2 / 5

愛が要らなくなった話

「…梓。お父さんを……、お願いね…」 なんでだよ 「あの人は………寂しい人なの…」 嘘だよ、そんなの 「だから、ね………?お母さんが、居なくなったら…お父さんを………お願い、ね…」 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ 「愛してるわ、私の…あず…………」 いかないで 「…お母さん…」 ───…ヴー、ヴー… スマホのバイブ音で目が覚めた。懐かしい夢だった。 頬を温かい水がつたって枕を微かに濡らしていた。 あぁ、クソ。腫れてねぇだろうな。身体を起こし、スマホを手にして洗面台に向かった。 鏡を見れば寝起きの自分が居た。あぁ、酷い顔だ。 そういや無駄に6連勤とかやったっけな。オーナーからせがまれて。やっと手に入れた4連休だし寝倒してやろう。 顔を洗い、タオルで顔を拭いた。多少スッキリした。ふと鏡に映った自分の目と目が合った。 幼い頃に大好きだった母は大病を患いこの世を去った。父は忙しさもあったかららしいが滅多に家には帰らず、たまに帰宅しても母には冷たかった。 鏡に映った自分の顔を指でなぞる。 母は純粋な日本人で、笑顔が絶えない明るく綺麗な人だった。 父はロシアとのハーフで、よくは知らないが富豪の御曹司とか。唯一覚えているのはガラス玉のような青い瞳。あの瞳が綺麗で冷たくて大嫌いだった。 そんな2人の間に産まれた俺は、有り難いことに母にそっくりな容姿を受け継いで顔には誇りを持てた。ただ唯一、この忌ま忌ましいガラス玉のような青い瞳を除いて─…。 「ハッ……気持ち悪ぃ目ん玉。」 鏡に映るその目を見て誰に届くわけでもなく嘲笑して洗面台を出た。 ─ヴー、ヴー、ヴー、ヴー スマホが鳴った。バイブ音からして着信だったが営業用ではなく、プライベート用が鳴っていた。誰だ?と思いながら手に取れば画面には オーナー の文字。 「はい?何の用です、オーナ…」 「アズぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!やっと出た!!!!!!!」 出た瞬間叫ばれて、驚いて思わずスマホを落とした。耳痛ぇよ、馬鹿じゃねぇの。 「うっせ…」 スマホを拾い顔をしかめてから耳に当てる。 「うるさかった!?ごめんよ〜!」 オーナーが縋るような声を出す。嫌な予感しかしないな。 「オーナー、俺6連勤明け…」 「今日、室田さんがお前指名でVIP開けろって言うんだよ〜!」 遮ってきやがった。おい、勘弁してくれよ。6連勤終わって今日から4連休入れたとこだろが。寝かせろよ。 「…………。」 「頼むよ〜!アズ〜!!」 「はー……。」 「……来てくれる…?」 嘘泣きが解りやすいオーナーだこと。室田さんは俺の太客も太客で大富豪の奥様だ。この人は気まぐれに呼びつけて来やがるから困る。ただ酒は毎回、店の一番高いものをキャスト全員に奢るからオーナーも必死だ。 「…………行くしかねぇだろが。」 「っはぁああああああありがとう神様アズ様ぁああああああ!!!!!!!!!!!!」 「うっせぇな、レオは?出勤?」 「お前、ホントにレオお気に入りだね。」 「…まぁ。頑張ってるし?」 レオは店のNo.2。 一昨年入店して、俺が教育係に任命されて育てたホストだ。物覚えと容姿の良さで半年でNo.2まで上り詰めて、それ以来ずっと俺の後ろを走ってる。 ちょっとだけ、家の境遇が似てるって話してから懐かれた。家の事も背負って頑張ってんだ。可愛がりたくもなるだろ。 まぁ、テッペンは譲らねぇけどな。 暫く黙り込んでるオーナーに気付いた。 「オーナー?」 「………。」 「……おーい?」 「…梓。」 急に本名で低音の声に呼ばれ電話越しに身体がビクつく。 「…なに、凌。」 本名で呼びやがるから呼び返してやった。 「……お前、レオと寝た?」 はい? 眉間にシワが寄る。何て? 「なに?」 「いや、レオと…」 「馬鹿じゃねぇの。」 可愛がってるだけでなんでそうなる。 「寝てないんだ?」 「寝てねぇよ。そんな心配より下位の奴らちゃんと見張れよ。」 ナンバー無し組が怪しい事やったりしてるのを耳にしたりしてる。店の品格を下げられるのは嫌いだ。俺に茶々入れる前にそっちをやれと注意したが凌は黙り込んでる。 どうも様子が変だ。 「おい、そろそろ切るぞ。」 「なぁ、梓。」 「…んだよ、お前今日なんかおかしい……」 凌が変な事を口走りそうな予感がした。 「いつんなったら俺に愛されてくれる?」 凌は、俺が19の時にこの道を教えてくれた男だ。 フラフラ夜遊びしてるのをスカウトされた。当時の凌はこの店のNo.1だった。 黒髪が綺麗で漆黒の瞳が憧れだった。 スマートな客への対応。 ガキの俺にも大人と同じように接して、悪いことは叱り、礼儀を教えてくれた。 家の寂しさも此処じゃ忘れられたし、何より客からの必要とされてる感が堪らなかった。 それから、凌の傍にいるのは居心地が良かった。 それからあっという間に俺がナンバー持ちになり、凌はオーナーから引き継ぎ、この店を任された。 忙しさにかまけて見ないふりをずっとしていた。 凌の俺への視線。 懐く猫を愛でる視線が最初で、嬉しい反面ペット扱いすんなって突っぱねた。 いつからか、それが身体をなぞるように熱がある視線になった気がした。 凌との関係を崩したくなくて逃げていた。 凌への気持ちは、そんな甘いやつじゃないって解ってたから。 「梓。お前、気づいてたろ?俺の気持ち。」 「…止めろ…もう、切るぞ。」 「なぁ、梓。俺ほんとにお前を愛…」 「止めろ!!」 ─ブツッ 聞きたくなくて電話を切った。 愛とか知らねぇよ。そんな得体のしれないもん俺にぶつけてくんな。 再び鳴るスマホを無視してVIP様の為に出勤準備を始めた。 身支度が済んだ時にまたスマホが鳴った。いい加減しつこい。言い合いしたから多分、ちゃんと出勤するか不安なのかもしれない。出たくないけど出た。 「凌、しつこい!ちゃんと行くから…」 「………あずさん?」 ん? 耳からスマホを離して画面を見る。 画面には「ライオン」の文字。 再び耳にスマホを当てる。 「………レオ?」 「はい、レオです…。」 ……最悪だよ、馬鹿野郎が。 ドアにもたれ掛かって項垂れた。 「えっと今日…VIPの室田さんが……」 気まずそうにレオが喋り始めた。突っ込まないで居てくれたみたいで安心した。 「あぁ、うん。聞いた。行くから宜しく。多分お前も呼ばれる。」 「あ、はい!」 「じゃ、後でな。」 電話を終わらせて家を出る。レオと話したからか少し苛ついた感情が治まった。アイツ、マイナスイオンでも持ってんじゃね? 「はー……散々だわ。」 ボソッと呟き店へと向かう。 きらびやかな気持ち悪く明るいネオン街が俺を今日も出迎える。 愛なんか要らない。 母さんは父さんに愛されたくて笑顔で涙を隠して壊れてしまった。 父さんは俺にも母さんにも愛をくれなかった。 母さんだけが俺に愛をくれた。そして愛を残して去っていった。 だから愛なんか要らない。 愛され方が解らない。 愛し方も解らない。 上っ面だけで梓じゃないアズを愛してくれるこの仕事は丁度いい。 愛し方も愛され方も解らない俺には そんな得体のしれないもん 要らない。

ともだちにシェアしよう!