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わるい竜8
歓喜の声を上げたニンゲンの手元を見ると、そこには銀色をした小さな棒状の物や、数種類の小瓶がありました。
「なんだ、これは」
そう問いかけますが、竜の言葉がわからないニンゲンに答えることはできません。
代わりに鸚鵡が
「こりゃ刃物ですね。それから瓶の中には何か粉状の物が入っているみたいですよ」
と答えます。
刃物を見て喜ぶニンゲンに首を傾げますが、これがあればこの小さき者でも狩りができるようになると教えられ、フムフムと納得しました。
ニンゲンが自分で狩りができるようになるなら、エサの心配は少なくなくなることでしょう。
――だが、赤子では満足に狩りもできまい。
こんなに小さくひ弱なニンゲンが獣に立ちはだかったところで、あっという間に食い尽くされて骨と化すのは目に見えています。
それに獣の多くは、赤子のうちは乳を飲んだり、親から餌を与えられて成長するもの。だからこのニンゲンが大きく成長するまで……せめて熊ぐらいの大きさになるまでは、自分がエサを与えてやろうと竜は決意を新たにします。
そんな竜の横でニンゲンは瓶の蓋を次々開けて、味見をするたび「胡椒があるべ!」「こっちは砂糖!」「乾燥ハーブ!」と嬉しそうな声を出しています。
どうやら袋の持ち主は、調味料を携帯していたようです。
「塩もある! もっといっぺぇあれば、塩漬けが作れただになぁ」
少し残念そうに呟くニンゲンの声に、竜は首を傾げました。
「おい鸚鵡、塩漬けとはなんだ」
「えーっとたしか、肉や魚を保存して長く保たせるための技術だった気が……」
「長く保たせる?」
「肉を塩で漬けると腐りにくくなるそうで、食料が手に入らない場合でもそれがあれば食事ができるってわけでさぁ」
なんと便利な! と竜は驚きましたが、生憎ここは森の中。塩なんて手に入るはずが
「あ」
竜はあることを思い出し、空に向かって羽ばたきました。
実は以前ニンゲンが置いていった荷物の中に、酒や塩があったのです。
肉ならば動物が片付けてくれますが、さすがに塩なんて誰も口に入れません。あっても邪魔なので、崖下に捨てたのでした。
――まだ残っていればいいが……。
何しろそれらが届けられたのは一年ほどまえのこと。
酒や塩を入れた樽が朽ちていないことを祈りながら崖下に降り立つと……ありました。残念ながら酒は漏れ零れて中身が空っぽでしたが、塩は無事です。
それを前足でしっかり抱きしめて戻ると、中身を見たニンゲンは大喜び。
「竜さま! ありがとうごぜぇます!!」
無邪気に笑うニンゲンを見て、竜は不思議と胸が熱くなるのを感じました。
気が遠くなるほど長い時間を生きてきた竜が初めて知るときめきと、擽ったい感情。
これがなんであるか……自分の気持ちであるにもかかわらず、感情の起伏が少ない竜にはそれがなんであるか、よくわかりません。
ですが一つだけ。
――このニンゲンといるのは楽しい。
もっとずっと、一緒にいたい。
手放したくない。
それは竜の心に宿った、初めての“望み”でありました。
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こうして新たな仲間が加わった大森林。
竜とニンゲンと獣たちの、奇妙な共同生活が幕を開けたのでした。
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