1 / 37

一日目 ~迎え火~ ①

 盛りを過ぎたひぐらしたちが、夏の歌を奏でている。落とされまいと、必死で幹にしがみつきながら。  その姿を想像すると、騒々しささえどこか滑稽に見えて、影彦の口元にうっそりとした笑みが浮かんだ。  新幹線と電車をいくつも乗り継いだ駅の終点。そろそろ廃線も囁かれる萎びた無人の駅に、旅行鞄ひとつ持って降り立った彼は、むせ返るような緑の匂いを胸に吸い込むと、大きなあくびを手のひらで隠した。  もうすぐ夕暮れ時を迎えるとは思えない空はどこまでも青く、山の端にかかる雲がくっきりと見える。おせじにも良いとは言えない視力で辺りを見回すと、彼は改札にある小さな箱に、よれた切符を放り込んだ。杜撰と言えば聞こえは悪いが、大らかなのも田舎の良いところだ。  トラクターやトラックと行き交いながら田舎道を歩くと、人家は田んぼへと変わり、やがて足元がじゃりじゃりとした石ころだらけの細い道へと変わった。  聞こえるのは騒々しいひぐらしの声と、じゃりを踏む音だけ。それすらも辺りの静寂を彩る添え物のようだ。  そよぐ風は少しひんやりとはしていたものの、昼間の陽射しを溜めた地面はまだ熱く、熱気がこもっていて、彼は立ち止まると取り出したハンカチで汗を拭った。湿った布をズボンのポケットに押し込むと、再び歩き出す。  途中、トラクターの兄ちゃんが乗って行くかと勧められたのを断り、鞄を肩に担いでのんびり歩いていると、やがてさやさやという水の流れる音とともに、目の前に木で出来た小さな橋が現れた。近づくにつれ、清浄な水気が、彼の全身を包み込んで、知らずほっと息をつく。

ともだちにシェアしよう!