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第3話
今日は月曜日。体の傷はだいぶ良くなり、微熱も下がった。顔の傷が先に治りかけ、手当ても不器用ながら風呂から上がる度にちゃんと自分でやった。学校に行くのは少し憂鬱だとは思っていたが、あれから律の携帯に動画が送られてくることは無くなり、呼び出しもない。本当に由伊が何とかしてしまったのだろうか、と律は朝ごはんを食べながらのんびり考えていた。彼の怒った顔を過去に一度だけ見た事がある律は、何しでかすか怖いな、なんて思ったけれど犯人にかける情けは無いので、すぐに思考を切り替えた。食器を片し、誰も居ない家に向かって静かに「行ってきます」と声を掛け、学校へ向かった。
Ⅰと蛇 #3
今日からは平穏に過ごしたいなぁ。そんな小さな願いを胸に秘めつつ、律は教室に入る。いつも通りのがやがやとした雰囲気にほっとした。もしかしたら、あの動画が流出されているのでは無いかと少しだけ不安だったのだ。けれど、生徒達はいつも通り友人同士で話しており、由伊もいつも通り、女の子たちに囲まれてニコニコ話していた。ちょっと話かけに来てくれるかな、なんて馬鹿げた事を思ったがそんな訳ないか─……
「あ、宮村!おはよ」
「ゆ、由伊、お、はよ……!」
「んー?何そんな動揺してんのー?」
由伊がキョトンとしつつ、律の顔を覗き込んでくる。考えていたことが伝わったのかと思うほどのタイミングで声をかけられ、慌ててしまった。
「あ、いやその……」
「今日はご飯食べた?」
「……へ?」
律儀に答えようとした矢先、意図の分からぬ質問に遮られ、律は間抜けな声を出してしまう。
「ご飯は食べましたかー?」
再び同じ質問をされ、戸惑いつつ「は、はい……」と答えた。すると由伊はにっこり笑って、「ならよろしい!」と律の頭を少し撫でてまた女の子たちの元へ戻って行く。
……な、何だったんだ?今の……。 ご飯?ご飯食べたけど、食べたのと何が関係あるんだ?
その後の由伊をチラチラ見たけど、よく分からないので考える事をやめにした。まぁ、いっか。
お昼のチャイムが鳴り、律はいつも通り中庭に向かった。菓子パンはコンビニで調達してきていたので、ビニール袋を持って特等席に体育座りする。携帯でピコピコしつつ、菓子パンを食べていると急に視界が暗くなり、ぎゅっと後ろから誰かに抱き着かれた。吃驚して、「ひっ!」と声を上げパンを落としてしまった。
「三秒ルール!ほれ、セーフ!」
そう言ってパンを差し出してきた男の顔を見て、律は「あ!」と声を出した。
「橘!」
「久しぶりやなぁ〜、りっちゃん〜」
関西弁を携えて、にこにこ細い目で律を見る。
律の唯一の友人、橘(たちばな) 宇巳(うみ)。滅多に学校に来ないサボり魔だ。
「今日は来たんだ」
「さすがに、担任から泣きの鬼電かかってきたら、来なあかんやん〜。も、めーちゃしばかれたわ」
橘は疲れたように律の隣にぐでぇ、と腰掛けた。
「そりゃそうでしょ」
「なぁ〜りっちゃん〜腹減ったぁ〜」
「……食べる?」
「りっちゃんと半分こ?」
「……うん」
ぎゅるるる、と橘の腹の虫がタイミングよく鳴る。律はクスクス笑って、食べかけを丸ごと橘に差し出した。
「え、全部?」
「うん、早くその虫に食わしてやりなよ」
橘は何かを考えた顔をした後、律のパンを手に取って言った。
「あかん。あかんでりっちゃん」
「……え、な、何が?」
急に真剣な顔で、あかん、と言われたら何かいけないことをしてしまったかとちょっと吃驚するではないか。
「りっちゃん、前より細なった気ぃすんもん。あかんよ、これはりっちゃんが食べ。俺は他の買うてくるわ!」
なぁんだ、そんなことか。律は安堵し肩の力を抜いて、「はいはい」と返した。
「待っとってな!星より速う帰ってくんで!」
「何言ってっか分かんないけど、行ってらっしゃい」
呆れながらも、久しぶりの友人の姿に少し頬が緩んだ。いつも食べている菓子パンが、より甘く感じた。
戻ってきた友人は何故か両手いっぱいにビニール袋を持っていた。
「なに橘、何処まで買いに行ってたの?」
あまりの量に驚いて訊くと、橘はへっへーん、とドヤ顔しながら言った。
「購買行ったらな、そこにおった女子と購買のおばちゃんが、久しぶり〜っつって買うてくれた!」
「えぇ……」
そういやコイツはそういう奴だったと律は思い出した。入学式はばっくれるし、学校は来ないし、来ても遅刻、素行が悪く、授業態度も悪い、おまけに身だしなみもアウト。青の短髪に、シルバーピアスを至る所につけており、無表情になるとただただ怖い人になってしまう。けれど、砕けた口調に関西弁、持ち前の明るさと温厚さでたまにしか来ないくせに生徒からの支持は厚く、知り合いが大勢居るような、そんな男。ルックスも整っているから、こうして老若男女問わずモテ放題だ。
「りっちゃんもお食べ?俺一人やと食われへん」
「いいの?」
「ええよ〜二人で食べよ!」
橘の優しさに甘えて、菓子パンをもうひとつ貰った。
「美味しいなぁ、りっちゃん」
裏表の無いその笑顔を見ていると、本当に安心する。律は橘に釣られたように、穏やかに頬を緩めた。
「美味しいね、橘」
そんな律の顔をじっと見つめる橘。
「なに、どうかした?」
訊くと、橘は口を開く。
「りっちゃんは、ずぅーっと、そやって笑っとったらかわええのに」
「はぁ?」
律は訳の分からない事を言われ、思い切り首を傾げる。すると、ムッとした顔の橘に、むにっとほっぺを摘まれた。
「はぁ?は、やめんかい。折角かわええ顔しとるのに、台無しやで」
むぅ、と顔を顰める橘に、律はよく分からないまま面白くなって、クスクスと笑った。
「何言ってんの、橘」
意味不明な橘の行動が、久々にツボに入ってしまって沸き起こる笑いの衝動に耐え切れず、お腹を抱え笑った。
「何でそない笑ってんのか知らんけど、ま、りっちゃんが楽しーならええか!」
橘も一緒になって笑顔になっている。こうやって、誰かと笑い合える時間はいつぶりだろうか。ああ、幸せだなぁ。柄にもなく、そう思った。
放課後。橘は反省文を書かされに生徒指導室に呼び出されてしまったらしい。律は一緒に帰ろうと言われていたので、席に座って外の部活でも眺めながら時間を潰していた。すると、
「宮村」
いつしかのデジャブのように、声を掛けられる。
「……」
律は答えずにゆっくり声の主を振り返る。そこに居たのは想像していた通り、由伊の取り巻きの女の子だった。明らかに怒った表情で自分を見ている。
……また、何かされるのかな。あの日の記憶が、断片的にフラッシュバックし身構えた。
「あんたが居るせいで、由伊くんがあたしを見てくれない」
暗い声で、律にとって理不尽以外のなにものでもないセリフを浴びせられる。律がもし、もう少し大人だったなら、思春期なんて自分の事だけしか考えられないもんな、仕方ない、だなんて綺麗事を宣ったかもしれない。
「なんで男なのに構ってもらえるの。私は、由伊くんに振り向いてもらいたくて、いっぱい頑張ってるのに」
全くもって八つ当たり過ぎるけど、律は何も答えなかった。返す言葉が分からなかった。それは怯んだからとかではない。ただ、理不尽な現実に呆れかえって何も言う気分にはなれなかったのだ。
「無視すんなよ‼」
ぱぁんっという音が、律らしか居ない教室に響き、鼓膜がビリビリした。思い切り平手で叩かれた左頬はじんじんと、熱を帯びている。まさか、女の子にまで殴られるとは……。
「なんで、なんで、アンタなの⁉ホモだとかレズだとかわっけわかんない‼そんなの普通じゃない‼」
そんな事を言われても、自分はホモではないので正直困る。今はただ、名前も知らないこの子のストレスの捌け口になるしかないのだろうと、どこか他人事のように思っていた。
「……何か言えよ……。なんで文句一つ言ってこないのよ」
顔を赤くして怒る彼女を静かに見つめ、律は少し考えて口を開いた。
「……別に、言うことなんか無いよ」
そう返すと、ぱしんっと再び叩かれてしまった。左頬二連続は流石に痛い。なんでこんなに俺は殴られる頻度が高いんだ……。前世は極悪人とかだったのかな……。今世やり直しで産まれてきたけど、前世の罪が重すぎて一日一回殴っとかないと償いきれない的な……。そんな馬鹿なことを考えていると、救世主が現れた。
「おいおいおい。何しとんねん」
「橘……!」
律は痛む頬を忘れ、橘を見てぱあっと表情を明るくした。律に仲間が現れたのが気に食わなかったのか、彼女はまた手を振りあげる。
「この、ホモ野郎ッ‼」
そう叫んで、同じ場所めがけて振り下ろす……しかし、そのタイミングで、ぱしっと彼女の腕を橘が掴んだ。
「何しとんねん、って、訊いてるやろが」
いつもは、朗らかで明るいムードメーカーの橘の顔がキッと鋭く彼女を刺すように見ていた。糸目でいつも笑っている顔なのに、その瞬間は薄く開いた目が女を鋭く捉えて離さない。
「た、橘……」
律はそんな橘を初めて見たので、何と言ったらいいか分からず、咄嗟に名前を呼ぶしか出来ない。彼女はそんな橘に怯えたのか、ぽろぽろと泣き出してしまった。
「ムカつく……ムカつく!リュウは謹慎になっちゃうし、由伊くんとは上手くいかないし……訳わかんない……っ、なんもうまくいかない……」
「何泣いとんねん。今あかんのは自分やろが」
泣いている彼女にも容赦なく、冷たい言葉を投げかける。
「橘、もういいよ、大丈夫だから」
「……なんで、殴り返さないの」
鼻声になってしまった彼女の声は、今度ははっきりと律の耳に届いた。
「……いやあ、殴り返さないよ」
「なんでよ。こんなに傷つけられて文句も言わないし、殴り返さないし、誰かに言ったりしないの」
何を言ってんだこの子は。自分でやっといて、なんで仕返ししないのなんてて訊くんだ。
「……しないよ」
「だから何でよ!」
「……だってキミ、女の子じゃんか」
律の静かな言葉に、声を荒らげ目を吊り上げていた彼女は「……え?」と大人しくなった。橘も大人しく、律たちを見守る。
「……女の子にやられたんです、って泣き喚いた所で誰も信じてくれないよ。それに、俺はこれでも男だからさ、女の子に手は上げちゃいけませんって言われてきたし」
そう言うと、女の子は律を不思議な者を見るような目で見つめてくる。
「それだけの理由で、今まで私に仕返ししなかったの……?あんなに、酷いこと、したのに……」
少し震える声が、彼女の中にある罪悪感と恐怖からくる震えだと、律は何となく察した。
「うん。でも、痛かったよ」
静かに彼女の目を見つめる。
「痛かったし、苦しかったよ」
あの時の事を思い出して、律は気付かれないようにぎゅっと自分の手を握りしめた。
「……綺麗事は言うつもりないけど、他人を巻き込まないとどうにも出来なかったぐらい、キミも苦しいって思ってたんでしょ。次、誰にも同じ事をしなければ俺はもう、良いと思う」
そう言うと、女は律を見つめたままぽろぽろと涙をこぼした。
正直な話、どうでもよかった。否、どうでもよかったわけではない。痛かったし苦しかったのは本音だ。女の子に手を上げる男になりたくなかったのも本音。けれどももうこれ以上彼女を責める言葉が何も思いつかなかった。許す、許さないの話ではない。彼女が許されないことをしたのは変わらない事実なわけだ。彼女の苦悩なんて律には関係がない。なにもうまくいかないからと、レイプされるいわれは律には無いのだ。だからこの不毛でしかない会話を少しでも終わらせたかった。どう足掻いても律の心が再び壊れた事実は変わらないのだから。どれだけ謝られても涙を見せてもらおうとも、律の心は、事が起こる前のようには、もう戻らない。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい‼」
顔を両手で覆い、わんわんと泣き喚く彼女に律はなんの感情もなく「大丈夫だよ」と呟いた。この子は悪い事をした。自分は痛かったし、辛かったし、苦しかった。何でこんなことをするのだろう、何でされなきゃいけないのだろうと心底思った。けれど同時に半分諦めている自分も居たのは事実だ。謝罪なんて要らない。もう、思い出したくなんてないのだ。
「今ので仲直りか?」
ずっと黙っていた橘は律に問うた。
「うん……。俺はそのつもりだけど……」
彼女を見ると、「え」と驚いた顔をしている。
「……ゆ、許して……くれるの……?」
怯えた小さな声で、律に訊く。
「うん……。わだかまりとか残したくないし……」
わだかまり、なんてものを残してしまったら今後彼女を見るたびに恐怖で発狂してしまいそうだった。律の言葉に安心したのか、一層罪悪感が募ったのかは定かではないが女の子はより一層涙を流して「ごめんね、ごめんね」と謝ってきた。律はその様子を顔に笑みを貼り付けながら「もう、仲直りしよ」と言った。
「……うん、うん……ごめんね、ごめんなさい……」
元気を無くした彼女は、遠慮がちに震える冷たい手で律の右手を握ってずっと謝っていた。
「よぉし!ほな、仲直りやな!なんやよぉ分からんけどりっちゃんがもうええ言うんやったら、俺も何も言わん!」
「……うん、ありがとう」
思い切りの良い、ハッキリとした性格は橘の最高の持ち味だと思う。諦めが良すぎるのも玉に瑕(きず)だが。
「ほな、帰ろかりっちゃん」
橘の言葉に、律は頷く。
「またね、ええと……」
ここで初めて自分が彼女の名前を知らなかったことを思い出した。女の子は少し笑って、赤い目尻を垂らして教えてくれた。
「仲野(なかの) 愛莉(あいり)だよ」
「ごめん、ありがとう。じゃあ、またね仲野さん」
「……うん、また」
お互いに小さく手を振り合って、律と橘は教室を後にした。前を歩く橘の広い背中を見つめながら、律は話しかける。
「ねぇ、橘」
「んー?」
鞄を肩に引っ掛けて、堂々と歩く姿は同じ男から見てもカッコイイなと思った。自由に生きる彼の生き様は、憧れる。
「何も、聞かないの?」
律の問いに、橘は立ち止まりにっこりと笑った。
「うん!りっちゃんが言いたない事は俺も聞きたない。けど、りっちゃんが話したいって思う事は、俺も聞きたい!」
裏表の無い屈託ないその笑顔を見て、この言葉が嘘じゃない事が嫌でも分かってしまう。分かってしまうからこそ、律はその言葉が嬉しくて、嬉しくて─……泣きたくなってしまった。
「……ありがとう、……橘」
ボヤけた視界と、掠れた声でそう言うと、橘はより一層安心したように笑って、「ほな、」と言った。
「肉食いに行かへん?俺めーっちゃ腹減った!反省文て案外頭使うねんな!四百字三枚やで⁉有り得へんやろ!んな書く事あらへんわ!」
「はは、そうだよね」
橘の明るさに心がスッと軽くなった。……何だか今日は、いい日かもしれないな。
***
「……へぇ」
ガリッと爪を噛んでしまい血が滲んだ。和やかに肩を並べて帰る二人の後ろ姿を見て、どす黒いものが自分の中で渦巻いているのがわかる。……ああ、コレはダメだ。何とかしなければ。……俺の、宮村なのに。
***
休日が明け、再び新しい週が始まりやっと折り返し地点に差し掛かった日。仲野との一件以来、律の事を心配しているのかこれまでより橘の出席日数が増え、律は橘といる事が多くなっていた。
「ほんでなぁ〜?俺言うたんよ、俺は下のちんこやのうて喉ちんこの話やでってな!」
「……はは、なんだそれ」
「あー!なんで苦笑いなん⁉俺もうマジな顔で言うんむっちゃ恥ずかったんやで⁉」
でっかい橘の声に、クラスの女子達は「やだぁ」なんて言って笑っている。クラスメイトたちも橘の周りにガヤガヤと集まり、楽しそうに話していた。
「ね、宮村くん」
「仲野さん」
あれ以来、律は仲野とも話す機会が増えた。仲野はすっかり由伊の事を諦めたらしく、今は新しい恋に向かって自分磨きを始めているそうだ。何故か知らないけど俺をしつこく襲ってきていたカツラギは退学になったらしい。しかし、中々の話題性であるはずなのに、要因である律の話は学校の誰にも知られる事はなかった。事が事だったからか、学校側に配慮するよう、由伊が取り合ってくれたのだろうか。あの事件の後、律は担任に呼び出され事情を聞かれたりもしたけれど、何となく心ここに在らずのまま適当に返していた。暫く養護教諭なり何なりが律の様子を見守っていたらしいが、あまりにも律が普通に過ごしているからか、最近は変に構われることも無くなった。恐らく由伊が何らかの方法で対処してくれたのだろうけど、彼はそれを言ってこないし、聞いたところではぐらかされそうだったので、心の中でお礼を言うだけに留めることにした。本来なら仲野も何かしら処分が与えられる立場だろうけれど、彼女は自主的に二週間程休み最近復帰してきた。復帰してきた日の放課後また呼び出されたが、大人しく着いていけば「本当にごめんなさい」と土下座をされて驚いた。更には菓子折りまで持ってきてくれて、それが律の大好きなマドレーヌだったのでちょっと嬉しかった。
今の彼女は由伊を好きだった時よりも可愛くなった気がして、女の子って凄いな、なんて律は呑気に思った。
「最近、橘が学校に来てるからクラスが明るくなったよね」
嬉しそうに話す仲野に律は頷く。
「橘、明るいからクラスの雰囲気が良くなるよね」
「明るいって言うか、能天気と言うか」
こそこそっと話してくる仲野に苦笑していると、橘がバッと勢いよくこちらを向いた。
「自分らヒソヒソ何話してんねん」
じぃ、と疑いの眼差しを向けられ律はにやりと笑いながら「なんでもないよ、ね、仲野さん」と話しかけ、仲野も笑いを堪えながら、「うん、なんでもないよぉ〜」なんて返していた。
「嘘やー!絶対俺の悪口言うとったやろ!許さへんぞ!何話しとったか言うてみぃ‼」
橘はキィーッ!と律の肩を掴みグラグラ揺らしている。
「た、橘……の、脳がゆれる……」
そう言うと、「りっちゃんが下手な嘘つくからや!」とぷいっとそっぽ向いてしまった。
それを見兼ねたらしい仲野は、呆れながら橘に教えてあげていた。仲野の言葉を聞いた橘は先ほどとはうってかわってキラキラと顔を明るくして喜んでいる。まるで小学生だな。そんな事を思いつつ、皆の笑顔を見て律もまた一人頬が緩んでいた。
明くる日、外は雨。ザァザァの土砂降りでちゃんと大きめの傘を持ってきて良かったな、なんて窓の外を眺めながら律は思った。今日は、お昼に中庭は行けないな……、どこで食べようか。雨の日はいつも教室で食べていた。橘が来るようになってから、雨の日でも晴れの日でも一人でご飯を食べる事が無くなっていたから、気づかなかったけど、一人でご飯を食べるのは案外寂しいのだ。しかも、教室で皆が友達同士で食べている中自分だけ一人で携帯弄りながら食べるのはなんとも虚しい。なぁんで今日橘来ないんだよ〜。
大方、雨だから面倒くさくなったのだろうけど、だなんて心で文句を言った。
窓に絶え間なく当たる雨をぼーっと見つめる。今は古典の授業で、担当教員が和歌を読み上げている。音読されると、読み聞かせされている気分になって眠くなるから我慢出来ないんだよなぁ。ウトウトと、先生の声を聞きつつも必死に起きようと踏ん張る。
「……じゃあ次読んでもらえるかな……えーと、由伊くん」
古典担当の中年の小綺麗な女性教師はきょろりと視線を教室内に彷徨わせた後、由伊を指名した。「はい」という声が聞こえた時、そう言えば最近、由伊と話してないかもしれないだなんて思う。助けてもらったあの日以来、話してないんじゃないか……というかそもそも、由伊が俺の所に来ることが無くなったんだ。
「あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな」
凛とした由伊の声が心地よく、眠気に拍車がかかる。
「じゃあ、そのまま訳せる?」
「はい」
ああ、眠い……コレはやばい、堕ちてしまう。
「これは藤原伊尹(ふじわらいいん)の和歌で、意味は……」
古典の単位やばいんだけどな……。窓を叩きつける雨音と、静かな教室内に由伊の声だけが聞こえる。まるで、あの日、由伊の傍で眠りについた時のような心地の良い微睡みが律を襲う。だから聞こえていなかった。一人の男の、心の叫びを。
「あなたに見捨てられてしまった私を、
慰めてくれる人なんていません。私はこのままあの人に恋焦がれながら、
むなしく死んでゆくのでしょうね」
キンコンカンコン、とチャイムが鳴った。その音で、古典の授業をすっかり熟睡してしまっていたことに気づき、あーあ、途中までちゃんと頑張ってたのになぁなんて少し悔しく思う。結局、由伊が読んでいた歌を最後まで聞いてはいなかった。まぁそれはいいのだけど。今日は、お昼どこで食べようかなぁ。やっぱり教室で良いかあ、動くのめんどいし。そう考え直し、お昼に盛り上がる喧騒の中一人ビニール袋から菓子パンを取り出して開封しようとした、その時。「律くん」と、懐かしい声に呼ばれ、律は振り返った。
「由伊」
そこには暫く目すら合わせていなかった由伊がにこやかに立ち、律を見下ろしている。今日は、取り巻きはいないらしい。珍しいこともあるものだな、と思いつつ見上げた。
「今日、橘居ないから一人なんだね」
由伊の言葉に、頷く。
「じゃあ久しぶりに俺とご飯食べない?」
その言葉に律は「ホント⁈」と少し頬を緩ませた。一瞬、由伊は表情を硬めたが律は気にせず菓子パンをビニール袋にしまい直し、立ち上がる。
「行こう」
微笑む由伊の背中を追い掛けた。律は一人を回避出来たことがただ嬉しかった。孤独が好きなのに孤独が嫌いなのだ。二人で並んで歩いていたが、特に会話は無かった。律は元より自発的に話しかける方では無いので通常運転だが、由伊は違った。女の子達の話を、うんうん、と聞く側ではあるけれど律と居る時はいつも由伊から話しかけていた。それなのに、今は全くの無言。いや別にいいんだけど、話すことも無いし、だなんて強がってはみるも、どこか違和感を覚えた。最近の由伊の雰囲気はピリついていて、よく分からないなと律はなんとなく思っていたりもして、二ヶ月くらい前まで一緒にゲームしたり遊んで笑い合っていたのが何だか嘘のように思えた。そんなことを考えていたせいで目的地に着いていたことに気づかず、急に立ち止まった由伊の背中に、ぽすりとおでこをぶつけてしまった。「わ、ごめんね」と謝る律に対して返事はなく、由伊はただ律を振り返ってにこやかな笑みで一言だけ発した。
「着いたよ」
立ち止まったのは、いつの日かの空き教室の前だった。律はぞわりと肌が粟立ち、混乱しながら由伊を見上げた。
「……こ、ここで食べるの?」
「うん、嫌?」
完璧な笑顔でそう言われ、律は激しく動揺する。なんだって由伊はここを選んだのだろうか。俺が襲われたことを忘れた?いくら人気のない場所であったとしても、こんな埃まみれの教室なんかよりもだ自分たちの教室とか、自習室だとか、食べられる場所は他にいくらでもあるじゃないか。なんだってよりによってここなの。
「……あんまり、……ココは……すきじゃない」
精一杯の勇気を振り絞って小さく呟くと、由伊は「ああ!そっかぁ!」と明るく声を発した。
「そう言えば宮村、ここで、カツラギ先輩に襲われちゃったんだもんね!そりゃあやだよねぇ、こんな場所。ごめんごめん!」
あはは、と満面の笑みで思い出したくもない過去を掘り返され律は脂汗をかく。
……なんで、こんな楽しそうに言うの?自分にとっては思い出したくない過去の一つ。指先が冷えて痺れていくような感覚に泣きたくなる。今は普通に生きているように見えるだろうが、心の傷を治したわけではない。仲野を本心から許した訳では無い。フラッシュバックが起きない訳では無い。勿論それはカツラギの事だけではない。律にはもう一つ思い出したくない過去がある。結局、死ぬ勇気がない以上、平気な顔して生きていかなくてはいけないではないか。だから、パニックに陥って発作が出ようが、朝起きて胃液を吐こうが此処にいる。夜だって眠れないのだ。暗くて狭くて怖いから、身体に無数の手が這ってきて律の白く細い首を絞めて殺すのだ。黒い手は誰のものかなんてわからない。そんなことは関係ない。この世でのうのうと生きている者たちの醜く憎い手である。自分を殺そうとした人間はまだこの世のどこかで平然と常人ぶって生活しているのだ。その事実だけで酷く残酷なのに。やられた側は忘れたフリをするしかない、乗り越えるしかない、生きていたいと少しでも願うのならば、笑わなくてはいけない、何もなかったフリをして一人でみじめに泣くしかないのだ。由伊が自分を理解してくれていると思っていたわけではない。ただ、好きだと言ってくれた以上、少しでも味方になってくれると思っていた。現に由伊はあの日この部屋で犯されていた自分を助けてくれたではないか。あの時、あの瞬間、この扉が壊され声が聞こえた時、夕焼けを背負って自分を抱きしめてくれた由伊は紛れもなく律にとってのヒーローだった。かっこよかった。嬉しかった。なのに何故、今そのヒーローは俺を見下しわざと思い出させるようなことをしているのか。味方だと思った自分が、傲慢で自意識過剰だったのだろうか。分からない。人の気持ちなんて、言ってくれなければ理解できない。……ただ今は、由伊が、怖い。
「じゃあ、何処がいい?ココが一番食べやすいかなって思ったけど、思い出しちゃったらご飯どころじゃないしねぇ〜!」
嫌だ、この話はもう、したくない。
「そういえば、傷はどう?流石に治ったか〜!もうトイレも平気?痛そうだったもんねぇ、宮村の─……」
「ゆいッ‼」
気づいたら思い切り叫んでいた。由伊は話すのを止め、代わりに「なぁに?宮村」と笑顔で問うてきた。
「……俺、……その話、したくない……」
下唇を噛み締めて俯いた。どのくらい下を向いていたのだろう。由伊が何も話さなくなったので恐る恐る顔を上げると、さっきまであんなにニコニコしていた彼は一瞬で無へと変わっていた。その急激な温度差に恐怖を感じて、律はぎゅっと手を握り締める。
「……ねぇ、宮村。なんで橘とずっと一緒に居るの」
低い声と、鋭い瞳が向けられる。
「……た、橘……?友達、だからでしょ……?」
律の言葉に由伊の眉がピク、と動いた。眉間に皺が寄って険しい顔つきになる。
「宮村は、橘の事が好きなの?」
「……そりゃ、好きでしょ」
「俺より?」
「……ねぇ、さっきから何言ってんの?」
由伊の様子が明らかにおかしいと確信し律は逃げ出したい衝動に駆られる。なんでこんなに怒ってるの?俺、なにかした?近づこうと由伊に手を伸ばしたその時、グイッと強く引っ張られダンッと壁に押し付けられた。
「うっ……!」
一瞬息が吸えなくなって、動けなくなる。菓子パンの入ったビニール袋が手から離れ、音を立てて落ちた。ギリッと腕を掴む由伊の力が強くて、痛い。
「ねぇ宮村、俺より橘が好き?」
縋るような、切羽詰まった顔でそんな事を繰り返し聞いてくる。なんでそんなこと、聞くの?由伊は今、何を思っているの?俺は、なんて答えるのが正解なの?必死に、考え、絞り出す。
「……そんなの、比べた事ないから、分かんないよ」
そう返すと、由伊はキッと睨んだ。
「ちゃんと、考えて」
……なにを?由伊の言葉の意味が全然分からない。由伊のことを理解したいと思うのに、手首の痛さに意識がいってしまう。
「俺はさ、大切な者には凄く執着するし重いんだ。何でも知りたくなるし、自分の腕の中だけで息をすればいいと思ってる」
……これは、なんの話なのだ。理解しようと、必死に由伊の瞳を見つめ返す。僅かに揺れた、気がした。
「……俺に向けた事ない顔を他の奴に向けるのも許せない。俺は俺だけの唯一無二が欲しいんだよ」
心臓がドクドク鳴る。
「……手遅れに、なるかもね」
ドクン、と強く心臓が動いたのを感じた。特別棟の静寂に包まれた廊下に、何の温度も色もない由伊の声だけが有った。
結局あの後、食欲なんて湧かなくて折角買った菓子パンを開けることも無いまま、律は教室に戻っていた。囂(かまびす)しい教室とは裏腹に、律の心の中はぐちゃぐちゃだ。何を、どうすればいいのか分からない。何故由伊は怒っていたのか。何かしたなら言って欲しい。でも、多分、それでは意味がないのだろう。何かを自分で考えろ、と由伊は言った。
「おりゃっ!」
「わ⁉」
机に伏せていると、首の後ろにひんやりした物があたり思わず飛び退いた。
「た、橘……‼」
「へへへ、びっくりしたぁ?」
子供のようなイタズラ顔でそんな事を言ってくるので、少し呆れてしまったがその明るさが先ほどまでの陰鬱とした気分を少し飛ばしてくれた気がして息がしやすくなった。
「今来たのかよ。俺眠いの、やめろよな」
ムスッとした顔で言うと、橘は俺の顔をじぃ、と見て言った。
「むすくれた顔も可愛ええなぁ〜!」
ムニムニと乱暴にほっぺたを弄られ、律は図(はか)らずとも声が出てしまう。
「うあうあうあ」
「なんやねんその声」
橘の声がでかいからクラスメイト達も二人のやかましいやり取りに気づきわらわらと寄ってくる。
「何カップルみたいな事してんだお前ら〜」
「見てみぃ?りっちゃんむっちゃ可愛ええねん!」
「ははっ、顔ぐっちゃぐちゃにされてるぞ宮村」
「じゃあ俺も!」
寄ってきた男子はやりたい放題、律の頭をくしゃくしゃ撫で、橘と一緒にほっぺたをムニムニしてくる。
「少しは抵抗しぃや~」
笑い続ける橘に言われるが、律はもう無の表情でただただやられていた。
「……いあもうえもいいあ(いや、もうどうでもいいや……)」
「なに?あ、プリン食うか?」
笑いながら訊いてくる橘に呆れつつ断ろうとしたその時、そのくだらない呆れはある大きな物音によってかき消された。ガタンッと椅子が倒れる音。一瞬にして静まり返った教室内、椅子を倒したのは由伊だった。
「ど、どうしたの……由伊くん」
仲野とは違う新しい取り巻きの女の子が、ビックリした顔をしながら由伊に話しかけた。男子も由伊に苦笑しつつ、話しかける。
「どうしたんだ、由伊〜!」
うりうり、と構いに行った男子生徒に由伊はにっこり笑って言った。
「立とうと思ったら、足が引っかかっちゃって、ごめんね」
なんでもない様な顔で皆に謝った。みんなは「なんだよぉ〜」とホッとした顔をする。でも律はソレが由伊の合図(サイン)なのだと直感で分かってしまった。一瞬だけ瞳が鋭く細められ、確実に律を捉える。さっきまで、温かかった心が一瞬にして冷えきった。
射抜かれるように見られるのが嫌で、律は目を逸らした。
***
ムカついた。
自分は宮村が襲われた日以来、宮村とまともに会話出来ていない。学校生活に必要な会話くらいはしていたりしたが、由伊自身生徒会が忙しくなったのと、仲野が居なくなったせいか、取り巻きの女達が増えたため、中々一人になる時間が無かったのは事実だった。別に敢えて宮村を避けていたわけじゃない。話しかけすらしなかったけど、もしかしたら宮村から話しかけてくれるかも、とか体調は平気なのかとか、それなりに彼の事を考えていた。……なのに。滅多に来ないくせに、呆気なく宮村を盗られた。橘 宇己に。ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく─……なんで俺には話しかけに来ないし目も合わせて来ないくせに、橘とはあんなに笑い合うんだ。スキンシップも多いし、何より宮村の笑顔の回数が多い。自分と居た時は、バラエティやコメディを観て二人で笑うことはあったけど、日常的な会話では滅多に笑いあうことは無かった。加えて宮村は、橘の姿が見えるとパァッと顔を明るくして駆け寄るようになっていた。もしくは、橘が抱きついていた。腹立たしくて仕方ない。俺は、こんなにも宮村と話せなくてイライラして心配していたというのに。わかっている。この感情が自分の独りよがりでただのわがままであるということ。わかっている。宮村は自分を好きではないという事。けどだからと言ってあきらめるわけにはいかないのだ。何としてでも由伊は律を手に入れたい。嫌なのだ、もう目を離したくない、掴める位置にいるのに手を離すのは御免被る。それなのに、宮村には、俺が居なくても良いのだと、思い知ってしまった。俺は宮村が居なければ生きられないのに。
……だから、あんな意地悪を言ってしまった。本当は、いじめたかったわけじゃない。あんなに悲しい顔をして欲しかったわけじゃない。下唇をギュッと噛み締めて、僅かに身体を震わせて見上げた宮村。その表情は、あの時空き教室でカツラギに襲われていた時の表情と全く同じだった。そして、また気づいてしまう。自分もカツラギと同類なんだと。……俺はただ、宮村の事が好きなだけなのに。宮村からしたら、感情のままぶつけてくる俺を見てカツラギと同じだ、だなんて思っているんだろうな。それでも、宮村の心の中に入れるのなら良いのかもしれない。憎悪でも、怨恨でも、なんでも。形は違くても、宮村の中に居ることが変わらないのであれば、もう……。今はただ、怯えさせて無理矢理視界に入れてもらうしか、方法が分からなかった。好きだと、思うのに、幸せになれない。宮村との楽しかった日々を思い出す。あのまま、あの会話をせずに宮村は罰ゲームだと思ったまま、俺は幸せな勘違いをしたままずるずる付き合っていたら、今も隣に宮村は居たのかな。……でもそれでいいのか。あの時気づかないままでも良かったのだろうか。もういっそ、自分を好きになってくれた子と付き合う方が幸せになれるのかもしれない。俺の事を、一番に想ってくれる子なら、俺を『普通』にしてくれるかな。
俺は宮村を、好きになったのが間違いだったのかな。別の誰かを……それも、女の子を好きになっていたら、こんなにならなくて済んだのかな。宮村以外の、他の誰かを─……
……でも今の俺には、その選択はあまりにも、苦し過ぎた。狂う、そんな気がした。
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ずっと、ずっと、考えていた、由伊のことを。
ずっと考えていて、考えていたらいつの間にか試験期間に突入してしまった。
相変わらず由伊からのコンタクトは無く、あの日以来律に対して何もしてくる事は無かった。橘も律が仲野と色々あった時期には、頻繁に登校していたけど冬になり段々気候が寒くなってくるとまたあまり来なくなった。そのおかげでまた一人で居ることが増え、由伊の事を考える時間も増えてしまった。律は一人、勉強机に向き合って問題集を解きながら思考する。あまり、勉強は好きでは無いのでめんどくさくなってくる。そのせいで、今目の前に立ちはだかる向き合わなくてはいけないこの問題たちが悲しいかな全く解けない。
ギィ、と椅子を鳴らして仰け反る。こんな問題、由伊なら簡単に解いちゃうんだろうなぁ。
そんな事を考えていたら、また彼の言葉を思い出してしまう。
─……だから、俺が目立つしかないと思ったんだ。
彼は、律に見てもらいたくて勉強で一番になったんだ、と言った。スポーツも頑張って、生徒会にも入ったのだと。彼の原動力に、自分が居た。あの時この言葉を聞いて、凄く嬉しいと思ったのは事実だ。知らない間に誰かの心の中に居て、誰かの心を動かしていた。しかもそれが結果その人にとってのプラスになっている。それは凄く、素晴らしいことだ。
由伊は今も、勉強頑張っているのだろうか。頑張る理由に、『俺』はまだ存在しているのかな。……それとも、もう彼の言うように、手遅れ、なのかな。友達としては、関わっていたかった。いや、関われると思っていた。振ったのは自分だったが、翌日もこれまでと変わらず接してくれていたから、大丈夫だったのだと、思った。けどそれは、律の思い違いだったのだ。恋愛感情には答えられないけど、友人としてなら、って答えるのは、残酷だと言われた。そりゃそうだよな、相手は未練を断ち切って何事も無かったかのように、友情を取り戻せと言われているのだ。そんなの、こっち側に都合が良すぎる。……アレは完全に嫌いな奴を見る目だよなぁ。律はぐでぇ、と勉強机に伏せて深い溜息を吐いた。
「……俺は何に対しての答えを出せばいいんだよ……」
取り敢えず、今は赤点をとらないように勉強しよう。やる気は起きないけど、頑張るしかない……。はぁ……気が重いなぁ。
律は無機質に転がりゆくシャーペンを睨みもう何度目か分からないため息を吐いた。
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