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第6夜第6話

 黒崎修悟くん。  彼と大学に入って最初に友達になったと、捺くんが俺に入学した直後話してくれた。  それから実際俺がクロくんに会ったのはそれからしばらくしてちょうど今くらいの時期だった。  そのときは金曜で俺も捺くんもそれぞれ別口で飲みに行っていて、俺は0時くらいに同僚たちとの飲み会を抜け帰ろうとしているときに捺くんから電話があった。 『もしもーし、ゆーとさんー! おれ、なつー!』  明らかに酔っぱらった声がハイテンションで、そのときはよっぽど楽しく飲んでるんだなと微笑ましい気持ちになった。 『ねー、ゆうとさんいまどこー? 俺、もーあるけないからー、いっしょかえろー』  珍しく泥酔しているらしい捺くんに笑いながら頷いて迎えに行った。  てっきり一人でいると思っていた捺くんは一人じゃなく、背の高い青年に支えられていた。  黒い短髪の精悍な青年。  それがクロくんだった。  捺くんの友人だということは一緒にいることでわかったから、どうしようかと迷う。  俺は男で、親類でもないのに迎えにくるなんてどんな関係だろうと不審がられないかと心配だった。  だけど俺に気づいた捺くんがいきなり抱きついてきて甘えてきて焦る。 『ゆーとさん、すきー!!』  俺の首にしがみつく捺くんを宥めていたら、ふとその背後に立つクロくんと視線があって―― 『すいません、先輩たちがこいつが酒強いっていうから潰そうとしてたくさん飲ませたんです』  と、真面目そうな風貌通り冷静な口調で説明してくれた。 『そうだったんですか』 『ゆーとさーん! ちゅーしよーよ!!』 『な、捺くん』  人目もはばからずキスしようとしてくる捺くんに焦ってると吹き出す声が聞こえ、視線を向ければクロくんが笑っていた。 『おい、捺。優斗さん困ってるだろ』  初対面のはずなのにまるで前から知ってるかのように俺の名前を出して俺にしがみつく捺くんの頭を叩くクロくん。 『ってぇ! なんだよークロー! おまえとっとと帰れー』  そこで俺は彼が噂のクロくんなんだと知った。 『お前こそさっさと帰れ、酔っ払い』 『かえるし! ゆーとさんと一緒にかえるし!』  ねー、とぐだぐだの状態の捺くんに苦笑いをするしかできず、そして戸惑ってもいた。  クロくんは捺くんが俺にまとわりついててもまったく気にした様子がない。  まるで俺達の関係を知っているかのよう。 『俺、タクシー止めてきます。終電まだ大丈夫だけどその調子じゃ無理でしょ』  俺が頷く間もなくクロくんはすぐにタクシーを止めてくれた。  お礼を言って捺くんと乗り込みクロくんと別れ、そして次の日俺が疑問だったことを二日酔いで頭を抱えていた捺くんがあっさりと告げた。 『ああ、クロは俺と優斗さんの関係知ってるから』 『え?』  驚く俺にソファーでごろごろしながら捺くんは笑う。 『あいつさゲイなんだって。それで俺が優斗さんといつも電話で喋ってんのとか、雰囲気で気づいたっていってた』 『……ゲイ』  俺と捺くんだって男同士だし、それにもともと偏見とかはない。  それでも捺くんの身近にいたということにわずかに驚きはした。 『ちゃんとトップシークレットだってクロには言ってるからさ』  人差し指を口元にあててウィンクしてくる捺くんに笑い返し――クロくんのことを思い返した。  口の堅そうな青年だったから大丈夫だろう。  そのときはただ単にそう思って、そして次に会ったとき――。 『あの夜はじめて会ったとき思ったけど、やっぱり――』  いまでも首を傾げおかしそうに笑ったクロくんを昨日のことのように思い出せる。 『あなたと捺って全然似合ってないですよね』  そう、言われたことも。  待ち合わせしている駅近くの書店に向かいながら憂鬱なため息が落ちた。  大人げないと思うけれど、できればクロくんが帰っていればいいのにと思ってしまう。  でもきっといるだろう。  こうして待ち合わせをしたとき、それがバイト終わりじゃない場合クロくんがいることがよくある。  家で過ごしていたってメールや電話もよくある。  親友だから仕方ない――いや、おかしくないんだけれど……。  前方に見えてきた書店に足を速めるでもなくゆっくりと向かう。  自動ドアを抜け店内に入り、視線を巡らせて捺くんと、その隣に立つクロくんを見つけた。  捺くんよりも高い身長。  ふたりでなにかの雑誌を見ているらしくクロくんは捺くんを見下ろしなにか喋っている。  同じ年だし当たり前なのかもしれないけれど二人が並ぶ姿は違和感などなにもない。  普通に仲良さそうな友達に見える。  別に気にかける必要もないのに。 『俺、聞いてみたいことがあったんです。捺って――』  もう二年近くも前の話なのにいまだに思い出しては胸に靄がかかる。  きっとあの日、あの居酒屋で三人で飲むことがなければなにも思うことはなかったのに。  声をかけなければいけないんだけれど気が重く、立ち止まっているとふとこっちを見た。  ――クロくんが。  目があったクロくんは、俺から視線を逸らし親しげに捺くんの耳元に唇を寄せる。  なにか言い、それに捺くんが眉を上げて……怒ってるように見えた。  俺が来たことを言ったわけじゃないことを察し、このままここにいても仕方ないので二人の元へと向かった。 「クロ! お前、まじでバカじゃねーの!!」 「……捺くん」  なにを怒っているのか声を荒げてる捺くんに後ろから声をかける。  特に大きくもない声で言ったから気づかないかなと思ったけれどすぐに捺くんは振り返った。 「優斗さん! お疲れ!!」  一瞬で満面の笑顔になる捺くんにホッとする。 「お疲れ様です」  片手に雑誌を、片手をポケットに入れ口角を上げるクロくんに――笑みを返す。 「久しぶりだね、クロくん」 「あー、俺よりさきにクロに声かけたらだめ!」   クロくんを押しのけて俺の横に並んでくる捺くんに自然と気持ちが緩む。  捺くんは"クロくんを見ていない"、だから、大丈夫だ。  それに――。 「うるさい、捺」  クロくんが雑誌で捺くんの頭を叩く。  それに捺くんがムッとしたように睨んだとき、携帯の着信音が鳴りだした。  クロくんの表情が歪む。  反して捺くんは今度は挑発するように笑いながら「ほら早く出ろ」と言いだす。  おそらく着信音で誰かわかるようにしてるんだろう。  舌打ちしたクロくんが捺くんと俺を見てから、 「じゃあお先に失礼します」  そう言って軽く頭を下げると携帯を耳にあてながら書店を出ていった。  ――朱理、と去り際に電話に出たクロくんが言っているのが小さく聞こえた。  あっさりと去っていったクロくんの後ろ姿を見ていると袖を引っ張られる。 「優斗さん、なにクロのこと見てんの」  拗ねたような表情で俺に視線を向けていた捺くんに口元が緩んだ。 「いや、クロくんにちゃんと挨拶できなかったなと思って」 「別にいいよ、あいつに挨拶なんて」  素っ気ない口調に苦笑しながら、気になったことを訊いてみた。 「いまクロくんにかかってきた電話って……」 「あの着信音は朱理」 「ふうん」 「なに、なんで? クロのこと気になるの!?」 「違うよ」  笑いながら「行こうか」と促して書店を出た。  ヤキモチを妬いてるらしい捺くん。  妬く必要ないのにとだけれど安堵して、そして本当にずっと付き合っているんだなといましがた去っていったクロくんの姿を思い出した。  "朱理"。  それはクロくんの恋人の名前。  捺くんとも友達らしく同じ学部だと言っていた。  クロくんには恋人がいる。  もうずっと昔からの長い付き合いの。  だから心配する必要なんて本当はない――……はずなんだけれど。 「優斗さん、腹減ったよね? なんかメシ食って帰る?」  少ししてまだクロくんのことをぶつぶついいながらも捺くんが心配そうに訊いてきて、 「適当に買って帰ってから食べるよ。はやく捺くんとゆっくりしたいし」  笑って答える。  駅に入り際、人目を盗んでさりげなくその手を一瞬握りしめて。  途端に満面の笑みになる捺くんに、どうしようもなく愛おしさを感じる。  なのに――心の端ではやっぱりクロくんの存在が引っかかる。  恋人からの電話に嬉しそうな気配どころか逆に不快そうにするんだろうか?  たとえ恋人がいたって、他に好きな相手が出来る場合だってあるんだ。  もう捺くんがクロくんと知り合って二年以上経つ。  その間なにもないようだから俺の勘違いなのかも、しれないけれど。  あの日、居酒屋でのクロくんとの会話をいまだに俺はクロくんと関わった日には思い出さずにはいられなかった。  二年前、初めてクロくんとあった翌週の土曜日。  クロくんがぜひ俺も一緒に食事でも行かないかと誘ってきた。  俺が行ってもいいのかと迷いもしたけれど捺くんもクロくんを紹介したかったみたいで三人で食事にいくことになった。  二人が気が合うというのは一緒にいてみてよくわかった。  二人とも楽しそうに会話をしていて、もちろん俺もそれに参加して、捺くんにいい友達ができてよかったと、そう思ったんだ。  そのときまでは、ただ単純に。

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