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初恋は遠くにありて想うもの 6

「へえ、そうだったんだ。克、よかったじゃない、ルームメイトがシロちゃんで。退屈しないですむでしょ」  森正は俺たちの会話に加わらずにマカロンをぼりぼりと食っていたが、その手を止めて千夏さんに視線を向けた。 「つうか、寮監督に頼まれたんだよ。二年の部屋なら空きがあったんだけど、同学年のが気楽だろうから寮長室に入れてやってくれって」  考えてみれば、この我が侭気侭ゴーイングマイウェイ男がよくそれを引き受けたものだ。俺だったら岸田さんに泣かれようが縋られようが、断固としてひとり部屋を死守する。  森正が引き受けたのは、ルームメイトとなる相手がかつてのライバルである俺だからだ。他の奴なら絶対に断っていたはずだ。  つまり俺にとってのこいつが特別なように、こいつにとっての俺も特別だ、ということだ。 「頼まれたからって引き受けるなんて、なんだか克らしくないね」 「転入してくるのがこいつだってわかってたからな。転入の願書みたいなのに、見覚えのある名前とマヌケ面が載ってたのを見たんだよ」 「ああ、それで。そうだよねえ。相手がシロちゃんじゃなかったら、ひとりのほうが気楽でいいものね。シロちゃん、克と一緒の部屋で大変じゃない? シロちゃんは神経がこまやかだけど、克は繊細さからほど遠いから」  千夏さんは柔らかなまなざしを俺に向けた。 「いや、そんな。弟さんにはいつもよくしてもらってます」  心にもない言葉がつるっと出てしまった。 「そうそう、いつもよくしてやってるよな」  いつもだったら調子に乗るな、と怒鳴っているところだが、千夏さんの前で弟さんを頻繁に怒鳴るわけにもいかない。  森正は濃いピンク色のマカロンを口に放りこんだ。可愛らしいフォルムと色彩を持った洋菓子は、がさつでいかつく武骨な男にはもったいない。森正みたいなのはうまい棒でも食っていればいいのだ。  だいたいそれは俺が千夏さんのために買ってきたものだ。なんでさっきからおまえがぼりぼり食っているんだ、と問いつめたいが、千夏さんにケチくさいと思われたくないので、言葉をぐっと呑みこんだ。 「シロちゃんのお母さん、いま上海にいるんだったよね。再婚されたそうだね。克から聞いたよ」 「あ、はい。再婚相手が今年から上海支社に転勤になったとかで、あっちまでついていったんです」  俺の母親はファッション関係の店をいくつか経営していたのだが、再婚するにあたって店の権利は人に譲渡してしまった。仕事が生き甲斐の人だと思っていたのに、最後の最後に女としての幸せを選んだ、というのが俺にはちょっとショックだったりする。 「お母さんに会いたくならない?」 「いや、もうそういう歳でもないんで……。旦那さんといちゃついてるところを見せつけられても、ちょっと気まずいし」  母さんからは『夏休みは上海で過ごしなさい』と再三言われていたが、俺はどうしようかずっと迷っていた。新婚さんラブラブモードの母親のところにお邪魔するよりも、寮に残ったほうがよっぽど気楽だったからだ。  森正が実家にこいと誘ってくれなかったら、上海にいくか、寮に残るかで悩んで、たぶん寮に残っただろう。

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