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第1話
「隷属契約も結べた事ですし、まずはそうだな…なつ先輩、お手。」
俺はついに先輩を手中に落とす事に成功した!俺が笑顔で手を差し出すと、まだ状況が飲み込めないのか、なつ先輩が戸惑いの表情で固まる。
「……っ」
こんな事したくはないが、なつ先輩には自分の立場を分かってもらう必要がある。もう俺からは逃げられないんだって。だから、俺はなつ先輩に《命令》した。目の前に跪かせ、犬の様にお手をさせる。
「ふふ、どうです?俺はこれからなつ先輩を自由に操って、色々させられるなんて最高に興奮していますけど…なつ先輩はどうかな?」
あぁ、興奮する!これからなつ先輩に何させよう…!させたい事は山ほどある。しかしなつ先輩はこの後に及んで、反抗的にこちらを睨んできた。
「お前、本当にいい加減にしろっ!」
「…なつ先輩ぃ〜、俺、今はちょっと怒ってて、その上、酷くするのも割と好きですよ?」
俺は芯のあるなつ先輩が好きだけど、今はそれが憎らしい。俺が手を伸ばすと、先輩は逃げようとする。しかしもうここまで来たら逃げられるはずがない。俺は先輩を無理矢理抱き寄せた。
「もう逃げられませんよ。アイツももう来れないし。」
猫を抱いてヘラヘラ笑うアイツが脳裏に浮かぶ。本当、邪魔ばかりされて苛々した。
「さて、それではなつ先輩…いっぱい我慢するのと、泣くほど気持ちいいの、どっちがいいですか?」
アイツの事を思い出したせいか、つい刺のある言い方になってしまう。俺の問いかけの意味を理解した先輩が、顔を青くして腕の中で小さく震えた。その反応は幾分自分の怒りを冷ます効果があった。
「はは…どっちもですか?」
あーもう、今のなつ先輩の顔。この顔だけでもたつ。ここまで長かった…。本当に長かったなぁ。
———-
夏目 奏(なつめ そう) I Tのエンジニアとして働いて10年弱、仕事は嫌いじゃない。ただ休日まで仕事だと、流石に歩みも遅くなる。
「はぁ…。雨が降りそうだな。」
ふと通りのショーウィンドウに目を向けると、冴えない自分と目が合った。せめてもと、俺は自分の寝ぐせのついた黒髪を撫でつけた。身長は平均から少し下、顔も没個性な平凡顔。そんな男が疲れた顔で寝ぐせをつけていたら余りに救いようがない。
「あ、なつ先輩。」
「お。おっす。佐倉も休出?」
後ろから声をかけられ振り返ると、社会人にしてはチャラついたイケメンが立っていた。佐倉 倫人(さくら りんと)。会社の後輩だ。
「いえ。会社に忘れ物して来ただけで、俺は今から帰ります。先輩は今日出社ですよね?お疲れーすっ。」
そう言うと、佐倉は小馬鹿にしたようにニヤリと笑った。
「…なんか、イラッとするな。」
俺がじろりと睨むと、佐倉は更に口の端を上げた。お得意のニヒルな笑みだ。
「ふふ、がんばでーす。なつ先輩、今日はイイ事あるかもしれませんよ。」
そう言い残し、佐倉は去っていった。いい事って…嫌味かよ。休日の会社で良い事もなにもないだろう。
そんなこんなで会社につき、俺はパチリとパソコンを起動した。
コンットットトット…
パソコンの起動を待つ間、机をコツコツと弾く。先程まで聴いていた音楽の音程が頭から離れず、指が自然と動いた。
「俺もその曲好きです。」
「!」
そうしていると、大柄なニコニコと人好きのする笑顔を浮かべる男に後ろから声をかけられた。権野 岳(ごんの がく)。人畜無害な笑みを浮かべるこの男は、スポーツドリンクのcmにでも出ていそうな、爽やかで甘いマスクが可愛いと大人気の後輩だ。
「本当に分ってんのかよ、何の曲か…。」
「えへへへ。」
ごんは、俺に相手をしてもらえる事が嬉しくて堪らない、といった様子で笑いながら自分の席についた。そんな姿はちょっと可愛くて、俺もつられて小さく笑う。
「よし!ごん、さっさと仕事終わらすぞ。」
「は〜い。」
俺は喝を入れるがごとく言うが、対するごんはへらへらと笑う。
そして今日の作業も終わろうとした頃の事だった。
「ごん…またExcelに変なマクロ仕込んだだろ。」
「え?何ですか?」
とぼけ顔で隣の席のごんが俺に振り向いた。俺のパソコンには《なつ先輩~そろそろ休憩しましょう~》と書かれたメッセージボックスが表示されていた。ごんはそれを見ると、悪戯っぽく歯を見せ笑った。
「あははっ、見つかった!」
「お前なぁ…。」
ごんはケタケタと笑う。俺はそんなごんを、呆れた顔で見返した。
「だいたいお前、このWBS入力ミスしているぞ。」
「え、そうですか?」
俺の問いかけに、ごんはぐいっと身を寄せ俺のパソコンを覗き込んできた。
「…。」
近づくごんに俺は身を引こうとするが、ごんの手が俺の椅子の肘掛に置かれており身動きが取れない。いくら可愛がっている後輩とはいえ、俺はその近さに居心地の悪さを感じ僅かにもじついた。
「あれ?確かに…なんで?」
ごん首を傾げて体をひねる。そのせいで、トンッとごんの程よく筋肉のついた引き締まった体が俺に触れる。
(近い…。)
チラリとごんを一度見ると、近距離での整った顔に思わず凝視してしまう。ちょっと大きめな口。高く通った鼻。マウスを操作する手も大きく骨張っている。ごんは可愛いとよく言われるが、全体的にやっぱり男らしからモテるのかなぁ。犬系男子ってやつ?そんな事を考え、俺はごんの横顔をついぼんやりと見つめてしまった。
「…ふっ、」
すると急にごんが吹き出した。
「?どうした?」
「いや、なつ先輩…めっちゃ見てくるなって思って。」
「……あ、ごめ…。」
画面から顔を上げたごんは俺の方を向き、らしくなくにやりと笑った。そして手を俺の肘掛から背もたれに移動させ、小首を傾げて俺の顔を覗き込んでくる。
「なつ先輩…俺にドキドキしちゃった?」
「っ…。」
アホかこいつ。冷静にそう思うのに、ごんが酷く雄っぽく笑うので、何故か俺は顔を熱くした。なに俺、乙女なの?
「…てかなつ先輩って、結構唇柔らかそうですよね。」
「!」
俺は思わず「きゃあっ」と言いそうになった。ごんが急にしっとりとした雰囲気をかもしだし、俺の唇に手を伸ばすからだ。触る気なの⁈
「っ、バカ!ごん!俺が休憩して戻って来るまでにそれ全部直しとけよ。」
「えー、なつ先輩!ごめんなさい、ふざけ過ぎました!」
寸の所でその手を押し留め、俺は無理矢理ごんを押し除け立ち上がった。ごんはすっかりいつもの調子に戻り、犬のようにピーピー泣き言を言う。そんなごんを残し俺は野外の喫煙所へ向かった。本当に…。こんなおふざけしている間にさっさと仕事を終わらせ家に帰りたいっての!
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