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ニンゲン1

 昔から、世界の最果てに住む竜は、それはそれはとてもわるい存在と言い伝えられていました。  この世の全ての災厄はわるい竜が(もたら)すものと考えられており、子どもが悪いことをしたときには「わるい竜に食べさせるよ!」と言うと、どんな悪ガキも震え上がり泣いて許しを乞うほど恐れられていたのです。  その年、大陸は未曾有の危機に瀕していました。  日照りが起きたかと思うと今度は水害。地震が頻繁に発生し、火山が噴火。蝗害に苦しみ、巨大な雹が降り注ぐ……人々は、これはきっとわるい竜の仕業に違いないと口々に語り合ったのです。  人知を超える災害をどうにかすべく、各国の王が集まって会議が行われました。  長きに渡る話し合いの結果、竜の心を鎮めて世界の安寧を取り戻すために、生贄を差し出すことが決まります。  世界を救う為の犠牲として選ばれたのは、わるい竜が住むと言われる大森林に程近い、とある辺境の地に暮らす浮浪者でした。  浮浪者は幼いころに二親(ふたおや)を亡くし、ほかに身内もいなかったため、以来一人きりで生きていました。  住むところを失い財産もない彼は、集落の外れに打ち捨てられたボロ小屋に住み、僅かに実る野山の幸を採取し、たまに低賃金の日雇い労働などをして、なんとかかんとか生きながらえてきたのです。  わるい竜の犠牲になっても誰も悲しまず、いなくなったとしても集落に損害がない人物……この浮浪者ほど生贄に相応しい人物はいない。  そう確信した(うえ)つ方々は、早速彼を捕縛。  縄でギュウギュウに締め上げて猿轡を噛ませると、大森林の入り口にポイっと放り投げたのです。 「わるい竜よ! 生贄を捧げるゆえ、この未曾有の大災害を今すぐ鎮めてくれたまえ!」  都の大神官が大声でそう叫び、続いて背後の神官たちが魔を調伏する祈祷を唱えました。  浮浪者はその様子を、恐れと戸惑いを湛えた瞳でジッと見つめるばかり。  何も聞かされずに突然捕縛された彼は、自分の身にこれから何が起こるのか全くわかっていないのです。  ただ何か、とてつもなく悪いことが起こるのでは……という予感に、身を奮わせることしかできません。  一時間ほどの祈祷が終わると、神官たちは静々と馬車に乗り込み、その場を後にしました。  そこには相変わらず縛られたままの浮浪者だけが取り残されて……。  寂しさと不安が募った彼の目から、涙が一雫こぼれ落ちたそのとき。  森の木々がワサワサと音を立てて揺れているのが見えました。次いで聞こえた、フシューフシューと言う大きな呼吸音。  何かいる……? 涙で滲む目で音のする方を凝視していると、目の前の木が左右になぎ倒されて、奥から巨大な小山が現れました。 「……!?」  目の前に現れたを見て、彼はヒュッと息を飲みました。  それもそのはず。  小山に見えたそれは、艶々光る真っ黒い鱗に覆われた、巨大な竜だったのですから。

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