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【す】なの城のような
また、お互い忙しくてすれ違いの日々が続く中、唯一休みの被る日曜日に、ぶらりと電車で出掛ける事になった。
乗り込んだは良いが、目的地も無くしばらく進んでいると、海が見えたのでそこで下車する事にする。
と言っても休日と言う事もあって、砂浜は人で溢れかえっていた。
「すごい人…。」
「う…ん。ここまでとは思ってなかったなぁ。
まぁ良いや。海の家行って、飯でも食おうぜ」
どちらにせよ、気ままに出掛けたせいで海パンなんて持って来てないし、本当に目的も無くふらふら歩いて、海の家まで辿り着く。
お昼時間には少し早かったせいか、席もだいぶ空いていてゆったり座る事が出来た。
「ご注文は?」
浅黒い顔で快活そうな、50代くらいの店主らしき人がやって来た。
「じゃぁヤキソバを。2つ。で、良いよな?」
「あ。うん。」
店内に張り出しているメニューにチラリと視線を移しただけで、簡単に決めてしまう。
「かしこまり」
店主も愛想良く笑いながら、厨房へと戻って行った。
「即決だねぇ」
ちょっとビックリしている僕に、逆にビックリ顔で答える。
「え。海の家っつったらヤキソバでしょうが」
「う、ん。まぁ、そう、かもしんないけどさ」
そんなやりとりが可笑しくて、なんだかニヤケてしまう。
そういや、海に来る事自体久しぶりすぎで、楽しみ方も忘れている。
潮の香りだったり、たくさんの人達のはしゃぐ声だったり。
あぁ、夏だったんだっけ。なんて事をしみじみと感じてしまう。
「海パン…持ってくりゃ良かったかな」
ふいに克哉が言い出す。もしかしたら、同じ事を感じていたのかもしれない。
「海パンなら売ってるよ」
ヤキソバを持って来た店主がふいに声を掛ける。
「はい。おまち。確かここから5・6件先の店頭に置いてたのを見たよ。折角海に来たんなら、泳いでったらどうだい?」
店主の豪快な笑顔に後押しされるように、僕達は少し泳いで行く事にした。
浅瀬は家族連れでごった返しているので、少し遠くまで泳いでみる。
少し疲れて、小ぶりな船くらいの大きさの岩場を見つけて休んでいると、色んな家族が仲良く遊んでいるのが目に付く。
バーベキューをする家族。砂遊びをする家族。泳ぎを教えている家族。
普通なら、“微笑ましい光景”って思う所なんだろうけど、僕はそうじゃなかった。
ああいう、“家族団らん”みたいな姿は、僕には一生作って行けないから。
克哉がもし、そうありたいと望んでも、叶えてあげられる術を持って居ないから。
以前付き合っていたカレには、家庭があった。普通なら当たり前にやってくる“幸せのかたち”が、そこにはあった。
同じものを克哉が望んでいても、僕にはどうやっても与える事が出来ないもどかしさみたいな物に、胸が苦しくなった。
「大丈夫か?」
ふいに克哉に声を掛けられる。
「え」
「顔色…悪いぞ。岸に戻ろう。
自分で泳げるか?」
そっと触れて来る克哉の掌がやけに暖かくて、自分の身体が冷え切っている事に気付かされる。
「うん。大丈夫」
素直に答えて微笑んでみせる。変に心配掛けちゃったな、と反省しながら、僕達は岸へ戻ると、しばらく日向ぼっこをして身体を温めた。
「なんか…また変な事考えてたんじゃねーだろうな?」
流石は僕の事を熟知している克哉だ、いきなり核心を突いてくる。
「あはは…。変な事って何?」
うまく笑えてる自信は無かったから、誤魔化せてもいなかったと思う。
「そうだなぁ…。例えば、『僕じゃ子供産めないしー』とか?『幸せな家庭も築けないしー』とか?」
ちょっといじけた言い方は、きっと僕のマネをしているんだろうけど、全然似てなくて笑ってしまった。
「僕、そんな言い方しない」
「そうか?心の中では、こんなんじゃねーの?」
そう言ってまた変顔をして笑わせる。
こういう所、本当、大好き。
また知らず知らずのうちに笑顔にさせられた僕は、また自然に本音を喋らされる。
「ん―――。
でも、だいたい合ってる」
苦笑いをする僕の頭に軽くゲンコをすると、「ばーか」とか言いながら、服を預けたロッカーに戻り、そのまま屋台で何かを買って戻って来た。
「ほい。」
そう言って手渡されたのはホットドッグ。
「まぁまぁ。これでも食ってあったまんな」
まるであの店主のものまねみたいな口調にちょっと笑って、和んで、救われる。
こんなに好きなのに、離れられる訳ない。だけど…
またそう思い始めた時
「あのさ。」
克哉の方が、口を開く。
「俺ね、15年間、お前の事だけ考えて生きて来たわけ。
他に好きになる人も出来ないまま、心を動かされる事も無いまま。
んで、お前と再会して、すげぇ~胸ン所が熱くなって、『あぁ~。やっぱ俺には、こいつしか居ねぇんだなぁー』って、改めて確信したわけ。
俺の言いたい事、分かる?」
「ん…。なんとなく」
すっごく想ってくれてる、って事だよね。
と思ったけど、克哉の表情を見ると、複雑な顔をしている。
「その顔は分かってねぇ」
不満気に言うと、ちょっとため息を吐きながら、ホットドッグを頬張る。
その時、遠くから子供の泣き声が聞こえた。
どうやら砂のお城が壊れてしまったらしい。
「あぁあ。折角作ったのにね、可愛そうに。砂だから壊れやすいもんね。仕方ないない」
声が届かない所で、僕は慰めの言葉を吐く。
「…かもな」
克哉が、真面目な声で囁く。
「なんか、俺達みてー。」
その言葉にドキリとする。『壊れやすいもんね。仕方ない』僕の言葉に同意した、って事だよね。
なんだか急に、全身から血の気が引いていくような感覚に襲われる。
「俺達もさ、いっつも積み上げて来た物を何回も壊されて来たような気がしねぇ?
時間を掛けて築いて来た物がさ、一瞬で無くなったり。」
それは、僕がすぐ不安がるから…。いつも自分に自信が持てなくて、空回りしちゃうから…
まるで別れの言葉を告げられるのを待つかのように、僕はじっと身体を強張らせた。
「でもさ。それってもしかしたら、当たり前の事なのかもな。
ああやって誰かの不注意で壊される事もある。でも、城が出来上がってたとしても、いつかは風や波に壊されて、自然に風化してったり。
問題は、その後なんじゃないかな?壊れた物を、それで“おしまい”って言うのか、それとも“また作り直そう”なのか。
選択すんのは、自分自身って言うか…」
なんだか言いたい事はなんとなく分かるけれど、だいぶ遠回しすぎて僕にはよく理解出来なかった。それが顔に出ていたのか、克哉がちょっと困った顔になる。
「つまり、何が言いたいのかと言うとだな。」
そこまで言うと、克哉の顔がどんどん赤くなって行く。
「俺は、お前が、大志が、どんだけ落ち込もうが、迷おうが、へこたれようが、全部全部受け止めて、またお前を笑わせて、元気にしてやる。
んで、ぜってー俺と一緒に居る事を、後悔させねー!」
面と向かって言われて、今度は僕がどんどん赤面して行く。
「俺は、大志さえ居れば何もいらねぇ!
“幸せな家庭”なんて、価値観は人それぞれだろ?
子供が居る事が、イコール“幸せ”じゃねぇ。
子供が居なくても幸せに生きてるヤツなんか世界中にアホほど居る。
俺が欲しいのは子供じゃねぇ。お前だけなんだ。だから…その…」
らしくない克哉の消え入りそうな語尾に、やたら緊張が走る。
「俺と、け…こん、して、くんないか」
もうゆでだこみたいな克哉の手の中には、いつの間に用意したのか、小さなケースが包まれていた。
それをゆでだこみたいな僕が、そっと受け取り、ゆっくり開いてみると、質素な指輪が収まっていた。
「婚約指輪じゃなくて、結婚指輪ね。女みたいにダイヤとか贈られても、アレでしょ?」
本当、克哉には敵わない。
本当は『こんな僕で良いの?』とか『不束者ですが』とか『よろしくお願いします』とか
色々言いたい事があったのに、情けない事に僕はその場で泣き崩れてしまった。
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籍とかは、もちろん日本じゃどうにもならないので特に何もしていないが、一応“結婚記念日”だけは決めて、今は新婚生活を楽しんでいる。
ただ、毎晩克哉が燃え上がってしまうのが、今の所の、小さな悩みだ。
END
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