8 / 69
第8話(スティーブ)
実は、マイクとは花屋で会うより前に一度だけ出会っている。
ただ初めて会った時、マイクは僕の存在には気付いていない。
ニ年前、ある研究者の救出要請を受けた。
場所はメキシコ。
標高1,800-1,900mの高原に位置するケレタロシティにある研究者の自宅兼研究室だ。
研究者の名前はリカルド•アスナール博士。
有名なバイオ研究者だ。新薬のデウス(ラテン語で神)と呼ばれる薬を開発していた。
デウスは人の細胞を活性化させ加齢によって弱っていく肉体を回復させる新薬だ。
まだ臨床段階だったが、WIAは彼の研究へ多額の投資を行っていた。
極秘扱いだったこのデウスの情報が、何者かの手によってメキシコの麻薬カルテルに売られた。
そして、メキシコ最大の麻薬カルテル「ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン」がデウスに目をつけリカルド博士の自宅兼研究室を襲撃した。
そしてリカルド博士の妻マリアナと4歳になる娘モニカは、襲撃に巻き込まれた。
スティーブが現場へ急行した時はすでに、自宅と研究所は炎上。
ハリスコの残党を倒して、救出に向かったがリカルド博士と妻マリアナは既に死亡していた。
現場には娘モニカだけが、茫然自失し両親の遺体を前に立ち尽くしていた。
スティーブはモニカをそっと抱き抱える。
掛ける言葉が見つからなかった。
スティーブはモニカと、デウスの研究資料を救出し本部へと帰還した。
その後、どうしてもモニカの様子が気になり分析官に頼んで居場所を聞いた。
ニューヨーク郊外にあるマリアンヌ福祉施設にモニカはいた。
事件のショックから一時的に失語症を患っているとファイルにはあった。
児童福祉施設は、3歳〜14歳までの総勢20人が暮らす。
様々な理由で両親を亡くし傷付いた子供達がいた。
専属のドクター、カウンセラー、看護師が付いている充実した施設だ。
電子鉄格子の入り口で、インターフォンに名前を告げた。
アポイントを取っておいたので、ゆっくりと入り口が開いた。
エントランスに近づくと、明るい子供達の笑い声と嬌声が聞こえる。
そっとエントランスのドアを少しだけ開けて覗き込むと花の良い香りがふわっと香った。
子供達の輪の中心には、小さなブーケを入れた大きなバスケットを持った男が1人立っていた。
男は楽しそうに花束を子供達に渡す。
花束を選ぶ子供達の中にモニカを見つけた。
「マイク、ありがとう!!」
モニカはピンク色の花束を選んで嬉しそうにハグをした。
マイクと呼ばれた男はモニカの頭を撫でる。
「この小さなピンクの花は、千日紅。「変わらぬ愛」「不朽」「変わらない愛情を永遠に」って意味があるんだ。きっとママとパパにもモニカの心は届くよ」
優しい笑顔だった。
黒い濡れたような瞳が印象的な男だ。
黒茶色の柔らかそうな髪。
笑うと目を細める。
モニカはもう一度マイクにハグをすると、足取りも軽く奥の部屋へと消えて行った。
スティーブが救えなかったモニカの心を、あのマイクという男は救っていた。
スティーブは、そっとエントランスのドアを閉めた。
モニカへの贈り物は、エントランスの外にある受付兼警備に預ける事にした。
自分は、無力だと感じた。
ともだちにシェアしよう!