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終章~陽だまりの小さな部屋(せかい)で~
――大人になった加陽都 は、華夜 (元、聖夜 )と一緒に、独立した千巻 の研究所へ就職した。
倫理的に、法律を守り続けるユミコの研究所とは違い、国家機密に関わる研究を行っていた。
初めは、虐待で精神が離れてしまった子を救うため、そして好きな相手といつまでも一緒にいられるように、秘密裏にクローン培養技術の研究を行っていた。
つまり生み出された人格ではなく、本来の魂の入れかえによる救済のため、ユミコとは考えが真逆になってしまうのだ。
加陽都 も千巻 も良い歳になっていたが、その技術を利用し、華夜 の老いることない体を作り続けていたので、彼は今でも美しいままである。
自分たちにも使いたいところだったが、隣国との戦争で材料が不足していて足りそうになかった。
今は、主に負傷兵の指や腕、足の再生を国に内密に頼まれて行っているのである。
なので、ここ数年は、華夜 の材料を集めるので精いっぱいだった。
そんなある日のことだった――。
千巻 が交通事故で意識不明になってしまった。
「なんで、バナナの皮にすべっただけで、こうなるんですか!」
「しかも、自分が食べたやつだよね......」
千巻 はもしもの時のために、内密に一体作っていたことを手紙に書いていた。
それは、加陽都 が弟といつまでも幸せに暮らすための体としてのサプライズプレゼントだったのだが、彼らは、迷わずそれを千巻 の新しい体として使うことにしたのである。
けれどもほどなくして、国側に、貴重な体があることがバレてしまい、暗殺された別の国の大統領を蘇らせるために使うようにと秘密裏に命令があった。
千巻 がいなければ、技術的にも不安が残る問題もあり――。
そこでやむを得ず、自分たちが統合に向かうことで、今、華夜 に使っている体を千巻 の次の体にすることで解決しようと、華夜 が提案した。
「たとえ目の前から消えたとしても、加陽都 兄さんの中でぼくは生き続けます。だからどうか安心してください」
涙をのんで、加陽都 は、弟の考えた決断を受け入れることにした。
華夜 の体から意識の集合体(魂)を離す作業を、病院から無理に抜け出してもらい、妻のユミコに頼んだ。
「本当は倫理的に千巻 のはダメなんだからね。かやちゃんのためにするんだからね」
「ユミコちゃん、ごめんね。だいすきだよ」
彼女は、大きな病を患っているので、それが最期の仕事になるだろう。
同時に兄の体にその魂を戻し、華夜 の体には千巻 の組織を組み込んでいく。そして、電気信号を通して魂を送り、千巻 の命をこの世にとどまらせることに成功した。今は、器になる体を作る技術が上がってきているので、半日もあれば大丈夫なのである。
「おバカさんたちね。俺のために......」
千巻 が起きてくれたことで、無事、大統領も蘇らせることに成功した。
★
――その五十年後。
新薬を開発し、細胞を若返らせる技術も手に入れることができた。それは、「おちんちんでプレイをする時の高揚感を得るとより効果が出る」という、千巻 たちらしいちょっとHなものだった。これがあれば、華都 と同じ病気の子を救うことができるのである。
健康な人にも使えるので、加陽都 はもうすぐで老衰というところで間に合い、それからというもの、千巻 とほぼ二十四時間、局部をこすり合わせて、今や二十代の頃のような若い顔立ちに戻っていた。
――兄さん、さすがは変態研究者だね。
――それを言うのなら、変質者千巻 所長ですよ。
今でも弟の声が心の奥から聞こえてくるような気がするのである。
「失礼な~。どっちも違うからね、きみたち」
「え! 僕、口に出していないのに、どうやって?」
「何十年一緒に暮らしたと思って? 二人の思うことなんて、お、み、と、お、し、なの! ぷ~ん」
――あはは。どうやら、ぼくは千巻 の心の中でも生き続けているようだねえ。
――ですねえ。
「あ、ちょっと、また1人でずるい。俺も会話に混ぜて~」
「ええっ! どうすれば良いのやら」
「二人分、加陽都 ちゃんがじゃべったらOK!」
「それじゃあ、ひとりごとじゃないですか!」
「まあ、傍から見れば、これまでと変わらないんだけどねえ~。まあ後は歳で年々落ちてきたボケとツッコミがもう少し上手ければカンペキだけどね」
「えっ!」
「ボケはボケでも、最近は、『寝ぼけ』担当だな。毎晩エロ本読んで、日中眠そうだし」
「な! あれは千巻 さんが、細胞活性化の研究のため読むようにと」
「わあ、逃げちゃお。加陽都 さまがお怒りじゃあ~」
「ま、待つのです~!」
九十五歳とは思えない身のこなし方で、三人は走り回った。
――陽だまりが温かい小さな部屋 で、三人はいつまでもけらけらと笑って走り続けた。
★
――百年後の、千巻の研究所の跡地にて。
ここには、千話以上の色々な愛の形があったことを語りつぐロボットが一台置かれている。
白髪の男性が、ロボットに物語を聞かせてもらっている。
そこへ、彼の孫と思われる子が傍へやって来た。
「おじいちゃん、また夢のようなお話を聞いているの?」
「夢じゃないよ。これは、全部本当にあった話だよ」
「本当にぃ?」
「今聞いているのは、ここの研究所で助けられた初めの患者――私の妻の話だからね」
彼の恋人は、二重人格でそれぞれ違う人を好きになってしまい、その人格がどちらも女性なのに体が男性であったので、両方に女性の体がほしいと言っていた。
「ここのロボットは、戦争が落ち着いた頃に置かれてね、誰かを勇気づけられるようにとの願いが込められているんだよ。いつかマリアが、誰かを好きになって何かに悩むことがあれば、このロボットに話しかけてごらん。もしお話に困ったら、『ノエシスとノエマ』を聞かせてと頼んでみたら良いよ」
「はあい。おじいちゃん、お話を聞き終わったら一緒にお昼ご飯食べようよ」
「お、良いねえ。お母さんの手作りサンドイッチかな」
――木の上では、華都 、千巻 、加陽都 、華夜 、ユミコの魂が、うれしそうに二人を見つめていた。
おわり
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