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ハル
とある国のスラム街で性を売って暮らす二人。
リバ要素ありにつき注意。
『ニーナ。どうして空は青いの?』
暇潰しの言葉に、艶やかな女性の格好をした“彼”は真面目に答える。
『俺達のことを見てる神様が悲しすぎて泣いてるのさ』
『……ふ〜ん』
どうしてか、納得してしまったのを憶えている。
* * *
――僕達は誰からどう見ても可哀想だ。可哀想だった。ニーナはやたらと同情する人間を強すぎる腕力と正確に的を射る毒舌で黙らせていたけど、僕だけはみんなに同情されたかった。可哀想だね、辛いでしょう。その言葉をかけられるたび、どこか嬉しかったんだ。
首都から遠く離れ、見捨てられた街、レシカ。酒、怪しい薬、怪しい商売が連なるスラム街である。
「――ふざけんな、このっ、早漏ッ!!」
慌てた様子で去っていく人影に投げつけられた瓶が黒く汚れたコンクリートに当たって粉々に砕ける。だがその破片は人影を捕らえることはできない。
瓶を投げた本人、ニーナはブロンドのかつらを頭からむしりとると大きく舌打ちをする。
それを目撃したリュカは恐る恐るニーナに声をかけた。
「に、ニーナ? どうしたの?」
「あいつ、俺に中出ししておいて代金支払う前にトンズラしやがった!」
「ま、前払いしてもらえなかったの?」
「……チッ、ムカつく」
綺麗な黒髪を掻き乱してそう吐き出すと、ニーナは部屋の中に入るようリュカに指で示した。
「後処理手伝ってくれ、リュカ」
「う、うんっ」
申し訳程度につけられた木の扉を閉め、ニーナと二人、奥のベッドに上がる。
そしていつも通りにニーナが四つん這いになって、リュカは水で清めた手を熟れた色をした後孔への忍ばせた。
「……っ」
「痛くない?」
「平気だ、っ逆に慎重すぎて気持ち悪い」
「わ、分かった」
普通なら存在するはずない液体を掻き出していく。手早く、けれど粗暴にならないように。傷付けないように細心の注意を払う。
ぽたぽたと受け皿に白濁が落ちていく様を意識して見ないようにしながら、リュカは意識をニーナの裸体から逸らす。
「ザックから聞いたんだけど、今日、街にブックマンが来るんだって。今度は何借りる?」
ブックマン、とは月に数回現れる本の貸し屋だ。貧しい人間にとって最大の味方である無料を売りにした、商売人の名前でもある。この世の中にはありとあらゆる本が存在し、時には事実を、時には創造をもたらすそれはスラム街の子供にとって甘いお菓子よりも特別なものだった。自分の知らない知識をその本によって学ぶことが好きなのだ。
ちなみにザックはニーナとリュカの友人で、同じ商売をしているライバルである。
「僕はパッシュアトラの冒険記の続きが借りられたらなーって思うんだ。人気だから誰かに取られてないかな?」
「っ、リュカ」
「なに?」
「もっ……と」
「え?」
外界に追いやっていた意識がニーナの姿を捉える。艶かしくお尻を小高く上げる彼の息遣いが荒く、リュカの二本の指をきゅうきゅうと締め付けていた。
いつもとは違う反応にリュカは戸惑う。
「ど、どうしたの、ニーナ。どっか痛いの?」
何か重大な病気にでもかかってしまったのかと蒼白するリュカだったが、どうやら違うらしい。
止まった指の動きを催促するように腰が揺らめいている。
「ニーナ……?」
「いっ、ただろ……あいつ中出しした途端に逃げたんだ……! 俺を使うだけ使いやがって! クソッ、今度見かけたらぶっ殺してやる。顔、ちゃんと覚えてるからなッ」
「……」
つまり、ニーナはちゃんと気持ちよくしてもらっていないということだろうか。
物足りないのだ。快楽を知った体は一度でも極めぬ限り、熱を保ち続ける。
その辛さは、リュカにも分かるつもりだった。
「ざ、ザック呼ぶ? きっとタチしてくれるよ?」
「こんなところ誰かに見せられるかよ!」
「でもこのままじゃニーナが……」
「お前がしろ、リュカ」
「えぇっ」
「経験ぐらいあるだろ? 男娼なんだから」
「で、でもっ」
「んっ」
ニーナ自ら体を動かしてリュカの指を抜き、向かい合う形になってしなやかな真っ白い足を左右に広げて見せる。
「ほら、早く。俺の付き人だろ? 俺をいかせてみせてよ、赤毛のリュカ」
「……っ」
同性だと分かっていてもその笑みには妖艶さがあって、どきりとしてしまう。
ニーナが言っていることは全て事実だ。
リュカ自身も若さと恵まれた容姿と体の柔軟さを武器に性を売って生きている。ここに産まれたからには、そうすることでしか生きていけない。だから毎日客を呼び込んで、真っ昼間から足を開く。
しかし、リュカも当然のように、客の性欲を受け止める側だった。身長が低く小柄という理由もあるだろう。女性相手に経験があるといっても、随分前のことである。
しかもこの界隈で名も轟く美しいニーナを満足させることなんてできるのだろうか。
「ぼ、僕には無理だよ……」
「はあぁぁぁ」
「うわっ」
怖じ気付く体を引き寄せられる。
「無理とかいう問題じゃない。これがお前の仕事だ。どうする? 図体でかいおやじがボクにいれてくださーいなんて言ってきたら?」
「そ、それは」
「無理だって断るのか? こうしなきゃ生きられない俺達なのに?」
「ニーナ……」
「甘えた声出してもダメ。俺、死にそうだ、いけなくて。俺が死んだらどうする? 俺の売り上げで飯食ってるんだ、俺が必要だろうが」
「う」
「だったら俺の言うことを聞け。上手いか下手かなんて気にしなくていい。このニーナ様が仕込んでやるんだからな」
にや、と不敵に笑って、リュカの薄い布を剥ぎ取っていく。
「せいぜい、あのおっさんよりは持たせろよ?」
「ううぅ」
リュカはあっという間に臨戦態勢まで高められ、強く拒めないうちにまんまとニーナの中へ自分のそれを埋め込んだのだった。
「は、はっ、はぁ、あ……っ、に、ニーナぁ」
「はは、入れただけでこのザマかよ、リュカ」
「や、だ。動かないでっ」
「動いてねぇよ、お前が勝手に動いてんだろうが」
「ちが、違うもん……っ、あん」
久しぶりの感覚、いや、初めてリュカは搾り取られる、という感覚を味わった。ニーナの客が後を絶たないのが分かる。同じ商売をする人間に羨まれ、疎まれ、恨まれる理由が、リュカには分かった。分かってしまった。
「ぁ、ぁ……あっニーナっ」
「はぁ、はぁ、あ……っ」
「ニーナ、きもちいいの?」
「下手くそ」
「ええぇぇ」
「ほら……大事なこと忘れてるだろ」
「ひゃあっあぁ」
「その得意の舌で俺を気持ちよくさせてみろよ、リュカ」
「ぁぁっ。にー、な……ん」
「ふ……んぅ……っ」
ニーナは他人に体を受け渡すが、決して口付けは許さない。口付けをしたら最後、客は性的な能力を失う、という竦み上がるような噂まで飛び交っているほど、ニーナが客とキスをしないという信条は広まっている。
しかし、リュカに対しては違った。
キスすることを唯一許し、リュカが誰かとキスすることをニーナが禁じるのである。
ニーナはそれを自分達は一心同体なのだからと言って聞かせる。
「やっぱお前のキスは格別だな」
だから自分はニーナにとって特別なんだ――この時はそう思って疑わなかった。
「ひぃっ」
「なんだよ、情けない声出して」
「だ、だぁって……ひあっ」
ニーナの造形が美しい指が双丘の合間に差し込まれる。
本来、入れるところではない場所。だが、普段は使用してると言っても過言ではない場所。きっちりそこでの感じ方を教えられているリュカは、仰向けになったままのニーナの肩をぎゅっと掴んだ。
「りょー、ほうは……だめっ」
「なんで? こっちが寂しいだろ?」
「ぁあっ、に、にぃな……ぁ、ぁ」
「やっぱりお前はこっちか」
「にーな、ぁぅ」
頭がぼぅっとしてしまう。口元が弛緩して、上手く閉じられない。漏れ出す吐息と合間って、涎がだらしなく垂れる。
すると、ニーナはリュカをベッドに転がして自身が上になった。抵抗できなくなった体を跨ぎ、笑う。
「俺を満足させろ、リュカ」
力の入らない両足を優しく開かれ、後孔にニーナの雄々しい屹立が宛がわれる。美しいニーナでも、そこはやはり男性的だった。
「ひ、ゃ……ぁっ」
触れ合ったそこを上下に撫でられ、震える。期待だ。これから自分を襲うであろう、快楽を待ち望む。
「にーなぁ、ちょーだい」
「ふっ……本当にお前は……っ!」
「あああぁぁんっ」
ずんっ、と突かれ。
リュカはその一撃で果てた。勢いよく、放物線を描くように白濁とした液を飛ばす。
その様を見て、ニーナが苦笑した。だが動きは止めず、腰を打ち付けてくる。
「あ、あんっ、ん、んっ」
「は……はっ」
「んん……っ、んあ!」
「気持ちいいか? リュカ」
「あっ、あ、あん……っん」
「夢中で聞こえてないか」
ニーナほど綺麗でなくともリュカが客をとれる理由は、その感じやすい体にあった。先天的と言っていいほど、リュカの中というのは同じ男性を虜にする名器というもので。相手に身を任せ言うことを素直に聞く姿は従順そのもので、情事後の会話も男娼とは思えないほど【恋人感】が味わえると話題が話題を呼び、客が集まるのだ。加えて、リュカ自身が感じる度合いも凄まじいものであった。ニーナがそうしたように、指で一撫でされただけで酩酊にも似たトリップ状態に陥り、抵抗らしい抵抗もできず、ただ与えられる快感に喘ぎ、身を捩らせてしまう。つまり中に指なり何なりを入れてしまえば、リュカを征服することができるのである。
「んん、ん、はぁ、あっはぁ」
「いきそ……リュカ、中出ししていいか?」
「ぅん、いいよっ、あ、はぅ!」
どくどくと脈を打つそれから奥めがけてリュカの中を濡らす。じんわり広がっていく温かさに自然と笑みが溢れた。
「なんだよ、嬉しいのか?」
「ニーナ」
腕を伸ばし、美しい彼に抱きつく。
すぐに抱き締められた。
「大好き」
「……あぁ、俺もだ」
体を離し、見つめ合って。どちらからともなく、唇を重ねた。
窓から差し込む陽の光が、二人の裸体を優しく焦がした。
何故だろう。毎日のように誰かに組み敷かれているというのに、ニーナとまるで恋人のようにするのが、リュカは一番好きであった。
ニーナも同じだったらいいな、と思いつつ。
「ニーナ、もういっかい……」
「はは、いいよ。俺ももう一回したい」
リュカは、この街で一番美しい男を誘った。
終わり
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