくないくせに。
素直じゃない僕は、拗ねるふりをして口を尖らせ、視線を外した。
「そうだけど…」
ちょっと困ったような声が、視界の外から聞こえてくる。
こんな事で困ってしまう優しい所も、そういう声も、本当は大好きだよ。
そう言いたいのに。伝えたいのに。
伝えたら伝えただけ別れが辛くなりそうで、尖らせた唇を固く結んだ。
「でも…」
肩に置かれた手が離れて行く感覚に、心臓が跳ねる。
怒…ってないよね?喧嘩なんかしたくない。今日が、克哉との別れの日であると同時に、出発の日でもある、とても大切な日だから…
そんな僕の不安をよそに、今度はそっと優しく、頭を撫でられる。
そのまま軽く抱きよせられて、髪の上からキスされる感覚があった。
「この町での、最後の思い出は、お前と分かち合いたい…」
嬉しいような、切ないような。哀しいような、愛しいような。
色んな感情が入り混じって、自分の気持ちが分からなくなって。
「ん。…ふ。」
小さく頷いた拍子に、涙が零れた。
「…ごめん…」
何に対してのごめんなんだか分からない“ごめん”を、相変わらず優しい声で呟く。
そんな風に言われたら、何もかもを許してしまいたくなるじゃないか。
「ずるい…」
小さく抵抗する僕に、また「ごめん」と謝りながら、今度はちゃんと額にキスをくれたので思わず目を閉じてしまうと、涙を拭う指の感触と、反対の頬には口唇の感触とが同時に落ちて来る。
「絶対、迎えに来るから…」
穏やかな克哉の声に「ん。」と、声にならない声で答えると、今度はそっと唇を奪われる。
ついばむようなキスをされて、自分も応えようと口を開くと、舌が入って来る。
克哉とはこれまでに何度も行為に及んでいるのに、何度繰り返してもその度に初めての時のように、恥ずかしくなってしまう。
それを知っているのか、克哉はわざと音を立てて舌を絡め取る。
「は。んん…」
思わず漏れる声も、恥ずかしがる僕とは対象に、彼は楽しんでいるようにも見えた。
「かわいい…」
わざと耳元で、息を吹きかけるように囁く克哉の声に、きっと思惑通りなのかもしれないだろうけど、身体が勝手に仰け反ってしまう。
「や。ぁん…ばか…」
せめてもの反抗も、きっと克哉を喜ばせているだけだろうけど、黙ってやられてるだけなのも癪なので、精一杯抗う。
「なんで?可愛いから可愛いって言ってるだけなのに」
やっぱり少し口元を緩めながら、更に僕を追い詰める。
「ほら。こっちも、ピンク色ですごく可愛い。…食べちゃお」
言いながら上着を捲り上げて、小さな突起に舌を這わせる。
「あぁッ!やぁ…ッ」
音を立てて吸い上げられる度に、身体が勝手にビクビクと反応してしまう。
「ぅん?気持ち良い?」
そんな僕の反応を見て、楽しそうにそう言いながら、突起を弄る舌を指に変えて、厭らしい舌はどんどん下へと下がって行く。
「は。ゎ」
上手にズボンのボタンとチャックを片手で外して、根元からゆっくりと擦り上げられる。
克哉の指使いに、また小さく身体が反応する。
「もぅこんな。Hだなぁ」
「ど、どっちが…」
また強がりを言うけれど、身体中に克哉を感じていて、本当は全然余裕が無い。
そんな僕の精一杯を、きっと全部分かってるくせに「ん?俺?」なんてトボケた事を言いながらも
僕のトランクスもあっさりずり下げて行く。
「いや。お前の方がHかな?ほら、我慢出来なくて、ヨダレ垂らしてんじゃん」
そう言って、先端を指先で擦り始める。
「はぅうッ」
敏感な所を弄られて、また身体が大きく反応してしまう。恥ずかしくて恥ずかしくて、少しでも声が漏れないように、腕で自分の口元を隠す。
「本当、素直じゃないの」
そんな僕の反応にちょっとだけ不満気にそう言うと、今度は僕のソレを喉元まで咥え込んだ。
「ふううぅ」
もうこんな事、無駄な足掻きだって分かっているのに、なんだか意地になって声を抑える。
きっと克哉は克哉で意地になっているんだろう、そんな僕の反応を確認してから、何度も何度も唇で扱き、厭らしい舌使いで舐られる。
「ん!!んんッ!!」
いつになくしつこく、激しく弄られ続けて、僕は簡単に果ててしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ…ん。」
息を整える間もなく、克哉が口づけを交わす。
と同時に、どろりとした液体が流し込まれた。
「どう?自分の味は」
意地悪く笑う克哉の笑顔に、カッと顔が熱くなる。
「な、何を…」
言い終わらないうちに
「良いじゃん最後くらい。もっとちゃんと、自分をさらけ出してよ」
ちょっと寂しそうな表情になって、また口づける。
舌を吸い上げられ、音が漏れるのも構わずに何度も絡めあう。
それで、初めて気付いた。
いつも、意地を張って来たのは自分からで。恥ずかしいのを言い訳に、克哉にありのままの自分をさらけ出した事なんて、もしかしたら一度も無かったんじゃないのか?
それが例えば『気持ち良い』の一言だったとしても。克哉に伝えた事は、あっただろうか?
その事で、克哉は本当は傷付いていたり、寂しかったりしたんじゃないだろうか?
だから克哉は、“意地悪”という形で、それを僕に伝えて来てたんじゃないだろうか?
自分が、どれだけ克哉に甘えていたのかを、今更になって気付くなんて。
今日で、最後なのに…
そう思った瞬間、全身の力が抜けて行く気がした。
「行かないで…」
キスの合間の、小さな隙間から、小さく囁く。
「だいすき…」
今まで我慢していた言葉達が、溢れては流れ出て行く。
「一人にしないで…寂しいよ…」
言葉と同時に、涙まで溢れだした。
「…泣くなよ。ばか。」
そんな涙を、優しく拭き取りながら、顔中にキスを降らせてくれる。
「今頃素直になりやがって。
…遅せぇんだよ。ばか」
「ごめ…」
謝りたくても言葉にならなくて、僕はしゃくりながら克哉の背中にしがみついた。
「す、き。ッく。すき、だから」
「分かってる。分かってるから」
以前より少し優しい微笑を浮かべながら、僕を撫でてくれる克哉の暖かくて大きな手に、
以前よりもっと大きな安心感を感じて、強く強く身を寄せた。
「…抱い、て…」
こんな事、初めて自分から言った。
恥ずかしくて克哉の顔は見れなかったけど、素直になると、なんだか心も身体も溶けてしまいそうになる。
こんな経験も初めてだった。
そして僕達は、とろけそうな夜を初めて過ごした。
* * * * * * * * * * * *
「本当に行っちゃうんだね」
翌日の深夜、僕はバス停まで見送りに来ていた。
「ああ…」
言葉少なに、別れを惜しむ。
「待ってるから、いつまでも。てか、大学卒業したら僕も東京行く!」
本気で言ってるのに、うまく伝わらなかったのか、克哉が笑う。
「ああ。長期の休みに入ったら、帰って来るから。あと。東京進出も。アパートの一部屋空けて、待ってる」
やっぱり冗談ぽく言う克哉にちょっぴり寂しく思いながらも、そんな克哉を驚かせるのも面白いかも。
なんて、心の中でこっそり微笑んだ。
* * * * * * * * * * * *
あれから、一年が経とうとしていた。
大学生活にも慣れ、一人暮らしを考え始めた頃。
同級生に告白された。
「約束した人が居るから」と断ったのに、彼は諦めなかった。
『約束した人』と言った事を、不審に思ったらしい。
本気で好きなら“想ってる人”と言うだろう、と指摘された。
それでようやく、僕自身も改めて考えさせられた。
東京の克哉からの連絡は、半年くらい過ぎてから全く来なくなった。
レポートに追われているから忙しいと言っていたけれど、優秀なはずの克哉からそんな言葉を聞くのは、少し違和感があった。
かと言ってこちらから連絡すれば、信用していないのかと苛立った声で応対される。
それが嫌で、だんだん連絡も取らなくなってしまったのだ。
長期の休日も、一度来ただけでほとんど滞在せず、逢えたのもほんの数日。
逢わなかった時間が長かったせいか、会話もろくに出来ないまま、身体だけを重ねて終わった。
もしかしたら、新しい相手が出来たのかもしれない。
考えないようにしていた言葉が、脳裏に浮かぶ。
僕に飽きてしまったのかもしれない。
どんなに心が通じたと思った瞬間があっても、特別な二人になれたと感じた瞬間を分かち合っても、
距離と時間には敵わないのか…?
人の想いなんて、その程度のものなのか…?
そんな言葉達が、僕の頭と心を支配する。
結局僕は…克哉にとっていらない人間だったのだ。
だから簡単に東京の大学を選択して、簡単に出て行けたのだ。
そんなにいらないのなら…。
いらないのなら、冷たくすれば良かったのに。
最後のあの日のぬくもりを、縋るように思い出しては、自分自身を励まして来た。
卒業したら東京に行くのだと、一緒に暮らすのだと、克哉の言葉を信じて…
そこまで考えて、自分が大学の庭園で泣いてしまっている事に気付いた。
涙なんてどのくらいぶりだろう?
ぼんやりしていると、同級生の彼がそっとハンカチを差し出してくれていた。
「…いつから居たの?」
そのハンカチを受け取りながら訪ねる。
「…初めから…って言ったら、引く?」
僕より全然背も高くて、日に焼けた健康的な肌で、いつも闊達な彼が、ちょっとうな垂れるように体を傾げるのが不釣り合いで、不覚にも顔が笑んでしまう。
「引く」
意地悪く言う僕の言葉に、ますます身を縮めてシュンとなる様が、なんだか愛らしかった。
もう、過去に囚われるのはもう辞めよう。
今度は初めからちゃんと、他人と素直に、正直に向き合って行こう。
まずは、目の前のこの心優しい彼と…。
こんな風に思えるようになったのも彼のおかげだしね。
このありがとうの気持ちを、彼に直接伝えられるようになるまでに、そう時間は掛からなかった。。。
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