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ニンゲン2
爪先を縄に器用に引っかけて歩き始めた竜。
どこへ行くのか、何をするのか皆目見当も付かない浮浪者は、ただただ震えるばかりです。
木々の間をすり抜けて、辿り着いたのは綺麗な水の川でした。
竜はなんの躊躇もせずに川に入ると、爪に浮浪者を付けたままドボンと水に手を入れたではありませんか。
「んーーーっ!」
突然肌を刺すような冷たい水に放り込まれた浮浪者は、激しく混乱しました。そのうえ為 す術 もないまま突然ザバザバ揺すられるのです。まるで拷問のような行為。パニックに陥らない方がおかしいというもの。
しかも口から鼻からゴボゴボと入り込んでくる水に、息が全くできません。
次第に意識が遠くなります。
――もう、だめ……。
浮浪者は自分の死を予感しました。
が。
ザバァ!
大きな音を立てて、竜がようやく水中から手を引き上げました。大量の水飛沫が辺りに飛び散り、周囲にいた動物たちが被害を被らないよう慌ててその場から逃げて行きます。
竜は未だ手の中にいる浮浪者に顔を近付けて、フンフンと臭いを嗅ぎました。
――オラを食う気だべか……。
ぼんやりとする意識の中で、浮浪者はふとそんなことを思いました。
怖い。逃げたい。
けれど爪先で縄をガッチリ捕まれて、逃げることなど叶いません。
――できれば丸呑みにしてくんろ……。
痛みなく頭からペロリと食べてほしい。そう切に願います。
村で長年蔑まれ、謂れのない暴力をしばしば受けていた浮浪者は、もう二度と痛い思いをしたくなかったのです。
薄目を開けて見たところ竜の口は、体の小さな自分を易々と丸呑みできそうなくらい大きかったので、これなら一安心だと安堵の息を吐きました。
――父 っちゃ、母 っちゃ……オラも天国 へ行くからな……。
ギュッと目を閉じて、その時を待ちます。
しかし、いくら待っても竜は自分を飲み込みません。
様子をうかがうため、再び薄目を開けると……。
パチリ。
竜と目が合いました。
「……っ!!」
鋭い眼光に射貫かれて、浮浪者はヒュッと息を飲みました。
人間を遙かに凌駕する圧倒的な存在感。見たくない……けれど目が離せない。言いようもない恐怖が浮浪者を襲います。一瞬にして冷や汗がドッと吹き出して、体がガタガタと震えます。
「グギャギャ」
竜が妙な鳴き声を発しました。
なんとなく自分に話しかけているような気もしましたが、でも何を言っているのか全く理解できないのです。
困った浮浪者はコテンと小首を傾げて龍を見遣るしかありません。
「グウゥ……」
竜もまた困ったような目で浮浪者を見つめたのでした。
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