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四日目 ~祭ばやし~ ⑩
「ばぁちゃんが、手ぐすねひいて、待ってるよ」
「ババ孝行はともかく、殴られるのはもう勘弁だけどな」
あの拳は痛かった。影彦はしみじみと自分の頭を撫でる。あれは当分、じぃちゃんがこっちに来ないといけないだろうと、大いに確信する一撃だ。それでも、影彦がこっちに戻ってくると電話で言ったら、特になにも言わなかったのだが。
彼自身、夏生がまた現れるかどうか、半々だと思っていた。あの崖から一緒に飛び降りた時、彼も夏生も一緒に吹っ切れたものだと思っていたからだ。
だがどうやら彼の未練は、生半可なものではなかったらしい。夏生のためだと誤魔化していた心と向き合った時、さらに彼と居たいと思ってしまう自分がいた。
「そんな俺は嫌いか?」
「いや」
目を合わせて尋ねると、夏生は首を振った。
「呆れるなら、とっくだ」
何年の付き合いだと思ってるんだと言われて、彼の趣味の悪さは筋金入りだと理解した。
理解はしたが、納得しかねて反論しかけた影彦に、夏生は笑って唇を重ねてきた。楽しげで、まるで生きてるような彼の表情に、目を丸くした影彦は、次の瞬間冷たい身体に包み込まれる。
「俺もお前と一緒にいたい」
くすぐったくなるような、心に沁み入るような、深く優しい声がした。
「おかえり」
彼らを取り巻くのは、ひぐらしと水の声。
じりじりと焼けるような夏の陽射し。
流れる水の中、小さく、なにかが跳ねる音がした。
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