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第6夜第8話

「うわーきれー!」  部屋に入ったら窓の向こうに広がる一面の海にさっそくバルコニーに出た捺くんが海を見て叫んだ。  気にいってくれたらしい様子にホッとしながらその隣に並ぶ。 「結構いいところだね」  手すりに腕を乗せ決して涼しいとは言えないけれどそれでも爽やかに感じる海風を感じながら捺くんに笑いかける。  お盆に入った週末から俺達は2泊3日で旅行に来ていた。  捺くんが高校卒業してからもう何回目になるかの旅行だ。  盆明けすぐに捺くんは2週間のインターンシップが入っている。  だから今回は近場にしようかと思っていたけど旅行雑誌を見ていたら捺くんが行ってみたいといった旅館があって、予約がたまたま取れたから九州まで足を伸ばすことにした。  飛行機で来てレンタカーで温泉地まで行った昨日は温泉街で入湯手形を購入し温泉巡りをした。  宿泊した宿は部屋についている露天の他にも貸切風呂があって、昨日は1日中お湯につかっていたような気がする。  今日は早くに起きて下道をドライブしてきた。  珍しい味のソフトクリームやお土産を物色しながら移動して今日泊るホテルにチェックインしたのは4時だった。  今日は昨日と違ってヨットハーバーに面して立つリゾートホテルだ。  オーシャンビューのホテルの室内はバリアフリーで広々としてシンプル。  天蓋付きのベッド、角部屋だから二面が窓になっているのと白を基調としているから光と清潔感に溢れている。 「夜は花火が上がるらしいよ」 「ほんと!? うっわー、めちゃくちゃ楽しみ!」  ちょうど前の港で地域の花火大会が予定されていて、このホテルを予約することにしたのもそれが一因だった。  せっかくならなにかプラスαがあったほうが思い出にもなるだろう。  バルコニーにはチェアとミニテーブルが設置されていてゆっくり過ごせるようになっていた。  いまはまだ暑さのほうが勝つけれど夜になればちょうどいい具合に外で過ごせるだろう。  暑い日差しにに目を細めながら遠く水平線がきらきらと光輝いている様子を眺めた。 「なんかさお酒とか買ってきて、飲みながら見ようよ」  手すりに腕と顎を乗せていた捺くんが俺に視線を向けて楽しそうに目を細める。 「絶対美味しいと思う!」 「いいね。でもあんまり飲みすぎないように」  もともと捺くんはお酒は強いほうだけれど、結構ハメを外すことが多い。  捺くんが言うには俺と一緒だから飲みすぎるとか言うけれど、俺がいないときも泥酔しているときもあるし正直ちょっと信用できない。  この前もひどい二日酔いになっていたし、この前は――。 「気をつけますー!」  いくつか捺くんの失態を思い出していれば俺の思考を読み取ったかのように捺くんが苦笑した。 「うん、気をつけて。明日もまだ旅行中だからね」 「はーい」  明日は最終日になるし、レンタカーはチェックインする前に返却してきたし運転することはないけれど帰路につくのは最終便だったからそれまではいろいろと見て回る予定だ。  二日酔いになればその分きつくなるだろうし、俺もほどほどに控えようと思いながらも捺くんの提案に夜の花火が一層楽しみになった。 「これからどうする?」  今朝は早くから行動をはじめた。  捺くんは大学受験が終わってすぐ免許を取ったから交代で運転してきて、お互いそれなりに疲れたといえば疲れてはいる。 「んー、そうだなー。1、2時間休んで、夕方から出ようか? 夜ごはんにラーメン食いに行こうよ。そんで酒買って帰ってこよう」  ラーメンラーメン!と旅の目的のひとつでもある食事に気合が入っているらしい捺くん。 「そうだね」  いろいろと雑誌をチェックしていた捺くんを思い出してこっそり笑いながら頷いた。  それからしばらくゆっくりと風景を楽しんでから室内に戻った。  予定通り日が傾いてきたころホテルを出た。  隣接しているアウトレットモールを散策したあと食事に向かう。  ずっと食べたかったらしいラーメンを替え玉までして食べて捺くんは満足そうだった。  そしてコンビニでアルコール類を物色。 「これとこれとー」  買い物カゴに缶チューハイなんかをどんどん放り込んでいく捺くんに苦笑する。 「捺くん、買いすぎ」 「えー? これくら平気!」 「明日二日酔いになっても知らないよ」 「缶チューハイくらい平気平気」 「あ、そうだ。おつまみも買おうよ。どれがいいかなー。あ! これ食いたい!」  地域限定のお菓子を見つけたらしく目を輝かせてカゴに入れてる。  大人になったなと思うときも多いけれど、こうして子供っぽいなと思うときもある。  どちらも俺にとっては好きな捺くんであることには変わりないけれど、少しだけ――……。 「ねー、優斗さんは? どれがいい?」  いくつかおつまみを見せてくる捺くんに笑って、じゃあこれとカゴに入れ買い物を済ませた。  立ち寄ったコンビニはホテル近くだったから歩いて戻る。  部屋に着いたのは8時頃だった。  アイスペールに氷を入れて、皿におつまみを盛って、冷蔵庫から冷えたグラスを取り出して。  花火が始まるのが8時半で、準備しているうちに開始時間にさしかかってバルコニーに出た。  小さいミニテーブルに用意したものを置いて、グラスにいっぱいに詰めた氷の上にお酒を注いでいく。  陽が落ちて暗い空。  だけど暑い空気は変わらない。  バルコニーから下を見れば花火目当てにたくさんの人が集まってきていた。 「なんかいいね。みんなぎゅうぎゅうで見てんのに俺達はここでゆーっくりできて。すっげぇ特等席って感じ」 「そうだね」  誰にも邪魔されずにふたりだけで見ることができる。  部屋のバルコニーだから誰か入ってくることもない。 「ゆーとさん」  花火そろそろかなぁ、と海に視線を向けていたら腕を突かれて横を見る。  ふっと唇に捺くんの唇が触れてきた。 「な、捺くん」  少し慌てて顔を離してしまった。  確かに俺達二人だけ、だけれど、俺達と同じようにバルコニーに出ているホテル客も少なからずいた。 「へーきへいき。隣の部屋は出てきてないしさ。下からだって見えなし」  悪びれもせずに捺くんは笑ってもう一度唇を寄せてくる。  下唇を甘噛みしてくる捺くんにそそのかされるように俺も舌を伸ばす。  絡み合う舌の熱さにのめり込みかけた。  捺くんの腰に手を回し引き寄せたところで空を揺らす大きな音が響いてキスは中断された。  花火を待っていたはずなのに離れていく唇にほんの少し寂しさを感じる。  捺くんはあっという間に花火に気を取られてしまったようで、 「始まった!!!」  嬉々として叫ぶと歓声を上げて空を見つめた。  物足りなさを感じたのは俺だけか、と自分に苦笑しながら空を見上げる。  夜空に輝く様々な色。  華やかに彩られ、消えては新しく花開いて瞬きも忘れてしまう。 「綺麗だね」 「うん!」  大きい花火大会ではないようだったから花火の上がるペースはわりとゆっくりめだけれど花火の綺麗さは変わらない。  しばらく立ったまま見ていたけれどミニテーブルに用意しているお酒やおつまみを思い出してイスに座った。  グラスを傾けて喉を潤す。  氷をたくさんいれておいたおかげで冷え切ったお酒を飲みながら花火にくぎ付けになっている捺くんの姿を眺めた。  夢中になってくれている姿を見ると来てよかったなと安心する。  花火と捺くんと、せっかくだし写真を撮っておこうかとポケットを探った。  空のポケットに室内に視線を走らせる。  窓際のテーブルに携帯やデジカメを置きっぱなしにしていた。 「デジカメ取ってくるね」 「うん」  バルコニーから室内に入るとエアコンがよく効いていて、改めて外が暑かったと気づかされる。  デジカメを取ろうと手を伸ばして――俺の携帯のそばに並ぶように置かれていた捺くんの携帯が振動しだした。 「……」  着信かメールか。  小さく表示された名前に、無意識にため息が出た。  ――……なんでわざわざお盆なのに連絡をしてくるんだろう。  用事があるから連絡してくるんだろうし、彼は捺くんの友人なのだし変ではないのだけど。  自分の心の狭さに呆れながらタイミングの悪さを呪いたくなる。  そして――年甲斐もなくクロくんに対してどうしようもなく苛立ちをも覚えてしまう。  今度は意識的にため息をついてデジカメを取るとバルコニーに出た。 「あー、喉渇いたぁ」  窓を閉める音に振り返った捺くんが「あちー」と手うちわで仰ぎながらイスに腰掛ける。  たくさんの水滴を浮かび上がらせたグラスを持って一気に半分ほど飲んでいる捺くんを見つめた。  よこしまな独占欲が沸きそうになって視線を逸らせデジカメのスイッチを入れ花火を撮ることにした。  見たままそのままには残すことはできないけれどそれでも綺麗に写せた花火の画像を確認してるといつの間にかグラス片手に隣に来ていた捺くんがデジカメを覗き込んだ。 「よく撮れてる」 「捺くんも一緒に写してあげようか?」 「えー。いいよ。優斗さん撮ってあげるよ」 「いや、俺もいいよ」  笑いあいながらなんとなく写す写らないと軽く言い合いながら適当にシャッターを切っていた。  画面に見切れてしまうような写真も撮れたりしたけれどそれもまた楽しくもある。  捺くんの携帯にクロくんからの連絡があったことは些末なことで、こうして捺くんが笑っていてくれればどうでもいいことだと思えた。  気にしすぎ、だと飲みかけの捺くんのお酒を少し貰いながら飲んで、花火を見ていたら――。 「俺も写真撮ろうかなー」  携帯どこだっけ、と捺くんがポケットを探りだした。  なんでだろう。  一回りも年上で、大人になったつもりなのに。  一回りも年下の、大人になりかけの彼よりも子供じみた行動をとってしまう。  社会ではそれなりにうまく立ち回れるようになってきたと思えるのに、なんで彼の前でだとダメになるんだろうか。 「……捺くん」  携帯を部屋に置いていることを思い出した捺くんが取りに行くため窓を開けようとした瞬間、その腕を掴んで引き寄せた。 「優斗さ……」  窓に捺くんの身体を押し付けて開いていた唇に舌を差し入れる。  驚きに反応が出来ずにいる捺くんの咥内に舌を這わせ、舌に絡みつかせた。

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