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第1話(マイク)

ニューヨークの片隅で花屋を始めてそろそろ10年になる。 昔から祖母の影響で植物が好きだった。 ナチュロパシーを大学で研究した後に、花屋を経営しながら二階の住居兼研究室で好き勝手に薬草を育てている。 中には違法スレスレな薬草もあるのはここだけの秘密だ。 俺の名前はマイケル・バーンズ。友達は皆んなマイクって呼ぶ。 32歳、男性。独身、中肉中背、恋人無し。 元々はイギリスの出身。祖父が中国人だったからアジア系の血も入ってる。黒茶色の髪、黒い瞳。 平凡過ぎるニューヨーカーだ。 ただ、恋人無しはそろそろ卒業する事になる。 俺の人生が180度変わるような、スペシャルな出会いが今日、唐突に訪れるからだ。 朝は至っていつも通り。 花屋ってのはとにかく朝が早い。 店のオープン前の朝7時には生花市場から仕入れた花が届く。 6時前にはシャワーを浴びて、シリアルにミルクをかけただけの適当な朝食を食べて、身支度を済ませて一階にある店舗へ降りた。 シャッターを開けて、木枠のガラスドアの鍵を開けたら1日が始まる。 その日は、日差しが暖かくて気分が良かった。 花の手入れをしていると、チリンチリンとドアベルが鳴った。 少しだけ寂れた木枠のガラスドアがギシっと軋んだ。 「いらっしゃい」 そう声を掛けて振り返るとモデルのようなスタイルの長身男性が入ってきた。 肩の三角筋から上腕二頭筋は服の上からも分かるほど立派だ。 胸板から腹直筋まで流れるような逆三角形のプロポーション。スラリと長い足。 輝く金髪、大きなブルーの瞳。鼻筋が通った上品な顔立ち。 男性も振り返って見惚れてしまうような男性らしい美しさ。 マイクは一瞬だが見惚れしまった。 「やぁ、、、」 美しい男の第一声は、どこか頼りなげだ。 「花屋なんて入ったのは久しぶりで、、、」 少しだけ下がっている目尻が更に下がった。 「花束を買いたいんだが」 「贈り物?それともご自宅用ですか?」 マイクは慌てて接客用の笑顔を引っ張り出して笑った。 「自宅用に。花を贈るような相手はいないから自分用に」 彼から花を贈られたらどんな女性も、すぐ虜になりそうだと思った。 いや、男性もか? 「どんな花が良いですか?品種や色は?」 「花は詳しくないんだ。君に任せても?」 「ok!じゃあすぐに。切り花で良いですか?花瓶のサイズは?」 そう尋ねると、また彼は目尻を下げて笑った。 「花屋に入っておいて言うセリフじゃないけど、家には花瓶が無かったな」 笑顔が優しい人だな。マイクはそう思った。 老若男女を虜にしそうな美しい男は、気取った感じの無い誠実そうな男のようだった。 「最近、仕事で色々あって自分の為に何かしようと思ったんだ。自分で自分を癒そうと。 この店が目に入って、たまたま立ち寄ってみたんだけど花なんて普段から買わないから花瓶が無い事にも気付かなかったよ」 「花瓶はここでも買えるけど、小さな鉢植えもありますよ?」 マイクは店の隅にある10cm程の小さな陶器の鉢植えを手に取った。  「あなたを癒す」 白い花びらと黄色い花托(かたく)が可憐な小さな花。カモミールだ。 「カモミールのlanguage of flowers。花言葉です」 「地味かもしれないけど、すごく良い香りでハーブティーとしても有名な花です」 「すごく綺麗だ」  白い小さな花が、鉢植えに10輪ほど咲いている。 「これをいただくよ」 彼はマイクの提案を気に入ってくれたようだ。 「じゃあ、ラッピングするので少し待って」 「ありがとう」 彼は店内の花を見渡している。 それだけで絵になる男だ。 モデル?俳優?一体全体、こんなイイ男はどんな仕事をしているのか? マイクは好奇心を抑えるのに必死だ。 「お待たせしました。18ドルです」 「ありがとう」 彼は20ドル札を渡す。 花を受け取ると、一瞬躊躇うような仕草の後 「僕はスティーブ。スティーブ•ワイルド」 手を差し出され握手を交わす。 「俺はマイケル。よかったらまた寄って」 「花瓶を買ってまた来るよ」 「ぜひ!」 そう言うと彼は小さくて可憐なカモミールを大事そうに持ち帰った。 少しだけ、あのカモミールが羨ましいと思ってしまった。 マイクは32年の人生で、未だかつて男性を恋愛の対象にした事のない異性愛者だ。 少なくとも今まではずっとそう思ってきた。 だからこそ、今のまるで恋するティーンエイジャーのようなトキメキに戸惑っている。 彼はまた来ると言ってくれたが、もう一生会えないかもしれない。 連絡先を聞くべきだったか? 「いや、普通に俺なんかに連絡先聞かれても困るだけだろ」 スペシャルなイケメンは本当に老若男女を虜にするのかもしれない。

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