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第40話
まるで悪夢としかいいようのない現実味のない出来事。
だけど確かに現実だってわかるのはTシャツやズボンに粘っこく張り付いた俺の白濁で。
電車が揺れてまた動き出してしばらくして我に返って、早く電車から下りたくてたまらなくなった。
服を着替えたくてたまらない。
あんな最悪ヤローにイかされたのをそのままになんてしたくなかった。
早く着けよ!
イライラしながら次の駅に着くのを待って、扉が開いた瞬間に俺は駈け出した。
ちょうど降りた駅のそばにはデパートがあったから急いで入る。
メンズショップの階までエスカレーターを駆け上がって洋服を見ようと行きかけて、止まった。
「……俺……」
金…持ってない……。財布の中には確か1000円くらいしか入ってない。
この前ゲーム買って、雑誌買って、和たちと遊び行って。
小遣いもバイト代も入るのはまだ先。
「……ど、どうしよう」
1000円で一式そろえるなんて無理だよな?
古着屋とか?
考えようとするけど、冷静になれない俺はどうすればいいのかわからなくってパニクるばっかりで。
そうしているうちに、なんか自分がひどくくさいような気がした。
自分が吐き出した白濁が固まって匂いを放ってるような気がする。
気のせいのような気もするし、気のせいじゃない気もする。
「――……気持ち悪……」
ダサくて、情けなくて、最悪。
変態痴漢にイかされた最悪な変態は紛れもなく俺。
突っ立ってる俺を不審そうに若い男が通りすがりに見てきて、慌てて歩き出した。
だけど行くあてもない。
しょうがなく一番端にあった階段に座り込んだ。
うずくまって膝を抱えて、顔を伏せる。
気持ち悪い。
気持ち悪い!
最悪だ、とそればっかり頭ん中ぐるぐる回ってる。
なんでちゃんと抵抗しなかったんだろ。
あんな変態ヤローにヤられて。
でもそれもあのカップルが、あの匂いが優斗さんと同じだったから反応したっていうだけで。
そうじゃなきゃあんな変態ヤローに……。
ああああ!!!
くそっ!
まじで最悪だ。
こんなこと優斗さんが知ったらきっと……。
きっと――。
「……気持ち悪……い」
イライラ、むかむか、モヤモヤする。
「――君」
最悪、最悪さいあ――。
「大丈夫? 具合悪いの?」
「……へ?」
男の声。
顔を上げたら目の前に心配そうに俺を見ているスーツ姿の男がいた。
一瞬またスーツかよ!って内心思いながら、視線を返す。
「顔色悪いけど。医務室につれていってあげようか?」
歳は優斗さんと同じくらいかな。結構かっこいい、爽やかな感じの男だった。
「え、俺……ですか?」
思わず訊き返すと、その人は苦笑して頷く。
「そうだよ。具合悪そうにしてたから、どうしたのかなと思ってね」
あの痴漢ヤローのあとだからだろうか、優しく気遣われてるのに、なんか話しかけられるのが嫌だった。
「……だいじょうぶです」
俺……汚いし、放っておいてほしい。
視線を逸らして答えたら、「そう?」とそれでも心配そうな声が聞こえて。
そしてもう一つ足音が響いてきて。
「おい。なにやってんだ? 智紀」
別な男の声がした。
――……え。
それは聞いたことのある声。
まさか………?
「ああ、悪い。具合悪そうな子がいたからさ」
「具合……?」
声が近づいてきて、ばくばくと心臓が激しく動き出す。
嘘、だろ。
よりによってなんで、いま。
頼むから聞き間違いであってくれ――って、必死で願う。
だけど。
「……向井?」
俺に向けられた声。
それにゆっくり顔を動かすと……、やっぱり――。
「まつ……ばら」
3カ月ぶりに会う松原が立っていた。
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