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わるい竜1

――森の外から何やら聞こえる。  竜はにわかに聞こえてきた騒がしい音に目を覚ましました。 ――しかもこれは……ニンゲンの声か。  この大森林はわるい竜の棲み家と言い伝えられているだけあって、普段ニンゲンが立ち寄ることはほとんどありません。いつもは川のせせらぎや木々のざわめき、小鳥の囀りや獣たちが奏でる音しか聞こえないような静かな場所なので、竜が昼寝をするのにうってつけなのです。  それが今、森の外から大勢のニンゲンの声が聞こえるではありませんか。 ――うるさいな。  ニンゲンは時たま、竜には考えも及ばないような突拍子もないことをします。  いきなり大勢でやって来て、何かを喚き散らしたあと、風のように去って行くことが今までにもありました。  彼らがいなくなった後には必ず、大型の動物の死体や酒などが放置されているのです。  なぜそんなものを放置するのか……竜には皆目見当も付きません。  随分昔に一度、ニンゲン事情に詳しい(ふくろう)に聞いたところによると、どうやらそれは竜への『贄』であることがわかりました。  贄を渡す代わりに、ニンゲンに危害を加えるなと言うことらしいのです。  そんなものをもらわなくとも、ニンゲンなんぞに危害を加えるものか……竜は思います。  しかし森の入り口付近でざわめく程度でニンゲンが満足するのならと、今までは放置していました。  今回もきっとすぐにいなくなるだろう。そう思いうっすらと開けた目を再び閉じて、昼寝の続きをしようと思っていたのですが……どうやらいつもと様子が違うようです。  いくら経っても大声は止むことなく、耳障りな声が一時間ほど聞こ続けています。 ――何が起こっている?  竜は再び目を開けて、のっそり首を上げました。  森の巨木に邪魔されてよく見えませんが、いつもより大勢のニンゲンが森の外にいるようです。  自分に何か危害を加える気だろうかと、竜は警戒します。竜だけでなく、木も草も動物たちも、不可解なニンゲンの動向に神経を張り詰めながら静観します。  やがて声は止み、ニンゲンたちが去った気配がします。  竜は静かに起き上がり、森の入り口に向かって歩きました。  何をしていたのかを確かめるためです。  木が折れないように気をつけながらザカザカ移動して行くと、ニンゲンたちのいたところに何か小さなものが置いてあるのが見えました。 ――棒……?  そう思ったのもつかの間、小さなそれは体を大きく|捩《よじ》らせたではありませんか。  なんだ、蓑虫か……とも思いましたが、それにしては少しばかり体が大きいようです。  顔を近付けてよく見ると、虫ではなくニンゲンであることがわかりました。 ――今度の『贄』はニンゲンなのか?  今まで死んだ大型動物を贄に捧げられたことはあっても、生きているニンゲンなんて初めてです。  さすがの竜も、戸惑いが隠せません。 ――とりあえず……臭うな。  ニンゲンの体からは異臭が漂っています。嗅覚の鋭い竜には耐えがたい臭いです。 ――洗えば臭いも落ちるか?  竜は前足の爪でニンゲンを引っかけると、すぐさま川に向かったのでした。

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